20.声が大きく小さな女官! 竜花錫色
――応援団長のような挨拶だ。
私は急いでモップを壁に立て掛けて、玉砂利を踏んで太鼓橋へと向かう。
名前の通り錫色の総髪に、きりりとした太眉が愛らしい、中学生ほどの少女だ。
「錫色さんとおっしゃるのですね」
私は少しかがんで目を合わせる。
「私がここの主、サイです。一体どのようなご用件ですか?」
名を名乗った途端。きらきらと、星が散るように錫色の目が輝く。
「サイ様!!! 私、『鶺鴒の巫女』様のもとで働く女官見習いとして参りました!!!! 宜しくおねがいします!!!!!」
耳が痛い。奥から慌てたように、侍女が走ってくる足音が聞こえる。
「……一旦、中に入りましょうか」
「はい!!!」
「すみません、なぜ……そのような、すごい大声を……
「はい!!! 大声を出すと霊が逃げると聞きましたので!!! おもいきり声を出しております!!!!」
錫色は胸を張り叫ぶ。
霊より先に私の鼓膜が飛んでいってしまいそうだ……
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侍女により、客間はすでに綺麗に整えられていた。
出されたお茶を前にして、錫色はガチガチだ。
「どうぞ……楽になさってください」
「は、はいッ! 『鶺鴒の巫女』様とこうして、今日、いきなり、お話できるなど思ってなかったので、……あわわ」
錫色は固い仕草で座り、そしてカクカクと私を見た。緊張がこちらにも伝搬してきそうだ。
「さきほど少し聞かせていただきましたが、貴方がこちらで働く『女官』なのですね」
「はい!!! まだ寮がありませんので、暫くは官吏である叔父の部屋に住み込んで通います!!」
「そ、それは……大変ですね……」
――話を聞くに、錫色は薬種問屋の娘らしい。
声の大きさはともかく、髪の艶やかさと身なりや仕草の上品さからして実家は大商家に間違いない。本格的な女官志望というより、行儀見習い的な親の意図で出仕させられたのかもしれない。
「詳しいことはよくわかりませんが、『鶺鴒の巫女』様のところでお勤めできて、私嬉しいです!」
錫色は満面の笑みを浮かべる。
「……どうしてそんなに『鶺鴒の巫女』がお好きなのですか?」
私が訊ねた途端、彼女の大きな目がきらきらと輝く。
「はい! 女学校に通っているとき教室で、神話の『鶺鴒の巫女』様を描いた物語が流行っていたんです!! 凛々しくて優しくて、人の世に慣れない『天鷲神』の陛下を護る巫女様のお話で……」
意外な線からの憧れだった。
「あっ、サイ様もご存知ですか!?」
私は首を横に振る。
「いえ……そういったものがあるとは、初めて知りました」
「そうなんですね!! サイ様のご先祖様が主人公ですので、是非お読みください!!! うちにあるので、お貸しますね!!!」
「確かに、こちらの国の女の子の事情を知りたいので……是非お願いします」
(ああ、そうか)
錫色の反応で、私はまた一つ、陛下の思惑を悟る。
陛下は恐らく意図的に……少女が読む物語などで『鶺鴒の巫女』の名を国内に広めておくようにしていたのだろう。
剣士の漫画を読んで剣道部に入る子が増えるように、若者向け娯楽から『鶺鴒の巫女』の印象をじわじわと根付かせて居たのだろう。
(……陛下は、どれほど前から、私を気にかけてくださっていたの……?)
「ということで、よろしくお願いします、サイ様!」
漫然と考え込む私の前で、錫色がぺこりと頭を下げる。
「最初はあまり女官らしいお仕事を与えられませんが、構いませんか? なにせ私もここに入ったばかりで、今は掃除や片づけの手伝いばかりでしょうし」
「それは無論!!! 承知の上です!!」
首が折れそうな勢いで頷く。
「お会いしたくていてもたってもいられず、無理を言って予定より早く来ました!」
だから、私は何も知らされてないのか。
「あと父上が、『巫女の製薬の秘密について掴んでこい!』と」
きらきらとした嘘の全くつけない眼差しだ。
「そうですね。……色々落ち着いたら教えますね」
「はい!」
と。出入り口の太鼓橋のほうから、少年の大きな声が聞こえてきた。
「『鶺鴒の巫女』様! 竜花様よりご連絡が御座います!」
「叔父上です! 寮が整うまで、叔父上と一緒に過ごすのです!」
錫色の顔が、ぱっと明るくなる。
侍女が出向いて要件を伺ってきてくれたところ、錫色の叔父に火急の仕事が入ったという連絡だった。終わり次第迎えに来るので、鐘が鳴ってもここにいるようにという話だ。
「大変ですね。ありがとうございます」
侍女が下がっていくのを見送り、私はどうしたものかと考える。
「叔父様のことを待っている間、私たちで何をしましょうか」
時間をつぶすことがなにもない。
薬について何か教えようにも、まだ何も揃っていない。かといって、
「お掃除、お手伝いいたします!!!」
彼女が言うように掃除を手伝ってもらう訳にもいかない。
魔力のない若い女の子に、除霊が完了していない元後宮を掃除してもらうのも心配だ。
どこにまだ、怪しい御札や血糊があるかわからない。
まだ見習いと言う彼女を、出仕して早々に怖がらせてしまっては『鶺鴒の巫女』としてよくない。
「とはいえ……」
ここで整っているのは、廓や寝所といった住まいに必要な最低限の部分だけで――
「あ」
私は錫色を振り返った。
「温泉、付き合っていただけませんか?」
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元後宮が住まいになって、一番嬉しかったのは温泉だ。
大使館で知ったのだが、東方国の温泉文化は前世日本の文化にとても良く似ている。大陸の中心部には火山があり、その山脈帯が中央国と東方国を隔てているのだが、その山の影響で東方国では温泉がよく湧き出すという。
中央国では湯よりサウナ文化のほうが強かったが、言葉通り湯水のように水資源が豊富にある東方国では、温泉は庶民にも馴染みの深い文化のようだ。
後宮だけでなく、城には官人たちの福利厚生として浴場まであるらしい。最高だ。
「今、温泉って入れますか?」
廓で夕餉の準備をしていた侍女に尋ねると、彼女は掃除が済んでいる旨を話してくれた。
「勿論です。お着替えもご用意いたしますね」
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