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18.ようこそ東方国。こんにちは瑕疵事故物件。

 首都の構造は単純明快だ。


 中央国から進んできた大街道は、そのまま首都を中心まで貫いている。

 そして中心部には『内砦』で囲まれた高い丘があり、その上に宮廷があった。


 宮廷の眼下に広がる街は、深い堀で幾つかの区画に分けられていて、あちこちに水路が張り巡らされている。かけられた橋は、有事には落とせる仕様だ。


 『内砦』ーー深い堀と城砦に守られた宮廷。

 もともと山の峰だった部分を、開発で切り崩して独立した高台にして、そこに宮廷を据えているらしい。


 大街道、ぐるりと囲む街、高台にある宮廷。

 その構造だけをみると、街の規模こそ違うものの、前世で見た金沢の構造に似ている気がする。


 宮廷には政務を行う天翼宮と各省庁がある。

 どれも歴史を感じさせる古い建物だったが、まめに塗り替えや甍の修繕が行われているようで美しい。


 その最奥に陛下の住まいである北宮があった。

 そして、北宮の更に裏手に、深い堀で区切られた殿が存在する。

 

 北宮と繋がった細い太鼓橋を渡らなければ入れない殿、それが元後宮――私がこれから暮らす場所だ。


 私は元後宮まで連れられ、その立地の悪さと使い勝手の悪さに納得した。確かに、これは持て余す。

 ()()()()()ならば尚更だ。


 私を案内してくださっているのは左翼官・雪鳴ユキナリ様だ。

 彼の背中のあとをついていくように、私は後宮の回廊を巡った。


「サイ殿の住まいとして最低限の掃除と補修はしたが、調度品などまだ足りないものも多い。必要なものがあれば都度、要請してほしい」

「お心遣い、ありがとうございます」


 膝裏まであるような長い髪を毛先でくくり、涼やかな目元をした雪鳴様は淡々としている。

 道中で知ったが、雪鳴様は陛下の乳母兄弟らしい。

 柔らかで女顔の陛下とは対象的に、かぐや姫のような黒髪を持ちながらも武官らしく精悍な美丈夫だ。


 元婚約者アレクセイも大柄だったが、見るからに分厚い体格だった彼とは対象的に、鍛え抜かれた筋肉が無駄なく詰まっている強堅さを感じる体躯だった。


 雪鳴様の説明を聞きながら、私はぐるり、と回廊を一緒にめぐった。


 後宮は漢字の『回』のような作りになっていた。

 最奥に正妃の部屋があり、二階建てになった高楼には見晴らしの良い部屋がいくつもある。

 全体的に、広さはちょっとしたショッピングモールほどはありそうだ。


 東方国の人々の生活様式や服装は和風寄りだと思っていたが、宮廷の建物は中華大河ドラマに出てきそうな構造だ。

 おそらく伝統的なものほど海外伝来文化ちゅうか寄りで、新しいものほど東方国風文化にほん寄りなのだろう。

 国風文化と唐風文化のいいところどり、と言ったところか。


(しかし、広いわね。……侍女や女官と暮らすとはいえ、ここに一人で住むのは寂しいな)


 私は回廊を歩きながら、中庭に目を向けた。広い中庭には池がある。

 池は濁っていて、学生だろう少年たちが一生懸命掃除しているのが見えた。

 現時点で、男子禁制の場所としては全く機能していないことが伺える。


「サイ殿は正妃の部屋を使っていただく」

 

 案内しながら開いた扉の向こうには、天井から床まで豪華に飾り立てられた寝室があった。

 私は思わず息を呑む。


(ね、寝付けなさそう……)


「あの、……私には不相応ではありませんか?」

「この部屋が一番傷みが少ない。すぐに慣れる」


 一言で済ませた雪鳴様は、さくさくと次の部屋を案内する。湯殿は離れにあった。侍女がさっそく掃除をしてくれているようだ。


「湯は天然温泉が湧いている。厨は新調した。その他、暫くは掃除の出入りが多く不安だろうが、終日士卒に見回りと警備に当たらせる」

「ありがとうございます」

「また、元後宮の各所に魔力を張っている。何かあれば即時、侵入者の首は飛ぶので、安心してほしい」


 雪鳴様は真顔のまま、手でビュッと、首を切る仕草をしてくる。

 私は思わず引きつってしまう。


「あ、ありがとうございます……」


 言いながら、ふと「あれ?」と思う。


「雪鳴様は魔力をお持ちなのですか?」

「私は持たない。……宮廷の魔力装置に用いられている魔力は大抵、魔力保持者の集まる神祇官の力か、もしくは陛下の魔力だ。鶺鴒宮の魔力装置は、陛下の力を用いている」

「そうなんですね」


 私はあたりを見渡しながら、張り巡らされた魔力へ意識を集中させる。

 ――確かに、陛下の()()()がする。


 雪鳴様は続けた。


「防犯で不安ならばサイ殿が新しい防犯装置を作っても構わない。ただその際は一度私に相談してほしい。事故で無実の官吏の首が飛ばないように」


 できれば首が飛ばない程度の防犯装置が良い。

 これ以上『いわく』をつけたくない。

 思うけれど、守ってもらう側の人間が言える要望でもないと思うので黙っておく。


「しかし、長いあいだ空き家だったとは思えないほど、綺麗な場所ですね」


 私は心からの本音で口にした。

 陛下の言葉通り、改修工事は一通り済んでいて、元後宮の『外観』は見事だ。

 壁は灰青色の漆喰でしっかり塗られ、窓には真新しいとばりが美しくたなびいている。

 職人が、新しく作ってくれたのだろう。細やかに鶺鴒の図柄が染め抜かれており、芸が細かい。


 もちろん、まだ難点はある。

 空き家の年月が長いからだろう。少し湿っぽい生ぐさい匂いがするのが否めない。また雪鳴様の言う通り、調度品もまだ私の生活する分しか揃っていないので、規模に対して少し寂しい。

 それでもまだ、前評判からすればずっとましだ。


「屋根の甍や欄干の擬宝珠や、窓の装飾は、以前のままなのですか?」

「換えたいか」

「いえ。……とても綺麗な作りなので、きっと当時はさぞ美しかったのだろうと」


 他の殿と比較しても全体的に華やかで、花や鳥など、女性らしい可憐な意匠で溢れている。

 かつてここを、壮麗に着飾った妃や女官たちが行き交っていたはずだ。

 きっと夢のように美しかっただろう。


 ――無人になって男子禁制も失われ、こうして雑然とした空き家になっていると少し切ない気持ちになる。なにより、元の豪華さを感じるぶん余計に不気味だ。


「あの、雪鳴様」

「なんだ」

「私は一部屋でもあれば十分住めます。無理に急いで修繕しなくともよろしいのですが」

「そういう訳にもいかぬ。『鶺鴒の巫女』の東方国入りは既に国中で吉報として広がっている」

「そうですね……そうでしたね」


 私は国に入った時の歓待を思い出す。

 鮮やかな『祈花』を撒き、国民たちは私を大歓迎してくれた。それこそ、恐縮してしまうほどに。


「今後侍女なども増やしていく。その他、なにか不便があればなんなりと言うといい」

「……恐縮です」


 自分に侍女や立派な後宮は不相応――だとは思う。

 けれど『鶺鴒の巫女』を中央国から迎えたこと自体に政治的な意味があるのだから、私の遠慮だけで物言いをするわけにはいかない。

 それに気心の知れた侍女たちをわざわざ集めてくれた、陛下の配慮も大切にしたい。

 ひとまず、配慮をありがたく享受することにする。


「そもそも、修繕をしないと嫌だろう。女官たちが暴れまわって壊した部屋など」

「……あの、後宮の揉め事って、そんなに物理的な暴力なんですか?」

「集められた女人は、武官の娘か商家の娘が多かった。大抵は気が強い」


 陰湿な陰口や、派閥や、家の権勢を背負った争いではないのか。物理か。


「気になるなら見物するか。火を放たれた部屋は、もう修繕が終わっていたが――どこかに痕跡が残っているかもしれない」

「いえ、いいです……ああ、そういえば」


 私は塗りたての漆喰の壁に目を向け、話題をそらした。


「こちらの漆喰は灰青色をしているのですね。綺麗です」


 大使館の内壁も、貴賓室のような特別な部屋は灰青色の漆喰で塗り込められていた。鮮やかで珍しい色だと思う。


「冬はもっと良い」


 武人らしくて硬質な雪鳴様の目元が少し柔らかくなる。

 その様子はどこか誇らしげだった。


「雪景色の中でより映える色だ」

「……陛下の瞳の色に、少し似ていますね」

「サイ殿はそう見るか。……私は、陛下の目を直接見ることはあまりできない」


 私ははっとする。

 陛下の目は、魔力保持者以外には()()()()()のだ。


「……すみません」

「いや。この国で気兼ねなく、陛下の瞳の色を見れるのは貴重な存在だ、サイ殿。目のこと以外でも、陛下は立場上、気兼ねせず話せる相手が少ない。どうか良い話し相手になってさしあげてほしい」


 陛下について語る、雪鳴様の表情はどこか「臣下」でなく「従兄弟」の優しさが滲んでいる。

 慕われているのだなと私も気持ちが暖かくなる。


「かしこまりました。私でよろしければ……」

「……ああ、そうだ」


 雪鳴様は何かを思い出したように付け加えた。


「この国では女官の制度がまだ安定していない。侍女の数も少ない」

「後宮が無かったのでしたら、そうでしょうね」


 私は納得しながら、今も張り切って庭掃除をしている少年たちへと目を向ける。皆一様に同じ衣を纏っている。制服なのだろう。


「中央国の大使館でお見かけしていたような女性を、まだ一人も目にしておりません。さっき湯殿にいらしたのも大使館から来てくださった方ですし――学生の方々が見習いとして雑事に勤めているという事でしょうか?」

「察しが良いな」

「似たような文化を、文献で読んだことがありましたので」


 官僚候補の学生が若いうちから城で下働きをして、仕組みや慣例などを実地で学んでいく仕組み。小姓制度のようなものだろう。


 ――そういえば、と思う。侍女や女官が少ないということは、城内には侍女をつけて世話をさせるような、高貴な女性があまり住んでいないということだ。皇太后陛下の存在も感じない。

 まだまだ知らないことが多そうだ。


 雪鳴様が続ける。


「今回、大使館の侍女とかつて後宮で勤めていた人材を集めたが、新しい求人も出している。制度が安定するまで、至らない点も多いだろうが許してほしい」

「とんでもありません」


 私の住まいは侍女や女官の育成場となるのか。

 他国との外交で必要なのは男社会だけではない。婦人たちの力も重要だ。そこが欠けているのを陛下は今後補っていきたいのだろう。


「私の元後宮が女官や侍女の方々の働き口になるのでしたら、是非お使いください」


 ――私も主として覚悟を決めなければ。

 元後宮を仰ぎ見て、私は覚悟を新たにした。


 雪鳴様にお礼を言って別れ、私は遅めの昼食を取ることにした。

 今日は調理の都合上、私は天鷲宮のそばにある学舎の学生寮で食べさせてもらう。


ブクマ評価凄く嬉しいです!

はげみになりますので、よかったら評価よろしくお願いしますm(_ _)m

生きる糧です…

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