17.狗鷲の翼を持つ、雷に愛された春の君
かくして、中央国首都を出発して一週間。私達を乗せた馬車は東方国首都に到着した。
都をぐるりと囲む城砦をくぐる前に、陛下は特別な天鷲神の輿へと移動する。
「またね、サイ」
陛下は柔らかい微笑みを残して馬車を降りた。
輪冠に留めていた面紗を降ろすなり、瞳が鋭くなる。
人あらざる者。まるで玻璃でできた彫刻のような面立ちに、私は震えを覚える。
彼を囲むように縹色に染め抜かれた装束を着た官職たちが現れ、陛下を輿へと導いていく。
輿の上に座り、陛下は顔の面紗と白練りの絹を翻し、民の待つ首都にゆっくり進んでいった。
後ろ姿でもぞくぞくするほど、荘厳な姿だった。
そして私も『鶺鴒の巫女』用に準備された輿に乗ることになった。
四方に透けた御簾を下ろしただけのもので、周りからの視線を一身に集めるような作りだ。
「これは……あの……」
「民は『鶺鴒の巫女』殿の東方国入りをお祝いしようと、『祈花』を抱えて今か今かと待ち構えております! ぜひ彼らに笑顔を向けてあげてくださいね」
私の輿を担ぐ神官が言う。彼も『鶺鴒の巫女』を見ることに興奮が隠せない様子だった。
恥ずかしいがこれも『鶺鴒の巫女』の務めだ。私は覚悟を決めて、豪奢な輿に乗り込む。
「――わあ……」
生まれてはじめての輿から見る景色はとても高く、ゆっくりゆっくり、まるで雲の上を進むように柔らかく運ばれていく。
首都の城門が開くと、目前には、宮廷まで一直線に貫く大通りが広がっていた。
その両側には中央国とは違う褐色の瓦の町並みが見える。沿道には隙間なく、たくさんの東方国の民が溢れていた。
「陛下! おかえりなさいませ!」
「春果皇帝陛下!! ご無事のご帰還をお祝い致します!!」
「皇帝陛下!!」
人々はまるで透明の壁があるかのように、列へと整然と一定の距離を保ち、陛下の姿を見つめていた。敬愛が、彼らの熱量にあふれている。
「皇帝陛下!! おかえりなさいませ!」
彼らは口々に叫びながら、私達の列へと向かって花を散らした。この歓迎が『祈花』なのだろう。花は直接こちらまでは届かないものの、街道も空も全てが、花の色でいっぱいに染まって綺麗だ。風に乗って花の甘い香りがする。
春の名を持つ陛下に対する祝福として、最高の光景だった。
うっとりと光景を楽しんでいた私だったが、ふと視線を巡らせたところで民衆たちの視線に気づいた。
「鶺鴒の巫女さま!! ようこそ東方国へ!」
「巫女様! 東方国へのご帰還ありがとうございます!!」
「鶺鴒の巫女さま、ばんざい!!!」
「こ、これは……」
御簾ごしとはいえ、私に向かって視線と声援が一斉に集まっていた。
今更になって、自分がとんでもない状況に飛び込んでしまったのだと気づく。
東方国でも今までのように、地味に目立たなく陛下のお役に立ちながら生きるだけかと思っていた。
(……お母さん。鶺鴒の巫女って、……なんだかとんでもない事になってます)
輿は街の中心部を進んでいく。
まっすぐ前には、宮殿を取り囲む高い城砦の中心、巨大な赤塗の門が開かれていた。
陛下が輿を降りてくぐる直前、彼の姿を隠す布帛が取り払われた。
真っ白な皇帝陛下の姿が、衆目に露となる。
彼は翼を広げ、民衆に向かって片手を伸ばす。
指先から稲妻が一閃、大広場に向かってほとばしった。
遅れて、ドン、という地響きが響く。
「――――!!!!!!」
撒かれた『祈花』が、雷の衝撃でぱっと舞い上がり、そして散っていく。
民衆は熱狂した。
『天鷲神』の末裔としての気高い皇帝。
晴れた空にたなびく数多の布帛。
華麗な装束を纏う官吏たちの姿。
彼らに守られ、大きな翼と真っ白な装束をはためかせる陛下。
――壮麗だった。
「綺麗……」
――そう、口にした瞬間。
頭の隅に嫌なものがよぎる。
前世で何度かスキップした、陛下の最期のスチルだ。
今思い返せば、あのスチルはちょうどこの首都の光景だった。
身代わりの者を犠牲にして逃げた愚帝は、大広場で聖騎士の刃によって斃された。
温かく眩しい日差しを浴びているのに、真冬のように背筋が震えた。
(この人たち……陛下を……絶対ああいう風にしないようにしなければ)
私は輿で一人、ぎゅっと拳を握って誓った。
『鶺鴒の巫女』として、陛下を絶対幸せにしよう。
こんな私にだって、出来ることは何かあるはずだ。
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