2.私を助けた滅亡帝国の『愚帝』は綺麗な天使でした。
――空から、翼の生えた人が降りてくる。
気づいた次の瞬間、感じるのは、風。
舞い上がる突風に雑草が散り、火柱が揺れる。
騎士たちは一様にひるんでいた。
地面を覆う影はあっという間に大きくなり、突風が砂埃を舞い上げる。
魔力の火柱が、風に煽られて花びらのように散らされて消えた。
「……ッ!!!」
私はあっという間に大きな影に包まれていた。
視界いっぱいに広がるのは、大きな狗鷲の翼。象牙色の柔らかな髪。
顔を上げると、青空を背にした異国装の『天使』がこちらを見下ろしていた。
「よかった、間に合って」
まるで花を愛でるような、柔らかくてやさしい声だ。
花曇りの空を透かすように、綺麗な灰青色の瞳が笑う。
白練りの絹を十二単や漢服のように幾重にも着重ねていて、顔立ちは息を呑むように美しい。
天使のような容姿に合わせたように、頭には天使の後輪のような輪冠を乗せている。
「あ、の……」
「話はあと。首輪の制御装置、壊すよ」
ぱきん。有無を言わさず、私の首輪につけられた宝石が壊れる。
驚いているうちに、天使はあっというまに私を抱え上げ、空高く舞い上がった。
「っ……!!」
ぽかんと口をあけて置いていかれた騎士たちの鎧が、日差しを浴びてぎらぎらと輝く。まるで真昼の星のようだ。
数秒であっという間に遠くなった彼らを見下ろし――私はハッとして、天使に叫ぶ。
「矢が来ます!」
「ん」
天使が翼を羽ばたかせると、ぶわ、と大きな音を立てて風が吹く。
風は私の家を燃やす火柱を吹き飛ばし、そして団員たちを枯草のようにころころと転がす。
「ケガさせると面倒だからね。さっさと行くよ」
言うなり体の方向を転換し、私をつれて飛んでいく。
――そこからは一瞬だった。
天使は獲物を追う猛禽さながら、疾風怒濤に飛びすさび、私の故郷の森を突き抜けていった。大きな翼を時折畳んで、大地を蹴って、そしてまた舞い上がって。
上下に揺さぶられる衝撃で頭がくらくらして、自分の領地なのに方向感覚がつかめない。
ただ言えるのは、天使が大きくしっかりした腕で、しっかり私を抱きとめてくれていること。
そしてまっすぐどこかに向かっているということだ。
私はもうろうとした意識の中で思う。
この人の顔も、姿も、少し中央より柔らかな東方国言葉も、どこかで見たことがある。
「春果、皇帝陛下――」
前世の記憶の中、いわゆる『脳死周回』で適当にスキップしたスチル。
――破壊された広場、落雷と豪雨。
泥まみれになった白絹の衣。
土気色の肌、ぐちゃぐちゃになった、象牙色の髪。
東方国皇帝、春果皇帝陛下。
身代わりを見捨てて宮廷から逃亡した、滅亡帝国の『愚帝』だ。
前世にプレイしていたゲームで彼を知ってはいても、サイは、彼と全く面識がない。
「どうして、あなたが、私を……?」
彼の腕は、私をしっかりと抱きとめて守ってくれている。
私は困惑しながらも、腕の温かさにほっと気持ちがほぐれ――そのまま、気を失った。
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