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100.南方国の絶品料理

 久瀬様は「南方国の狼藉者」として捕縛され、そのまま事情聴取という名目で陛下と謁見することになった。

 騒動が落ち着いた頃、鶺鴒宮に訪れた雪鳴様が私に教えてくださった。


「東方国としてはまだ、久瀬殿を正式な南方国王として認めていない。よってこの手順がなければ陛下と謁見することができないのだ」

「正式な『南方国王』と認めることは、南方国と紛争状態にある中央国に対する宣戦布告のようなものですしね」


 それに久瀬様は南方国を統一したものの、後ろ盾も弱く中央国からは『南方蛮族の長』と名指しされ、権威の足場が不安定な方だ。

 しかし東方国としては、薬の原料輸入において密な関係にある『南方国王』は最重要貴賓というわけで。


「非公式に国交を持つことが、ぎりぎりの妥協なのですね」

「ああ。『南方国王として承認する』という手札もまだ残せるしな」


 結局、久瀬様はそのまま「宮廷の勝手を知らぬ南方国の名も無き商人」として貴賓殿に滞在し、数日にわたって東方国宮廷をあげてもてなされている。


 雪鳴様と別れた後、私は鶺鴒宮の欄干で遊ぶ鵲に話しかけた。


「いろいろと事情があって大変ですね、どの国も」

「カチカチ」


 鵲は返事をするように鳴いてくれる。私は少しほっこりとした気持ちになった。

 南方国王・久瀬様の来東で忙しいのは鶺鴒宮も同じだ。女官も侍女も、そして応援でやってきた神祇官所属の官吏たちも総出でばたばたと仕事に追われている。

 私もボーッとしている暇はない。

 ぱちんと両手で頬をたたき、人員配置とスケジュール確認、応援要請や必要な品の確認対応など管理職としての仕事が山積みだ。


 今日の昼は鶺鴒宮で、南方国の料理をいただく宴が開催される。

 ――しかも久瀬様お手製の。


「どんなのを作られるのかしら、久瀬様は……」


 もともと鶺鴒宮には普段使っている厨房だけでなく、新商品の試作や商人・商人婦人らをもてなすための厨房がいくつか設置されている。

 曲がりなりにも元後宮。妃嬪の殿ごとに厨房があるような作りは今も変わらない。用途が違うだけで。

 というわけで『鶺鴒宮』じゅう、商船で齎された香辛料の香ばしい匂いがいっぱいに漂っていた。

 匂いを嗅いだ女官たちは口々に、


「すごい匂いですね」

「まるで薬みたい」


 と戦々恐々とした反応を見せている。私は別の意味で、どきどきとしている。

 この匂いが『おいしそう』と思ってしまうのは、確実に――前世の記憶ゆえの、感覚だ。


「もしかして、もしかするとアレを作られるのかもしれないわね……」


 私は久瀬様が入っている厨房に訪れた。彼は衣を腕まくりし前掛エプロンをつけ、てきぱきと連れてきた南方国の従者たちに指示を出していた。袖をまくった腕は、筋骨隆々として武闘派の男そのものだ。

 厨房に一歩入るだけで、熱気と香料の独特の香りがふわっと体を包み込んだ。


「お、『鶺鴒の巫女』殿、どうした?」


 私はちらりと、彼の混ぜる鍋へと目を向ける。

 生唾が出てきそうになるのを耐えるのが精一杯だ。


「何か足りないものがあったら、と思って来てみたのですが……美味しそうですね」


 久瀬様はいかつい顔をくしゃっと笑顔にする。


「この匂いが平気ってか。中央国のお嬢様育ちのくせに珍しいな」

「ええ、まあ……」


 飴色に炒められた玉ねぎ。油炒めされた鮮やかな野菜。ガラス瓶に詰め込まれた、高価な香辛料の数々。黄土色のペースト。私は我慢の限界になりそうだ。

 これは、アレだ、アレ。


「……香辛料を随分と使われるのですね。まるで……宝石をそのまま齧るみたい」

「南方国王が作るメシがみみっちいもんじゃ、東方国皇帝陛下に申し訳が立たねえだろ。こんな飯、この大陸じゃ俺以外に作れるやつぁいねえぜ」

「おっしゃる通りです」


 アレは前世の世界では庶民的な食べ物だったが、この世界においては信じられないほど恐ろしく高価な食べ物だ。それもそのはず、使われる香辛料は全て薬の原料ともいえるもので、それを贅沢に鍋でかき混ぜてペースト状にして米にかけるのだから、ちょっとした小領地の一年間の予算レベルだ。

 

「まさか、この世界でもカレーライスを口にできるなんて…………」

「カレーライス? なんだそりゃ」

「……古い言葉で、最高の料理のことを言うのです」

「ハッ、そう言ってもらえるなら嬉しいぜ。これは南方国汁飯と俺は呼んでいたが……だが『鶺鴒の巫女』殿がそういうのなら、今度からかれーらいすって名前にしてもいいかもしれねぇな」


 そして彼はぽつりと付け加えた。


「『鶺鴒の巫女』は、みんなこの料理が好きなのかもしれねぇな?」


---


 その後、鶺鴒宮にてカレー実食会……もとい、晩餐会が開催された。

 ずらりと並んだ東方国の要人の方々と、そして南方国王とその臣下たち。彼らの前にはずらりと美味しそうな黄金色の料理が並んでいる。

 カレーライスにサラダ、ラッシーを添えた食事を目の当たりにするのは、前世の記憶がある私にはとてもシュールだった。

 私が事前にどのような料理が出るのかお伝えしていたので、普段白練りの絹を来ている陛下は洗える装束に身を包んでいた。洗濯できない白い服でカレーを食べるなんてもってのほかだ。


 晩餐会が始まり、私は恐る恐る一口、そのカレーを口にする。

 ほっこりと炊けた最高級の白米に、辛すぎず甘すぎない、さらりとしたルー。添えられた野菜も油をたっぷりと吸っていて甘くてシャキシャキで絶品だった。前世の世界に行っても久瀬様はカレーの美味しさでひと財産築けるかもしれない。食材はこの世界よりも安価で揃うし。

 東方国の方々は恐る恐る口にして、そして味の絶品さと贅沢な食材に感嘆の声を漏らしていた。


 カレーが終わり、食後の甘味が席に並べられた頃合い、陛下は晩餐会に出そろった顔ぶれを見回し、そして口を開いた。


「ここは鶺鴒宮、宮廷から離れた非公式の場だ。これから予が話す内容は内々に皆に伝える話だ」


 その静かな声音に背筋が伸びる。皆、軽く首を垂らして陛下の言葉に耳を傾けた。


「冬が訪れる前に、東方国を仲立ちに南方国・中央国の和平を結ぶ」


 陛下は私を見やる。薄絹ヴェールごしでも、彼の灰青色の相貌から注がれる視線が、私をまっすぐ射抜いているのがわかった。

 その空気に私はゾクリと背筋が震える。


「『鶺鴒の巫女』斎。中央国で聖女による災禍が起きているのは汝も知るところだろう」

「――!」

「この度、中央国王夫妻連名で東方国に向け、『聖女討伐』の援助願いが届いた」


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