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102.好きな奴がいるんだろ、鶺鴒の巫女

 ――鶺鴒の巫女の好きに判断するとよい。


 陛下の言葉で、頭がこんなに真っ白になるなんて思わなかった。

 晩餐会が終わった後のことはよく覚えていない。

 そのまま一日が終わり、数日が過ぎ、個人的に鶺鴒宮にやってきた久瀬様に、私は詳細を聞かされた。


「うちの国――南方国は一夫多妻だ。戦乱が多いぶん女が余ってるから、族長など有力な男が彼女たちの庇護を始めたのが始まりだと言われてる。まあ、そういう婚姻制度も一夫一妻制で聖女信仰国の中央国から蛮族扱いされる理由なんだろうが、うちはうちの都合だ」


 鶺鴒宮にやってきたとき、さっそく久瀬様は錫色の襲撃に遭っていた。

 襲撃してくる錫色を笑いながらかわし、「何もしねえって」といなした彼は、今、私と二人で中庭の四阿あずまやでお茶を飲んでいる。


 最初の襲撃こそ無頼漢然としていた彼だが、こうして一緒に静かに向かい合っていると、獰猛な佇まいながら国をまとめる『国王』の威厳も感じる。

 秋桜の花が、風にざわりと揺れる。

 風に乗るように飛んできた蜻蛉を指先に留まらせて愛でながら、彼は静かに話を続ける。


「俺にはすでに八人の嫁がいる。すべて別の部族の奴で、そいつらとの婚姻が別部族からの『国王』としての承認さ。正室もすでにいる。――実質的なツレは、その正室だが。そいつは子ができねえ体をしているから、その代わり、他の女たちに出産を任せている」

「争いはないのですか?」


 中央国は王妃との間に子ができないことが大きな問題となっている。

 国王は王妃以外の側室を持つことを宗教的に拒み、そして問題解決の為に聖女まで召喚した。

 古今東西、どの世界でも正室と側室、子供の争いは女性社会の火種になる話で。


「うちは正室が有能だからな」


 彼は遠い目をして笑い、蜻蛉を指から逃がしてその行方を目で追う。


「正室はもともと戦士として俺の右腕になってくれていた奴で、それだけ側室たちもそいつも、互いに俺に対する役割が違うと割り切っている。あんたを娶るかもしれないって話をしたときはそりゃあ、皆盛り上がってうるさかったもんさ。なんせサエさんの娘だしな」


 サエさん、と名を呼ぶ時、久瀬様の目元は柔らかくなる。

 出会ったばかりの南方国の最高権力者の口から、亡くなったとばかり思っていた母の名前が出るのは、不思議な感覚だった。


「自分らの末妹ができるって大喜びしていた」

「あ、あの、別に私はまだ、久瀬様に嫁ぐと決めたわけでは……」

「俺もそう言ったんだぜ? もしもの話で『サエさんの娘が嫁いで来たら、どーするよ』って言っただけだ。そしたらもう一週間いきなりお祭り騒ぎさ。それで『だからまだ決まってねえ!!!』っつったら、掌返したように全員で『嘘つき!!』って怒り出しちまって。……ったく、話聞かねえんだから、あいつらは」

「仲がよろしいんですね」

「後宮の連中に『久瀬は南方国王の器ではあらず』と思われちまえば即俺の立場は危うくなるしな。あいつらは嫁であるが同時に各部族の間諜の役割でもあるし……ま、みんな気のいい女どもだ」


 彼は四阿の外の花畑を眺める。

 一人一人の妻を思い出しているのだろう――私は直感的に、彼は良い夫なのだろうと感じていた。


「まだサエさんとダイス先生の話、してなかったな」

「――!!」

「いいぜ、話してやるよ。少し長くなるが、許してくれ」


---


 久瀬様はお茶を何度かお替りしながら、私に両親の話を語ってくれた。


 中央国との紛争で、部族の村が襲撃を受けた時、両親は非戦闘員の残る集落に火を放った聖騎士団に反発、離反したのだそうだ。


 両親は南方国の人たちを刺激しないように丸腰で入り、傷ついた子供から先に手当をし、村を守らせてほしいと願い出た。


 母は『鶺鴒の巫女』の魔力で村を守り、非戦闘員である女子供、老人、そして集落の財産を守った。

 父は前線で戦う兵士たちの手当てを行い、医師として適切な医療・魔力施術を行った。


 その後久瀬様の故郷は防衛することに成功したが、前線にいた父、ダイス・クトレットラは重傷を負い、母サエ・クトレットラと共に久瀬様の故郷の村に匿われることとなった――


「二人がいなかったら、俺も死んでいた」


 久瀬様は羽織を脱ぎ、たくましい腕を晒す。腕には大きな傷跡がズタズタに走っている。


「ダイス先生が応急手当をし、縫合し、そしてサエ先生が必死に魔力で神経をつなぎ合わせ、俺の自然治癒力が戻るまで壊死しないよう回復させ続けてくれた。おかげで傷跡は残っているが、当たり前のように動かせる。小指一本までな」


 言いながら彼は腕を動かして見せる。

 傷跡から察するに、おそらく切断された上に馬につぶされ、ズタズタになっていたのだろう。

 それにも関わらず、腕に後遺症は傷跡以外全く残されていないようだ。


「……こんな優しくて能力ある人たちを、聖騎士団は民間人として使い捨てようとしたんだと知って……驚いたよ」


 私の知らない、父と母の武勇伝。


「あの、久瀬様……腕、触らせていただいてよろしいでしょうか?」

「いいぜ」


 彼の傷が入った腕に、私はそっと指を這わせる。

 指先からかすかに母の魔力を感じる。痛々しい縫合痕に、懸命な治療を施した父の熱意を感じる。


「お父さん……お母さん……」


 腕を撫でる私を、久瀬様は黙って見つめていた。

 しばらくして手を放し、私は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」

「なあ、『鶺鴒の巫女』」


 久瀬様の燃えるような琥珀の瞳が、私を強く射抜いた。


「俺だけじゃない。南方国には、二人に救ってもらった大勢の患者たちがいる。二人は南方国では神様みたいな存在だ。そして皆、二人が娘を中央国に残してきてしまっていることを知っている。サエさんとダイス先生と、あんたを再会させてやるのは南方国全体の悲願だ」

「二人との……再会……」

「クトレットラの娘であるサイ、あんたが俺の妻になるなら絶対に国をあげて幸せにしてやる。生活に苦労もさせないし、あんたの身内全ての責任を取る。あんたが将来生む『鶺鴒の巫女』の次世代も、俺がいくらでも作ってやる。大事にすると誓う」

「私は…」

「どうする?」


 久瀬様の提案プロポーズは、真摯で真剣で、優しいものだった。

 

 ――南方国に嫁げば、すべてが丸く収まるだろう。

 南方国と東方国の縁を結ぶことになるし、私は両親と同じ国で暮らすことができる。

 将来生まれる娘も久瀬様の娘ならば、『鶺鴒の巫女』として安泰だ。

 きっと――彼の提案に頷くのが、最も正しい、選択のように、感じ――


 その瞬間。

 私の心を、ざわりと、大きな狗鷲の翼が撫ぜる。

 柔らかな睫毛に縁どられた灰青色の瞳。

 

『斎』


 穿かれたからだが熱くなる。

 腕のぬくもり、柔らかな声。頬が触れ合うときの、熱い温度。



「心に決めた人がいるって顔してんな、あんた」


 はじかれるように顔を上げると、久瀬様が優しい顔をして微笑んでいた。


「好きな奴がいるんだろ、鶺鴒の巫女」

「あ……」

「俺だってそれくらいはわかるぜ。妻からは女心が全く分からないって言われ続けてるけどな」


 彼は椅子から立ち上がった。


「問題ねえ。あんたがこの国にいたいのなら、それは優先しろ。……サエさんも先生も、娘が好きな奴と添い遂げる事が一番だって思うはずだ」



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