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12.いっそ結婚しちゃう?

 ーーそして。

 私は陛下に連れて行かれ、東方国に住むことになった。

 新しい家や名前も与えられるらしい。


 あの日から元婚約者アレクセイの姿を見ることはなかった。

 聖騎士団は忙しいようで、私の出立の時も(陛下の出立であるにもかかわらず)重要幹部が数名、見送りに顔を見せに来ただけで。


 (しかもストレリツィ派じゃない人…)


 馬車に乗り込み外を眺めている私に、同じ馬車の向かい側に座った陛下が声をかける。


 「行くよ、サイ」

 「……はい」


 馬車の一団は動き出す。

 私はもうこの瞬間から、中央国人のサイではなくーーひとりの、陛下の鶺鴒セキレイとなった。


---


 初夏の馬車は心地が良い。

 雪山を撫でるように降りる冷たい風が、北東に向かう私達の馬車の背を押すように吹き抜けていく。


 窓の外を眺めていると、向かい側に座る陛下が柔らかな声で訊ねてくる。


「サイは国を出るの、初めて?」

「はい。……この街道を馬車で行くのも初めてです。婚約が決まって領地を離れた時はまだ完成していなかったので」

「じゃあ目に映るものなんでも珍しいよね。楽しんで」

「……ありがとうございます」


 田舎娘で申し訳ない。思いながらも、窓外の景色の素晴らしさには目を惹かれてしまう。


 五年前に大整備が完了した中央国と東方国間の大街道。

 行商人や馬車が途切れることなく行きかい、街道沿いの宿場町はまさに稼ぎ時の賑わいを見せていた。


 家々の屋根の形が、田畑の作りが、馬車の色合いが、働く人々の服装が、北東に進むにつれてだんだん東方国寄りになってくる。

 国境を超えるとはっきりと、人の髪色が変わった。

 中央に多い金髪から、『東方霞色とうほうかすみいろ』とよばれる、灰色がかった髪色や、漆黒の髪の人ばかりになった。

 烏のようだと浮いていたサイも、こちらの国のほうが馴染める気がした。


「サイは中央ではどんな食事が好きだった?」

「……好き好んで食べるもの……ですか」


 食べて美味しかったものを思い出そうとしても、亡き母の手料理しか思い出せない。

 陛下が訊ねたいのはそういう話ではないと思うので、私は普段食べていたものを告げる。


「芋かパンをいただいておりました。簡単ですし、お腹にたまりますので」

「『鶺鴒の巫女』なのに、結構質素だね……」


 仕事も住み込みの侍女で、お給料は全て、婚家にそっくりそのまま渡していたので、食べ物といえばそんなものだった。贅沢らしいことは一度もしたことがない。


「……東方国うちでは美味しいものを食べてね。少しでも生活を楽しんで欲しい」


 陛下は私を見つめながら、一瞬、なにかを堪えるような顔を見せる。


「お気遣いいただきありがとうございます」


 どうしたのだろう、と思う間もなく、陛下はいつもの柔らかな笑みを見せた。


「じゃあ東方国では海の幸を楽しんでほしいな。新鮮で美味しいからね。魚だけじゃない、蟹も美味しいよ。……まあ、たまに巨大化したのが海で暴れるから困るけど」

「暴れ……?」


 陛下は何事もないように私の質問をスルーする。


「冬になったら蟹食べに行こうか。海に行こう。楽しみにしててね」

「勿体ないお言葉ありがとうございます」

「ふふ。どうしたの、変な顔して」

「……いえ……陛下とこうして、食事のお話をしているなんて、不思議だなと思いまして……」

「そう? 僕だって食べるよ」


 八重歯を見せて陛下は笑う。


「うん。人間ヒトの毒は効かないから、大抵なんでも。美味しいもの、好きだし」


 宗教絵画が厚みをもって動いているような美人が食べ物の話に目を細めると、不思議な感じがする。

 それは私の知る食べ物ではなく、霞や宝玉を食べているのではないかと。


 東方国の事は『サイ』も『前世の私』もよく知らない。

 前世に関しては東方国編に課金しないまま死んだから当然なのだが、実は国境生まれの『サイ』が知る隣国情報もそう多くない。


 それには2つの事情がある。

 1つ目は、山脈と雪に隔てられた地理的事情。

 2つ目。東方国と中央国の外交が最近まで消極的だった事情。

 東方国の売薬の行商人の姿はみることはあれど、彼らが故郷でどのように暮らしているかは知られない。


 『雪山の向こうに住む、よくわからないが薬に詳しい文化の異国人』

 中央国民の東方国に対する理解はこの程度だ。理解が圧倒的に不足していた。

 この理解不足が、運命シナリオでは戦乱へと繋がっていた――


 私は馬車の外を見やった。

 雪の残る山脈は空気をはらんで青く、その向こうにはやわらかな形の雲が点々と漂っている。

 街道沿いの新緑は青々として、人々の様子は穏やかだ。


 この現実は前世知る運命シナリオとは別物だと理解はしている。

 けれど、この平和が万が一脅かされてしまったら。陛下が死ぬ運命に瀕したら。

 ――私は、何ができるだろう。


「サイ。難しい顔をしてる」


 陛下は窓枠に肘をついてこちらを眺めていた。


「知らない国に行くのは不安だよね」

「あ、いえ……御地に身を寄せられる僥倖、身に余る光栄です。ただ私が陛下と御国に、いったいどうすれば御恩返しができるのかと思うと」

「言ったでしょ? サイは東方国に来るだけでいいの。古き鶺鴒県クトレットラの巫女が我が国に帰るんだ。それだけで国はお祭り騒ぎさ」


 肩をすくめて陛下は艶笑わらう。


「もちろん、力を貸してもらえれば嬉しいけれど。そう肩肘はらないで」

「はい。貢献できることはささやかでしょうが――陛下に、私はこの生涯を捧ぐ所存です」


 私の言葉に、灰青色の双眸が細くなる。

 空より薄い色をした、すべてを見通すような猛禽の眼差し。


「まるで結婚するみたいな言い方だね?」

「え……」

「あはは。いっそ結婚しちゃう?」


 陛下はとろけるような眼差しで、私を見つめて口にした。


ブクマ、評価、誤字報告本当にありがとうございますm(_ _)m

少しでも多く、早めに更新できるようにしてご期待にそっていけたらと思います。

本日また更新いたします。よろしくおねがいします。

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