15.陛下と馬車の旅、そこはかとない根回しと下準備。
今日の旅も、柔らかな日差しで一日が始まった。
変わらず、陛下と二人っきりの馬車の旅だ。
「おはようございます、陛下」
「おはよ」
相変わらず朝からみずみずしく美しい。その髪の毛のふわふわとしたおくれ毛まで芸術のようだ。
「……面紗、私の前ではかき上げていらっしゃるのですね」
「ん。邪魔だし、サイ相手なら必要がないしね」
「やはり外していると……魔力で魔力のない人の目を焼くからですか?」
「そう、面倒だよね」
陛下は肩をすくめて苦笑いする。
「これをかけていたら、多少隙間から目が覗いても問題ないのだけど。全部かきあげて話をできるのはサイくらい魔力が強い相手か、東方国で魔力保持者のみで構成されている神祇官くらいなものだね」
「魔力保持者の方、少ないのですね」
「うん。だから僕の目を直接見れる人はほとんどいないね。……そもそも、皇帝としての装いだからつけているところもあるし……誰から教えてもらったの?」
「昨晩侍女の方々から教えていただきました」
「なるほどね。ねえ、どんな話したの?」
「えっ」
言いよどむ私に、陛下はにやにやと笑う。
「僕の噂話?」
「……多少は……」
「ふふ。どんな話したのかは聞かないでおくよ」
「っ、そんな後ろめたいお話はしておりません」
話をそらそうと思って、私は急いで話題を探す。
「そ、そういえば陛下は、昨晩何をお召し上がりだったのですか?」
「昨晩は魚料理だったなあ」
「あ、私の卓にもありました。美味しかったです」
「そう。……で、誤魔化したくなるような話してたんだ?」
「っ……!」
灰青色の眼差しが私を愉しげに眺める。しばらくして、くすくすと陛下は吹き出した。
「冗談だって。サイは誤魔化すの下手だね。可愛い」
「…………」
頬が熱い。
もう少し人と話すことに慣れなければ。
固まる私を見て、陛下はまだにこにこしている。
「やっと少し、表情が柔らかくなってきたね。よかった」
陛下は私の緊張を解こうとしているのだと気づく。
気遣いをさせてしまって申し訳ない。思えば思うほど頬が熱くなる。
「も、申し訳ありません……色々と、お気遣いさせてしまいまして……」
「気遣いなんて何もしていないよ。僕が、サイとこうしているのが楽しいだけ」
「そうですか……?」
「ずっと話したかったんだからね。こうして」
陛下は窓枠に肘をつき、過ぎていく景色に照らされている。
玻璃の耳飾りがきらきらと太陽を反射してまぶしい。窓から入る新緑に目を細め、くつろいだ様子の陛下の姿は、まるで生きた宗教画のようだ。
――違う。彼は宗教そのものだった。この方が『皇帝』なのだから。
「……どうしたの、気分でも悪い?」
「失礼ながら、見惚れてしまっておりました」
「そう? サイから見られるのは大歓迎だよ。迷子になっても見つけられるように、しっかり覚えておいてね」
首を傾けるその仕草ひとつをとっても優雅だ。
「もう……忘れさせないからね」
陛下は時々、とても淋しげな顔をする。
そんな顔をさせているのは記憶が消えた私のせいだ。
「もう何があっても、陛下の事は忘れません。……忘れてしまった記憶も、きっと思い出します」
「ふふ。期待してる」
花の様に微笑んで、彼は灰青色の瞳を細めた。
ーー改めて思う。
この人が運命で『愚帝』扱いだったのは、何の間違いなのだろうか。
昨日の侍女たちの話をきく限り、彼は篤く敬愛されている様子だった。容姿の賛美だけにとどまらず、施策についても評判が高い。
そもそも、一目で『綺麗だ』と思わせる佇まいは『信仰対象』として至極正しい。
顔を面紗で隠していても、そこにいるだけで自然と敬いたくなる気品は『天鷲神』の末裔で『皇帝』として必要な能力だろう。
そして陛下を彩る白絹や金の宝飾も、東方国の技術の粋が込められている。
彼が美しくそこに在るというだけで、国の豊かさや技術力も誇示される。
国ごとその身に纏う『象徴』としても、陛下が麗しいのは大正解だ。
(綺麗すぎてかえって、ゲームとして持て余してしまったのかしら)
ともあれ、私は陛下にお礼を言わなければと思った。
「陛下、……ありがとうございます」
「ん、どうしたの」
「東方国の方々は皆さん、私に快く接してくださいます。きっと、陛下が前々から『鶺鴒の巫女』を迎えるためのご準備をしてくださっていたからですよね」
「大したことはしてないよ」
陛下は柔らかく口元を笑ませる。
「僕が何を根回ししていたとしても、君がちゃんとしていなければ、ここまで上手く行かない。……君が好かれてるのだと、胸を張って」
私は首を振る。
「とんでもありません。陛下の御人徳あってのことです。私が今こうして陛下に直接お礼を申し上げることができるのも身分不相応で――本当に、得難いものだと存じております」
「堅苦しいなあ。僕が好きでしているのだから、甘えてていいのに」
陛下の微笑みに私は心が温かくなる。絶対、東方国に恩返しをしたいと誓う。
(私は、陛下のために……東方国では何ができるかしら)
最初は国に慣れることから始めるとしても。
いつか必ず、「この国に迎えてよかった」と思われる巫女になれるよう尽力しなければ。
――馬車が行き先を変更したのに気づいたのは、大通りから逸れたからだ。
ブクマ、評価、誤字報告本当にありがとうございますm(_ _)m すごく励みになります!
評価してくださった方々皆様に心からの感謝を…
もしご感想などありましたら、お気軽にお寄せください。
20万字以上は続く作品ですので、暫くお楽しみいただけるかと思いますm(_ _)m
また明日更新させていただきます。夜更新予定ですm(_ _)m





