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10.聖騎士団長アレクセイの回想とあやまちについて

※ここから2話だけアレクセイ目線となります。

 もうすぐ中央国編は終わりますので、よろしくおねがいします。

 サイのことは、元々苦手だったのだ。


 新興貴族の三男として生まれたアレクセイに求められたのは、実力での出世と格式ある家との婚姻だ。

 サイは『鶺鴒の巫女』の血以外は取るに足らない、辺境領主の娘だった。女子の一子相伝で能力を引き継いでいるとの噂だったが、そんなに強力なら地方で燻っているわけもない。

 伝統だけを背負った女が、アレクセイの婚約者だった。


 アレクセイは初対面から「好みじゃない」と思った。

 深窓の令嬢が来ると聞いたから緊張して待っていたのに、出てきたのは村娘のような一張羅を着た、笑顔のない大人しい娘だったからだ。

 中央国では珍しい黒髪も、果てのない夜空のような真っ黒な瞳も違和感があった。


 実家で一緒に暮らし始めてもしっくりこなかった。

 目立ちたくないと言わんばかりに黒い服を着て、かえって視界の隅で動く目障りな、鴉のような女。


 一度、からすみたいだとからかったとき、真面目な顔をして、


 「鶺鴒せきれいでございます」


 と返された時の、冗談が通じなかった恥ずかしさといたたまれなさといったら。

 思わず頬を張り飛ばしても、彼女はただうなだれて「生意気を申し上げました」と謝罪した。

 そんな態度を取られては、余計にこちらが惨めになるとわからないのか。


 からかっても真面目に返してくる。

 他の女のように笑いもしないし媚もしない。

 怒っても、ときに叩いても泣きもしないがへつらいもしない。

 ただじっと耐えるだけ。

 涙くらい流してくれれば可愛げがあるものを。


 一度だけ、泣きそうになった顔を見たことがある。

 アレクセイの母親が「汚らしい」と、彼女が大事にしていた白いリボンを捨てたときだ。

 彼女が亡き実母からもらった最期の形見だと言う。


 アレクセイも流石にこのときばかりは少し哀れに思ったが、サイはその日のうちにけろりとした顔をして夕飯に顔を出し、いつもの冷たい顔でスープをこくこくと呑んでいた。

 やっぱり、かわいげ一つない。わずかに湧いた同情心も萎えてしまった。


 何をしても、されても、冷たい顔をしてやり過ごす黒髪黒瞳の暗い女。

 そのくせオドオドもビクビクもせず、見透かすような眼差しと佇まいが生意気で、嫌いだった。


 サイの態度と表情は、不条理な人生に打ちひしがれた弱い少女の諦観のそれではあったのだが、少女はただ柔らかく優しいものだと思っているアレクセイにとって、サイは永遠に理解の範疇の外であった。


 ()()()()()()()()()()()()冤罪騒ぎを起こした後、彼女は大人しい態度を急変させた。


 痩せた体を黒い東方国の服で精一杯に飾り立て、俺を見下ろすあの瞳の冷たさ。


「どうぞ。()()()()()()()殴らないのですか?」


 ――それみたことか。

 何が鶺鴒だ。

 鴉のように狡猾で、黒眼の中でどんな打算を張り巡らしているかわかりやしない。



 アレクセイは騎士学校時代、聖騎士団に正式入団する前に南方国との紛争で戦果を上げた。

 まだ王子の生まれない国のカリスマとして、南方国の野蛮人を少数の犠牲で撃退した英雄として、アレクセイは若き聖騎士として祭り上げられた。


 実力以上の地位と名誉は、未来ある若者に驕りを与える。


 新興貴族の三男坊としてコンプレックスを抱えていたアレクセイにとって、国中に褒めそやされる立場は甘露すぎた。諌めるべき親戚――ストレリツィ家の者が一様に熱狂していたので、ますます彼の増長に歯止めがきかなかった。


 家格を上げるための『鶺鴒の巫女』との婚約が、次第に自分には不相応なものと感じるようになるのは当然のことだった。

 そもそも容姿も性格も、サイはアレクセイの好みではないのだ。


 南方国との紛争で、民間人として強制的に駆り出された両親を失い、天涯孤独で縁故もろくにないサイなど、貴族社会では血しか利用できない。

 せめて綺麗な女なら我慢できるが、笑顔も下手で真面目なだけ、痩せて暗くて見ていてしみったれていて苛々する。

 自分にはもっと相応しい女がいる。

 アレクセイは己の境遇に不満を抱えるようになっていた。



 そんな折。

 国王夫妻は世継ぎ問題そして衝突の続く南方国との国交に悩んでいた。

 国王陛下は若い頃の大病で体が弱く、王妃は世継ぎができないことに憔悴して体調を崩していた。設置された側室たちは実家を巻き込んで牽制しあい、双方で妨害工作を繰り返し、ますます世継ぎが生まれない。


 国王は信心深い人だった。

 彼は乱れかけた国を立て直すため、夫妻で聖女降臨の儀を行った。


 国難を救う強靭な魔力を持った『聖女』を召喚する、創世神話以来中央国で続く伝統の儀式。

 かくして聖女リリーが召喚された。

 素肌で召喚された聖女は、たゆたう長い髪で体を覆うだけで恥じらうこともなく、眠たげな眼差しであたりを見回し――そして、アレクセイを見てとろりと笑った。


「何ここ。 あたし、なんでこんなところにいるの? ……ああ、そこの貴方。あたしにここがどこか、なんなのか、おしえてちょうだい?」


 ――聖女に、アレクセイはひと目見たときに恋をした。

 生まれてはじめての恋だった。


 彗星の如く出世した三男坊の俺。

 そして俺に相応しい、救国の聖女。


 夢中になって、溺れていくのはあっという間だった。

 熱をあげるアレクセイを、聖女はけらけらと無邪気に笑い、その胸に受け入れてくれた。


「いーのよ。あたしがすべてうけとめてあげる」


 彼女に溺れるアレクセイは、騎士団内部の派閥争いが激化しているのに気づかない。

 アレクセイの属するストレリツィ家派閥を苦々しく思う別派閥が、指を咥えて見ているだけの訳がない。

 確実にストレリツィ家派閥を蹴落とせるタイミングを狙っているとしたら?


 そしてそんな対抗派閥が、『鶺鴒の巫女』と縁深い東方国の首謀と手を組んで、聖騎士団内部の改革という目的の元、入手したストレリツィ家派閥の極秘情報を漏らしたとしたら?


 ――驕りによって、今。立場を失ってしまえば、どうなるか。

 アレクセイはまだ、何も知らない。


お目通しいただき有難うございますm(_ _)m

今日は最後に夜頃、もう一度更新させていただきます。来週以降、定期的な時間に更新予定です。

暫く更新時間帯が不定期で申し訳ありません;


よければまた次話もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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何卒よろしくお願いします〜!

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― 新着の感想 ―
[一言] キャラがたっているから、アレクにはほんとにむかむかしますね。 やさしくない上に暴力奮っといて、向こうには優しさを求めるとか、泣けばうるさいってさらに殴るだろうに少しは反応しろとかひどい無茶振…
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