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クリスマスの犯行記録

作者: ああああ



大晦日の近い日、ある都市である家庭が被害届を出した。

被害の内容は窓ガラスが破られるというものだった。

その家庭は一軒家に住んでいた。庭に面した居間の窓ガラスは高さ3メートルに幅1メートルのものが5枚連ねて嵌めごろしにしてあり、広い庭が一望できるものだった。

その窓ガラスが割られていたという。


ガラスは居間に多数散らばり庭にほとんど落ちていなかったことから外側から力を加えられたことは明らかであり、外部から来たものの犯行であることは間違いなかった。

高い天井を持ち広い庭のある一軒家であるならばその家は間違いなく高い資産を所有している家庭である。

外から一目見ればそれは明らかであり、そばを通りかかる通行人からは羨望の眼差しが向けられる。


そういった家屋の窓ガラスが割られたのであれば通常は物取りの犯行を想像する。

窓ガラスの破損は被害としては序の口であり、その奥に続く部屋部屋では更に酷い荒れようで靴跡が多数見られたり酷い場合ではその家庭が惨殺されている可能性すらあった。

被害届を受けた警察は一通り話しを聞いてまず思ったのは、それほど大きな被害ではなくてよかった、ということだった。


しかしそう思ったのは最初のうちだけで、聞けば聞くほど奇妙なものだった。

庭に面したガラスが割られていたのなら何かが盗まれていると想像したがとられているものは一つもなかった。

それどころか被害は窓ガラスの破損ただ一点のみで、居間には靴跡一つ見られなかった。


被害に会う前の日その家庭ではささやかなクリスマスパーティーが行われたが、片付けも早々に家人は全員部屋に戻り寝てしまった。

その家庭はひと組の夫婦に10歳近い子供二人の四人家族で、全員がケーキを食べたり談笑したりと和やかな時間を過ごした。

ケーキは覆いがかけられお菓子類はそのまましまわずにテーブルの上に残された。

机の上には燭台があり、銀でできていた。


それらの上に、割れたガラスが覆いかぶさった。

しかし、それ以上の被害は全く見られなかった。

一目見れば高級な調度品が見られたが盗られるどころか触られた形跡すらなかった。

テレビ台には引き出しが二つ横についていたが開けられた形跡もなかった。

被害は窓ガラスだけで、それ以外は前日の夜と全く同じ様子だった。


窓ガラスが割れていることは朝気付いた。

早朝に起きてきた夫人が居間に入ると妙に寒く、みると窓ガラスが割られている様子が目に入ったという。

警察の調べによると割られた様子は強い力で外から一撃を加えられたことによる破損だったのだが、ここにまた一つの奇妙な点があった。

窓ガラスの面積は上に述べた通り3かける5メートル。それが外から一撃で破壊された。

ならば巨大な音が発生したはずだ。

にもかかわらず、その家庭では朝まで気づかれることはなかった。


クリスマスパーティーなのだから多少アルコールは入っていたがそれほど強いものではなかったし、アルコールに極度に弱いこともないので数時間すれば酒気は抜けるくらいの量しか飲まなかった。

なので睡眠していても巨大な窓ガラスが割られるような音がしたならば普通は目が醒める。

しかしそうはならず、朝まで気づかれることはなかった。たまたまその日のその家庭では眠りが深かっただけである可能性も考えられたがそれはすぐに否定された。

巨大な音がしたので荒れば近所の住民で多くの人がそれを耳にしているはずだ。

が、そういう証言は一つも見られなかった。


そして証言を求めて他の家庭に当たったことで事件の新たな面が見えてきた。

窓ガラスが割られていたのは最初に届けがあったその家庭だけではなかったのだ。

証言を受けたほとんどの家庭で同じような被害に遭っていた。


被害の規模は様々だったがそれは窓ガラスのサイズの規模と比例していた。

窓ガラスの大きさは家屋ごとにまちまちであり、窓ガラスの大きい家庭もあるし普通のサイズの家庭もあった。

そしてそのいずれもが、窓ガラス破損以上の被害は受けていなかった。


ただし全ての家屋の窓ガラスが割られていたわけではなかった。

どの家庭も割られていたのは侵入可能なサイズの窓ガラスただ一面のみという点で共通していたが、もう一つ共通点があった。

どの家庭にも5歳以上10歳未満の子供がいたのだ。

周りのマンションやアパートは一人暮らしだったり同棲中のカップルだったり、あるいは寮暮らしの学生だったりが住居していたが、窓ガラスに関する被害にあったところは一つもなかった。

ただし、それらの被害に遭わなかった住民も、近隣の住居からの大きな音を聞いた人は一人もいなかった。


最初の家庭と同様に他の多くの家庭でも強盗に入られた可能性に思い至ったがとられたものは特になかった。

逆に増えていたという。

その増えていたものはどこも共通で、「大きめの靴下に入れられたプレゼント箱」であった。

プレゼント箱の中身はそれぞれの子供が微妙に欲しがったものだったが高価なものは一つもなく、値段にして二千円を超えるものはなかったという。

それと、プレゼント箱には一枚のメッセージカードがあり「merry Xmas!」と書かれていた。


そして別の線から進めていくと二つの奇妙な点が浮かび上がった。

一つ目は時間に関して。

ガラスが割られた犯行時刻はどの家庭も1時間以内だったという。

いずれも深夜だったため気づかなかったのだと一応の説明は可能だが、中には数メートルにわたるガラス窓が破られているケースもあったのだ。

普通に考えてそのサイズの窓ガラスが割られたのならその瞬間に巨大な音がしたはずである。

そんな音がすれば昏睡でもしていない限り普通の睡眠なら破られるはずだ。

にも関わらずその家庭の住人は気がつかず睡眠していた。


もう一つの奇妙な点は地域だ。

これは一つの地域だけではなく、もっと広範囲で行われた。

一つの県全体という規模ではない。

一つの国という規模ですらない。

全世界にわたって同じことが起こったのだ。

一つの地域でこういったことが起こったのであれば、巨大すぎるとはいえ一つの団体が犯行に及んだと考えれば少なくとも不可能ではない。

そうではなく、あらゆる国で同じことが起こったのだ。


犯行時刻という点でいうなら確かにばらつきはある。

が、別の見方をすれば全て同じ時刻に起こったとも言える。

どういうことかというと、どの犯行もその国の時刻の深夜2時から3時にかけて行われたのだ。

日本なら日本のタイムゾーンであるJSTの2時から3時、イギリスならイギリスのタイムゾーンであるGMTの2時から3時。

これだけなら国によって犯行時刻が変わっただけとも言えるが、犯行規模の単位は国ではなくタイムゾーンなのだ。

つまり、タイムゾーンさえ同じなら北半球でも南半球でも同じ範囲の時刻に犯行が行われたのだ。

これは地理的に不可能だ。


例えばロシアのモスクワとアフリカ大陸のエチオピアのタイムゾーンは同じで、ともに標準時UTC+3となっている。

距離はその間約8000キロの開きがある。

ところで現在世界最速の乗り物は半世紀前に旧ソ連が開発したMiG-25という戦闘機であり、その速度はマッハ3.2だという。

マッハは時速1200キロでありマッハ3.2というと時速約4000キロである。

そしてもう一度エチオピアとモスクワの距離を見てみよう。

8000キロ。

世界最速の戦闘機をもってしても1時間では片道にすら足りない。


この時点で事件を扱うのは一国の警察機関ではなくなっていた。

一国の警察機関ではワールドサイズの規模の犯行を扱うことはできなかったのだ。



なので必然的に国際警察が扱うものとなった。

国際警察は上の情報をもとに一つの結論を出した。


これは単独犯によるものではない。

世界規模の国際的な団体によるものである。

この団体を記録している組織は存在しないが一つのドグマによって繋がっている。

つまり、宗教だ。


事件がクリスマスに起こっているのだからキリスト教関連であることは間違いない。

ただしそんな教義を持っている宗派は存在しないのでキリスト教ではない。キリスト教を起源とする異端派だ。

その異端はは表に出てきたことはないが地下的につながっており、クリスマスのそれぞれの時刻から2時から3時に今回の件を実行するという同意を得たのだ。

被害届を出した家庭の中には自分でやったところもあるのは間違いない。

大きめの靴下に入ったプレゼントは次のような意味を持つ。

被害に比較して小さいレベルのプレゼントを渡すことで世間のクリスマスの浮かれように警鐘を鳴らすこと。

クリスマスとは本来キリストの生誕を祝う祝祭であり街で浮かれたりバーゲンをやったり恋人同士で盛り上がったりするような行事ではない。除夜の鐘のように粛々と行うべきものなのだ、と。


しかしそんな思想が広まるわけがないことはすぐにわかるだろう。

彼らがいかに広い規模で今回のことをやろうにもクリスマスの騒ぎ方に影響は全く見られないだろうし、そもそもその事件の裏にそういった思想があるところまで考えつく人も絶対に少ない。

仮にそういった考えに思い至ったとしてもそう断定するだけの証拠は存在しない。

そのことに気づくのにそう時間はかからないだろう。

だから、彼らはこう結論するはずだ。

クリスマスに各家庭のガラスを割る程度のことをしても、クリスマス観にはなんの影響も与えない。

来年以降に今回のようなことを継続して行うメリットがない。コストがあるだけでパフォーマンスがゼロなのだ。

つまり、今回の件は一過性のものであり来年は起こらない。


では犯人は?ということになると、捕まえるのは不可能だ。

証拠が一切ないのだ。

だから被害に遭われた家庭は天災にあったようなものとして捉えるべきで、それぞれ保険を適用するなどして自分たちで修理してほしい。



これが、国際警察が一般向けに行った説明である。

ただし「一応の」説明である。

本当のことを言うと国際警察にもわからなかった。

犯行現場を知るために監視カメラを見ようにも怪しいものは何も映っていなかったし、犯行グループにつながるような証言もその他の物証もまともなものは一つもなかった。

しかし面子の問題もあるので、担当した捜査官は辻褄の合っているように思える仮説を想像力の赴くままにひねり出した。

まあ無理だろう、そう思いながら上記のような報告書を上司に見せたところあっさりとOKがでた。え、うそだろ?と思い上司に尋ねると、「穴はあるが矛盾はない。ならこれでいい。」というこたえが返ってきた。捜査官は腑に落ちないながらも首をひねりながら、これを正式な捜査報告として公開した。

説明を受けた家庭の中にはその説明に納得がいかないところもあった。

捜査報告をしたためた当の国際警察の捜査官でも納得していなかったのだから当然だ。

なので彼らは自力で調べたが、やはり真相はわからなかった。


***


この一部始終を見て、一人の老人が呻いてこう言った。

「やっぱりアウトソーシングはするもんじゃないわい。」



その老人は暖炉にあるログハウスに住み全身に赤い服をまとっていた。

そとにはトナカイがおり草を食んでいる。

その老人の目にはpcのスクリーンに映ったとあるホームページが映っている。

そのホームページにはこういう謳い文句が見える。

「つらいサンタ業、代行します!」


すでに察しがついていると思うがその老人はサンタクロースだった。

サンタクロースはいまでも毎年のクリスマスには世界中の子供達にプレゼントを配って回っている。

しかし方法が特殊なので誰にも観測できないのだ。

就職したばかりの新社会人は3ヶ月目にはこういう妄言を放つという。

「いいよなサンタクロース。一年に1日働くだけでいいんだからな。」それは勘違いだ。サンタクロースは実は一年を通してほぼ無休で働いている。

観測されるのがクリスマスだけだからそう思われているのだ。

どういうことかというと、次のような事情がある。



クリスマスの1日、それも深夜だけに誰にも気付かれずに世界中の子供達にプレゼントをする。

普通に考えれば不可能だし、実際にどう考えても不可能だ。

しかしサンタクロースはそれを実行している。

どうやってか?

時空をちょっと捻じ曲げているのだ。

クリスマスの夜にサンタクロースがホウホウ言いながらトナカイの引くソリに乗り三日月を背景に鈴を鳴らしながら上空を滑空する。

これがサンタクロースのパブリックイメージだが、あんなのはただのパフォーマンスだ。

上空にサンタクロースがいる時、これから配られるプレゼント既には配達されている。

実際は別の時時空とクリスマスの深夜をつなげて世界中の子供達の枕元にプレゼントを置いているのだ。

アヴェンジャーズのサノスというキャラクターをご存知だろうか?あのキャラは離れた空間同士ををつなげていきなり現れるが、あれに時間軸も加わったようなものと考えれば大体あっている。

配達されたのがクリスマスであっても実際のサンタクロースの時間はクリスマスではない。桜が舞う季節のこともあるし太陽が燦々と輝く季節のこともあるし紅葉が綺麗な季節のことだってある。

つまりサンタクロースは一年を通して配達しているのだ。

そうでなければ一夜にして世界中の子供達にプレゼントを送り届けることなんてできない。


ただし一人でやっているわけではない。そんなことは不可能なのだ。


世界の人口は現在77億人だが仮にこれを70億人としよう。

そのうち5歳以上10歳未満の子供は10%なので7億人。

一年のうち5日間を休みとするなら可動日数は360日で、これを70億で割ると1日あたり大体200万人。

1日の労働時間を10時間として考えると一時間あたり20万人。

20万人の子供たちに一時間でプレゼントを配り切るなど到底不可能だ。


子供が寝ていることと、周りに人がいないこと。

この二つを確認した上で近くに監視カメラ等の走査システムがあるかどうかを確認する。

そういったシステムがあるなら一時的にハッキングした上で子供のいる時空へと空間をつなげて速やかにプレゼントを置いてから去る。

そしてはハッキングの痕跡を消して次の子供のリストにあたる。

このプロセスはどうやったって3分くらいはかかる。

つまり一時間では20人が限界なのだ。

そして配る必要があるのはその1万倍の20万人。配達員だけでも1万人は必要になる。

これにサポート人員や管理人員を加えるとさらに増える。

それに、この数字は人口を少なめに見ている上に、休日をほぼ考えないブラック企業式算出方法だ。

サンタ業は今や巨大産業なのだ。

現在日本で最もスタッフが多い企業はJR東日本だがその社員数は約4万5千。

サンタ業はこれに匹敵する数のスタッフが社員として常駐している。


サンタ業はその起業時に於いては一人でまかなえる分量だったが世界の人口が指数的に増加するにつれてサンタ業に必要な人員も指数的に増加した。

スタッフが増えたので当然必要な人件費も増加した。

サンタ業の費用はバチカンから出ているのだが、この年は寄付金が思ったほど得られなかったようでサンタ業に支払われる費用も減少した。

500年前のように免罪符でも配れればいいのだが、仮にそれをやったとしても500年前のように論駁されて新教として分派されるので結果としてバチカンに対する喜捨が減少するため免罪符は使えない。

ともあれサンタ業は金銭の工面に苦労することになった。

そうやって苦労して集めた金銭だが、いつも通りの支払いができるほどにはならなかった。

そのためサンタ業のスタッフに支払うボーナスに減額が生じた。


それに対してスタッフは、断固として反対しボイコットへと至った。

幸か不幸か、このボイコットは前年のクリスマスの配達が終わった直後だった。

来年分の配達はすぐにでも始めなくては間に合わない。

しかしスタッフはボイコットに入ってしまった。どうしたものか。


そう悩んでいたところにサンタクロースは見つけたのだ。

「つらいサンタ業、代行します。」


思わず飛びついた。

見るとコストは今までの100分の1以下。よく考えずにオーダーを出してしまった。


結果として全世界規模の窓ガラス破損事件へと発展した。

サンタクロースはよく考えるべきだったのだ。

費用が100分の1になんてなるわけがないだろう。


サンタ業代行の業者のやり方は粗雑だった。

まず時空関係は大雑把だ。

時間は正確だが、空間はメートル単位でずれる。

家の中に出ようものなら転移座標がずれて壁に埋まることだってありうる。だから広い庭に出るしかない。

しかし庭にプレゼントを置いてもおそらくわからない。

だったらせめて家の中なら、ということでガラスを割り、プレゼントを置く。

このプレゼントも精度が低かった。

オリジナルのサンタ業なら一万円を超えることも珍しくないのだがこの代行業は多くは千円以下、高くても二千円とした。


ただ、プレゼント、時空関係で粗雑な代行業も、ハッキング関連ではオリジナルには劣らなかった。

時空転移時には周りの監視カメラ網を操作して書き換え、ガラスを割る際にも専用の装置(企業秘密らしい)を使用して消音状態で実行した。

このようにして今回の事件のような状況が全世界的に発生したのだ。



このサンタ代行業の様子を見てサンタクロースは公開し、次からは前年通り自分たちでやることにした。

とはいえ、ボーナスにダメージがあったことによって多くのスタッフが辞めてしまった。

この年の分の配達は代行業がやったので自分たちは次の年の配達に2年かけることができるが、スタッフをどうやって集めようか、と再びサンタクロースは頭を悩ますことになった。




(了)





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