14.侍女たちと食事、そして陛下と不穏な噂
東方国への帰国には大使館勤務の侍女も同行していて、宿場町では彼女たちと夕飯と宿を共にしていた。ずっと陛下か男性官吏に囲まれているので、東方国の女性と話せるのは嬉しい。
今夜の宿の女将は侍女の一人と旧い知り合いだった。
女将は私が『鶺鴒の巫女』と知るなり喜び、わざわざ東方国の家庭料理を作ってもてなしてくれた。
「春が来たとは言っても、まだまだこちらは寒いですからね。中央国の食材に比べると貧相かもしれませんが」
そういって女将が出してきたのは、酒蒸しにした野菜たっぷりの魚料理に、山菜が刻まれた甘い粥だ。
卵がとろとろの炒めものに、その他、山菜の浅漬といった、長期保存が効く惣菜の数々が並ぶ。
「いかがでしょうか、『鶺鴒の巫女』様。……お口に合いそうですか?」
『鶺鴒の巫女』として接する女将さんが遠慮がちにうかがう。
「すごく美味しそうで見惚れてしまいました。ご厚意ありがたく頂戴いたします」
中央国時代、夕飯はずっと冷えたパンと水がほとんどだったので、突然の豪華な食卓に言葉を失っていた。喜びで思わず惚けてしまっていた。
「それでは……『大陸を作りたもう人の神、叡智を齎した遥か北海の天鷲よ、我らに――』」
祈りを捧げて口にして、使われている食材にさらに目をみはる。美味しい上に、新鮮だ。
「サイ様、いかがです?」
「美味しいです。こちらはこれだけ新鮮な食材を、夜まで残しておけるのですね」
「陛下が整備くださった大街道のお陰です」
女将さんは胸を張る。
「昔は厨房に保存できるものしか夜は出せなかったけど、こういう特別なご訪問の時は夕方にも仕入れることができるようになりました」
「そうなんですね……」
「ほら、冷めちゃわないうちにいただきましょう、サイ様!」
侍女たちはあれこれと賑やかに話し始めた。
「中央国の食事も美味しいけど、米の料理の仕方が全然違うからね」
「ねえ女将さん、このスープ、前と出汁のとり方替えたのかい?」
「あんた、前来た時秋だったろ、そりゃ出汁のとり方も変わるさ」
「そうだっけ? 中央国長くて忘れちゃったよ」
「これ、もしかして今日採れた魚かい?」
「そうだよ、そっちは干物だけどね。中央で魚に飢えてたろ、たっぷり食べな」
「ああ、今年は鱵が豊漁だったから、山の手にも干物が安く届くのね」
「んー、染み渡るわー」
「早く首都に帰って、新鮮な魚を食べるのが楽しみだわね」
他の卓も賑やかで、日が落ちかけているのに活気が溢れていた。
中央貴族とも庶民とも違う、柔らかく砕けた東方国言葉が聞こえてくる。
独房に勾留されて冬の寒さに凍えていた頃は、幸せな食事を楽しめる未来なんて想像していなかった。
「いかがなさいましたか、サイ様?! お口にあいませんでしたか!?」
手を止めて黙り込む私に、侍女が慌てる。私は急いで首を横に振った。
「……すみません。ごはんが美味しくて、幸せだなと思って…」
「サイ様……」
「ほら、まだまだ沢山ありますよ! しっかり食べてください、こっちは寒いんですからお肉つけないと!」
「あんたは肉つけすぎだけどね」
「言わなくていいでしょ、そんなこと! 今!」
皆、私に対して明るく接してくれる。
冗談混じりの気軽な会話が、とても有難かった。
――侍女たちはしばらくの間、私の新居(某いわくつきの旧後宮だ)に入ってくれるのだという。
もともと顔見知りの小娘に仕えるなど嫌ではないかと危惧していたのだが、
「巫女様が侍女としてお勤めだったのがそもそもおかしかったんですよ」
「あの扱いはひどかったです、さすがに」
と、思いのほか好意的に歓迎されてしまった。
「それに私達も国から離れて長かったから、この機会に帰れて嬉しいです」
「陛下もお喜びになるでしょう、サイ様のこと、ずっとお気にかけてらっしゃったので」
「ずっと……ですか?」
どのくらい前から、この話は動いていたのだろうか。
捕まってからすぐに『鶺鴒の巫女』の保護に動いてくださっていたのだろうか。
「サイ様。東方国は鶺鴒県(中央国名:クトレットラ)が中央国に併合されて以来、大陸神話に名を連ねる『巫女』を一人も持ちませんでした。しかしサイ様の代で『鶺鴒の巫女』がついに東方国にお戻りになられる。これほどありがたいことは我々にはございません」
「ありがとうございます。……中央国にいた時は、そんなお言葉、頂いたことがなかったので恐縮ですが」
「『鶺鴒の巫女』は創世神話で、我らが皇帝陛下の祖、天鷲神に人の営みを伝えた大切な巫女さまです。東方国の者は皆歓迎しております」
「……そのご期待を裏切らないように励みます」
他の侍女もうんうんと頷く。
「陛下も、在位中に巫女を失うことは避けたかったのでしょうし、本当によかったです」
「古い神話や伝承の保護を大切にしていらっしゃいますものね、陛下」
若き皇帝が国をまとめるのだから、前例や神話を敬うことで権威を保つのは、確かに重要だろう。
「ええ。まだお若くていらっしゃるのに、先帝時代からの臣下からも厚く慕われておいでですし」
「陛下の時代に東方国の国民でよかったと、心から思いますもん」
「面紗越しにたまに垣間見るあの横顔も、大きな翼の美しさもうっとりしちゃう」
「そうそう。私達はお勤め上、大使館でお傍でお勤めすることもあるのだけれど、陛下がそこにいらっしゃるのだと思うと、それだけでもう……!」
胸いっぱい!と言いたげに胸に手を当てて語る侍女。
「魔力が強くていらっしゃるから、魔力保持者の人しかご尊顔を直視できないのが勿体ないわ。ああでも、面紗がなかったら侍女としてのお勤めもできなくなっちゃうかも」
「後ろ姿や指先の動き一つだけでも、綺麗ですものね」
「あの柔らかな陽だまりのようなふわふわの御髪が、白練りの衣によくお似合いで……」
「声を聞くと数日は耳から取れないもの。ああ、本当に――」
――だんだん話の流れが変わってきた。
「サイ様は馬車でもご一緒なのですよね」
話題が急にふられてビクッとする。
「え、ええ、まあ……」
きらきらとした侍女たちの眼差しが私に一斉に集まる。
侍女は皆、私よりずっと年上の女性ばかりだ。彼女たちがまるで少女のようにきらきらと目を輝かせて陛下の話題に花を咲かせるその様子は、前世の記憶の中でも類似したものを見たことがある。偶像崇拝をして生きる元気が湧くのは、前世の世界でもこの世界でも変わらないのだろう。
思えば、元婚約者も女性人気がすごかった気がする。
(嫌がらせも結構されましたっけ……)
嫌なことを思い出しそうになったので、そっと記憶の隅にしまい込む。
「陛下と馬車の中では、どんなお話されたのですか?」
「え……ええと……住まいとして用意していただいた場所のお話を、いたしました。あとは食事の話など……」
「そうですね! サイ様はあの元後宮の場所にお住まいになるのですよね」
私の住まいで侍女をしてくれる人たちなので、既に知っているのだろう。
「中央国でお勤めしていた私達ですけれど、やっぱりあそこは気になっていました。サイ様が入られるのであれば安心です」
「私達も頑張って、あそこの印象を変えていかなければなりませんね」
頷きあう侍女に、私はためらいがちに口を挟む。
「あの……そんなに、いわくつきの物件、なのですか?」
私の顔を見て、彼女たちははっとする。
「ああ、今からお住まいになるサイ様の前で、申し訳ありません」
「あ、いえ……陛下にも色々聞かされていたので、気にしないでください」
「元後宮のあの場所は、場所自体は悪くないはずです。私達も拝見したことはまだありませんが、噂では庭園も広くて、流れる水路も綺麗で、お風呂も温泉がついているとか」
「ええ。見晴らしの良い場所にありますので、きっとサイ様もお気に召しますわ」
「そうそう。噂話なんて、あくまで噂ですから」
「しかし……本当に、後宮がなくなってよかったです」
熟年の侍女が一人納得するように頷く。
「皇帝陛下を素直に敬愛できる時代が来るなんて、先帝陛下のときは思っていませんでした」
しん、と場が一瞬静まり返る。
瞬き程度の刹那のあと、当たり前のように会話が続いた。
「そういえば今回は陛下、柑峰県から奉納された絹をお召しよね。柑峰の蚕精ってたしか――」
「精霊が暴走してちょっとした災害になっていたところよね。痛ましい事件だったわ」
「陛下のお召し物を織れるくらい復活したのも、陛下の祓があってこそよね」
「さすが陛下だわ」
当然のように流れていく話に、一人ついていけないままだ。
もともとほとんど会話に口を出していなかったので、場に何の支障もないけれど。
(なにが、あったのだろう)
部屋に戻って眠りに落ちる時まで結局、あのぎこちない刹那の疑問は解けなかった。
国には様々な事情がある。よそ者の小娘が変に勘ぐってもろくなことはない。
先帝の話題が地雷ということだけ頭に刻み、他は忘れて寝ることにした。
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