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98.闖入者

 打ち合わせの後。

 私は来夜様と話したい用事があったので鶺鴒宮から外出するつもりだった。図書寮は少し離れているが、ちょっと運動をかねて徒歩で行くことにする。

 上着を取りに自室に入ったとき、ふと姿見が目に留まった。


「……まだ、赤いわね……」


 空けられた右耳と耳飾りを確認する。髪は半分結い上げてまとめているので、穿たれた穴は全く隠れていない。開けたばかりでまだ少し赤い感じがいかにもで、恥ずかしくて、私は耳を手で覆う。

 揺れるだけで耳飾りの質量を感じて、ますます、耳が熱くなる。


「早く……馴染んでくれるといいのだけれど……」


 耳を冷まそうと背筋を伸ばし、手荷物を取って太鼓橋へと向かう。

 太鼓橋をちょうど渡りきった、その時。人を振り払ってずかずかとやってくる、やたら大柄な男性がいた。


「だ、だれ……!?」


 見たことのない鮮やかな文様の刻まれた朱色を基調にした衣に、頭にはぐるぐると布を巻いている。肌は小麦色で、色の白く細身の人が多い東方国では滅多に見ない容姿だ。


「お待ち下さい!!」

「そちらは鶺鴒宮です!!」


 武官や従者らしい人が後ろから追いかけてくる。それを男は片手で振り払う。


「うわー!!!!」


 武官や衛士、彼の従者らしき人々が次々に堀に落ちていく。


「あーれー」


 どことなく、わざとらしい。彼らは堀の中でばちゃばちゃとしながら、私に裏返った声で叫んだ。


「『鶺鴒の巫女』さま! 逃げてください!!」

「あ"ぁ"? これが『鶺鴒の巫女』か」


 大柄な男は、私を見下ろす。

 日に焼けた肌、卵の黄身のような見事な黄色の髪。全身から漂う、全く嗅いだことのない独特な香のにおい。

 金色の太陽をはめ込んだような目が、ぎら、と私を見下ろし――。

 そのとき。


サイさまから離れなさい!! 狼藉者!!!」


 その時。

 私と彼の間に、小さな体が飛び込んできた。

 錫色は護身用の棒を持って、びしり、と凛々しく構えている。


錫色スズイロさん――!!」

「なんだお前」

サイさまに狼藉を働く者は私が許しません! えい! やー!」

「…………」


 勇ましい錫色はそのまま狼藉者に片手で首根っこをつかまれる。


「きゃー!!!!!」

「なんだ、この子鼠みたいな女官は」

「す、錫色さんー!!!」

「斎さま! 錫色はいいので、逃げてください!!!」


 私は錫色を掴んだ彼の腕にすがって、声を張り上げた。


「お止めください。錫色は私がご実家からお預かりしている大切な女官です。いますぐ離していただけませんか。鶺鴒宮の主は私です。何か御用でしたら、私が承ります」

「斎さまぁ……」


 錫色は今にも泣きそうだ。

 狼藉者はぽいとあっけなく錫色を放りだすと、私を鶺鴒宮の壁際まで追い詰める。

 ダン! と音を立て、男は私の顔の真横に足を叩きつけた。


「――ッ!!」


 息が詰まったが、怯むわけにはいかない。女官たちは固唾を呑んで私と彼の同行をみている。

 私はこっそりと手のひらで、「こちらにこないで」と合図する。

 ――この男は、私が相手をしなければ。


「てめえが『鶺鴒の巫女』か?」

「……はい。そうです」


 爛々と輝く金の瞳に見下され、私は負けずに目をそらさずに彼を見る。

 彼は私をねぶるように上から下まで眺め、ハッと、鼻で笑う。


「ずいぶんちっちぇえな。鶺鴒だからしゃーねえのか?」


 どことなく訛りのある言葉遣いだ。


「まずはお名前を教えていただけますか。貴方は、どちら様でいらっしゃいますか」

「俺の名前を聞いてどうする。『言葉』で俺をどうかするつもりか?」

「――!!!」

「『言葉』を知るのが自分だけだと思ってんのか? ンなわけあるか」


 どうして、『鶺鴒の巫女』しか知らない『言葉』の事を知っているのか。

 私は内心焦ったが、意識してゆっくりとため息をついて、にっこりと微笑んで見せる。

 ここで呑まれては負けだ。


「お名前をお伺いできないのであれば、あててみてもよろしいでしょうか?」

「おう、言ってみろ。ただし回答は一度きりだ。間違えたら鶺鴒宮が輸入している薬草の取引は取りやめだ」


 やはり、と思う。彼は南方国の男性で、それを隠そうともしない。私がそこまでは容易に判別できると踏んでいるのだ。


「なぜですか? そちらにとっても良い商売ではないのですか?」

「最近海が荒れることが多くてな。今の値段での取引じゃあもう無理なんだわ」

「……わかりました。私が間違えていたら、それでもよいでしょう」


 南方国の若い男性で、血気盛んで堂々として、宮廷内を闊歩して陛下の所有である鶺鴒宮まで足を踏み入れても白々しい衛士や武官の追跡しか来ない人。

 中央国時代に何度か耳にしたことがある名前を、私は彼の目を見上げて口にした。


「南方国王、九瀬・壹岐之香様でいらっしゃいますよね」


 目を眇めたぎらついた笑みが、私の言葉が正しいことを示していた。

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