105.短いようで長い、東方国での暮らし。
久瀬様が南方国にお帰りになる四日前の昼下がり。
突然、鶺鴒宮の私のもとへ、久瀬様から街歩きのお誘いがかかった。
お断りする理由もなく翌日同行する旨をお返事したところ、久瀬様と護衛の方々と一緒に当然のように、春色様ーー女性の姿になった陛下も鶺鴒宮へと訪れた。
久瀬様の護衛に、私と春色様の護衛。
ぞろぞろと、ちょっとした南方国ご旅行団体様御一行、という様相となってしまっている。
「斎とこうして街歩きするの、夏祭りぶりだね♡」
「その姿でお越しになるんですね」
「うん。だってあくまでまだ、久瀬は南方国の謎の闖入者だからね」
私と陛下が話しているところに久瀬様がやってきた。
「なんだ、その姉ちゃん。えらい綺麗な女だな」
「ふふふ、こんにちは」
なぜだろうか、妖艶に微笑んでいる春色様が久瀬様を牽制しているように見えるのは。
陛下はしおらしく嫋やかな仕草で袖を振り、久瀬様に挨拶をする。
「わたくし、左翼官・錐矢雪鳴の妹の春色と申します。陛下から本日鶺鴒の巫女様のお世話をまかされました」
「お、おう……よろしくな……」
久瀬様は軽くたじろぐ様子を見せながらも、彼女に挨拶を返していた。
—-
実りの秋を迎え、そして東方国は厳しい冬への支度を始める季節となっていた。
街の商店街では冬支度の準備道具や新年を迎えるための準備品の販売で賑わっていて、大通りでは神祇官所属の官吏たちが藁で大きな人形を作り、それに魔力を込める儀式を行なっている。雪かきの時に一時的に使う魔力人形らしい。
宮廷から乗った牛車に揺られながら、私は雪支度のはじまった街の様子に、季節の移り変わりを感じた。あちこちで建物になされている雪囲いは、雪の多い故郷、クトレットラ領とよく似ている。
ーー去年の今頃、私は中央国の牢獄で冬に怯えていた。
冬になれば体ががちがちになるほど寒くなり、それでも防寒具もろくに与えられず、冬中熱を出してうなされていたように覚えている。
あの生死の境を彷徨った恐怖を思い出し、思わず身ぶるいす私を察したのか、陛下が頭を撫でてくれる。その普段とは違う柔らかな指先でも陛下の優しさを感じられて、体が少し解れるような気がした。
あちこちで建物になされている雪囲いは、雪の多い故郷、クトレットラ領とよく似ている。
「……雪の季節がもうすぐですね」
私の呟きに、向かい側に座っていた久瀬様が頷く。
「ああ。だから今のうちにここにきた。雪が深くなれば陛下と会うことも叶わなくなるからな。」
隣で、陛下ーー春色様は黙って微笑んでいる。
私たち一行は牛車の中で、これからの買い物にまつわる雑談を楽しんだ。
「今日は妻への土産を買いたくてな。俺が選んだらなぜか、すこぶる評判が悪いんだ」
「だから女性の目で選んで欲しい、というわけなのですね」
「ああ。そういうこった」
私の隣で、陛下が久瀬様に尋ねる。
「土産って、普段、どんなの選んでらっしゃるのですか?」
「そりゃあ、精のつく東方国産の蛇酒とか、珍しい精霊鉄の刀とか」
目をきらきらさせて言う久瀬様。私は陛下と顔を見合わせ、ため息をつく。
「……それは、流石に奥様への贈り物としては……喜ばれるのは難しいかもしれませんね」
商店街に降りた私たちは、陛下の言葉に従い、さまざまな女性向けの商店を巡った。反物屋に、簪屋。保存食の甘味に化粧品、本、次々と陛下は異国の女性に勧めたい東方国の品々を選んでいく。
私は一応女性だが、東方国の商店街の品揃えにはまるで無知だ。陛下の「春色様」としての知識に、私たちはありがたく頼りきりになりつつ、せっせと奥様向けのお土産物を選定した。
久瀬の妻それぞれの趣味や趣向を聞き取った上、最終的に一人ひとり違うお土産を選ぶことができた。喧嘩にならないように値段はそれぞれ全て同程度のものにして、東方国らしい文化が散りばめられたものにした。
私と陛下の尽力を前に、女心のわからない久瀬様はただただ呆気に取られ、私たちに言われるままに財布だけを出してくれた。久瀬様が素直に私たちの助言を信じてくれたので、買い物は大変やりやすいものだった。
「いやー、俺じゃ絶対こんな、細やかな気遣いをしながら買い物できねえわ。いや、ほんと助かったぜ」
「ふふ。鶺鴒の巫女と春色が選びましたって一筆書いてもいいですよ」
春色様もたっぷり女の子としてお買い物を楽しんだらしく上機嫌だ。
正午過ぎまで買い物に費やし、私が疲れを感じてきた頃、久瀬様は荷物を従者に任せ、私と陛下を茶館に連れていき、甘味を振る舞ってくれた。
「この茶館は……」
建物を見上げてつぶやく私に、陛下が振り返る。
「来たことあるの?」
「はい。ここは、鶺鴒宮を開設してすぐにお世話になりました」
陛下はこの言葉でぴんときたらしい。妖艶に微笑んで「ここから始まったんだね」とつぶやいた。
ーーここは鶺鴒宮を開設してすぐの頃、私が錫色の縁故の女将さん達を招いた食事会を開いた場所だ。
奥に招かれ、懐かしい奥の離れでお茶をいただきながら、私はひどく懐かしい気持ちになっていた。
ずいぶん遠くまで、きたものだと思う。





