99.九瀬・壹岐之香
「どうしてそう思う?」
「まずはそのお召し物で南方国の方だと分かります。そのお召し物に染み付いた香り、それは船乗りの方が愛飲する煙草の匂い――けれど、高級品です。苦み走った香りですが、芳香の奥に甘く瑞々しい香りが混じっています。この大陸で煙草といえば西方国産の物が多いですが、それは海外の大陸から輸入したもの……」
「それだけで言い切るのか? 輸入を止めるっつーのは本気だぜ」
「言い切れます」
私はまっすぐ彼を見て続ける。
「国王、という言葉にあなたが気をよくしたのが、あなたが九瀬様である根拠です」
「……」
ぴくりと彼の目元が反応を見せる。
「『南方国』という国は本来存在しない、便宜上の地方名です。東方国や中央国と違い、多数の長が同等の地位を持ちそれぞれの所領を支配しています。しかしあなた――九瀬様は南方国地域の統一を目指し、数年前に南方国地方における最大勢力だった豊之茉凛を支配、自ら国王と名乗りました。その肩書はまだ大陸他国に承認を受けておりません。だから、私が国王という呼称を用いたことに気をよくされたのでしょう」
「……」
「そして貴方のお姿は中央国の聖騎士団や王族が話題に出していた『南方蛮族の長』の特徴と一致しています。卵色の髪に小麦色の肌、太陽をはめ込んだようなまばゆい眼差し。土精霊のように背が高く、晒した肌に翼の彫り物を入れている。それに貴方が隠そうとしている訛りは、南方国のものでも特に南方、中央国との国境に位置する壹岐族の特徴ではないですか? そして壹岐族の所領の傍に香族という少数民族がいたと記憶しています。あなたは壹岐族と香族の血を引く壹岐之香様」
「………」
「ここまでが私の想像です。さあ、ご回答をお願いします」
彼の目がぎらりと輝く。
「ちいさかろうが、あんたも『鶺鴒の巫女』なんだな」
言いながら、牙をむき出すように獰猛に笑う。息を呑んだ、その次の瞬間。
スズイロの箒が思い切り――彼に頭に直撃した。
「キエー!!!!」
「おいおい……ずいぶん躾が行き届いた女官だな?」
久瀬様は肩をすくめて呆れた顔をしてみせる。べしん、べしん、と抵抗もせず打たれてやっている。もちろん全くびくともしない。
「こいつなんとかしろよ」
「申し訳ありませんが、それだけの狼藉を貴方様がされているということです」
私は錫色を見た。
「錫色さん、おやめなさい。こういう男性には力づくでは敵いません。今度対策を教えましょう」
「対策ってなんだ!?……ったく、白けちまったぜ」
彼は壁から足を離し、ゆるゆると両手を上げて降伏のポーズをとった。その好機を見計らったように、衛士たちがおおげさな大声をあげて彼を捕獲した。
抵抗する気はないようで、彼は両手を頭の後ろにあてて、そのまま縄で縛られた。
「……あれ……? あっけないですね……?」
錫色がきょとんとしている。
「怖かったですね。もう終わりですよ」
彼――九瀬様は私を見下ろし、唾でも吐き捨てそうな面白くない顔をしている。
「ったく。怖いって思うなら怖がるような顔の一つでもしてみやがれ、涼しい顔しやがって」
「ご不快でしたら失礼いたしました。なにぶん、このような顔に育ったもので」
「食えねえ女。まあ、『鶺鴒の巫女』らしくて俺は気に入ったぜ」





