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アイドリングアイドル!  作者: 蒼原悠
★flipside★
11/12

小惑星たちの軌跡 Ⅱ

 



 再始動するや否や、いきなりAsteroidは幾度もの試練に直面した。

 地元密着の活動で人脈を広げてゆけるローカルアイドルの理屈など、今となっては通用しない。営業活動は体当たりの連続だった。エリアや仕事内容など限定せず、出演の仕事があればどんな僻地にも出向いてステージに立った。定期的に足を運んでいたのは事務所の膝元・秋葉原(あきはばら)と、そこからほど近い江東区の亀戸(かめいど)くらいのものだ。どちらもライブアイドルの登竜門として知られる街だが、審美眼に優れるアイドルオタクたちの評価はAsteroidには厳しかった。可愛い衣装を着て、歌って踊る、良くも悪くもオーソドックスなAsteroidの活動スタイルでは、ただ張り切ったところで彼らの目に留まることすらない。負けじとCDの路上販売に挑めば通りがかりの女子高生に鼻で笑われ、やんちゃな男の子たちに囃し立てられ、配ったビラは目の前で呆気なくゴミ箱に捨てられる。E.T.時代の活動がぬるま湯同然のものだったと今更のように思い知らされ、明日菜たちの精神はぐんぐん摩耗していった。

 日向のサポートも十分とは言えなかった。彼女なりに熱意をもって仕事に取り組んでくれているのは理解できたし、持ってくる仕事のしょぼさも我慢できたが、何よりも足りていないのは精神面のサポートだった。心が弱って相談を持ち掛けても、一言目には「大丈夫」、二言目には「何とかする」、そして三言目には「予算がない」である。日向が嘘をついていたとは思っていないが、単純計算でも二倍もの人生経験を重ね、相応のゆとりをもって接してくれていた織子との差異を、三人は嫌でも感じざるを得なかった。

 神田の事務所に通い始めてしばらく経つ頃には、エグゼクティブ・プロデューサー何某(なにがし)の言い放った台詞の真意も掴めてきた。カイパーベルトは伝統的に俳優や歌手のマネジメントに強みを持つ一方、アイドル部門は成長途上で実績も小さい。Asteroidが優遇されないのではなく、アイドル自体が優遇されていないのだ。同じフロアにオフィスを持つよそのユニットも含め、カイパーベルトの所属アイドルたちは常日頃から予算不足と仕事不足に喘いでいた。カイパーベルトのブランドを汚損されては困るので売り込みの際はなるべく事務所名を出さないでほしい、などという通達が出ていると耳にしたこともある。しょせん噂話と笑い飛ばすには、不気味な重みをもった話だった。

 ローカルアイドル時代の実績と履歴は事実上リセット。ファンも一から獲得しなければならない。逆境を数え始めればきりがなかったが、とりわけ三人の気を重くしたのは、親交のあったアイドル仲間たちの態度の豹変だった。


「大手様はいいよねー」

「お金あるんでしょ?」

「その気になればハコを押さえるなんて余裕なんじゃないの」

「大きな仕事なんて無数にありそうだよね」


 かつて同じ舞台で夢を見ていたローカルアイドルの仲間たちは、大手事務所の看板を引っ提げて戻ってきたAsteroidによそよそしい視線を向けるようになっていた。E.T.の例を出すまでもなく、ローカルアイドルや地下(ライブ)アイドルの活動基盤は弱いのが一般的だ。妬みの目で見られるのも無理はない。それでも以前のような距離感で親しくできなくなったことは、Asteroidの三人に少なからぬ精神的ダメージを与えていた。


「……もう、昔みたいに気楽にアイドルやってはいられないんだな」


 遠い舞台で華やかに舞い踊るアイドルたちを遠目にしながら、真央が切なげにつぶやいていたことがある。対バンライブは本来、それぞれのファンを交えて開催することで新たな客を開拓する好機であると同時に、同じ夢を見上げて頑張るアイドルたち同士が交流を築く場でもあった。それが今や、一方的にファン層の薄さを突き付けられ、高く築かれた心の壁を見せつけられるだけの場になろうとしていた。

 それぞれ仕事と両立しながらも懸命に高校受験を乗り越え、ようやく一息をつけるという時期になって、事件は起こった。相手方から申し込まれる形で開催することになった対バンライブの場で、Asteroidは引き連れるファンの数に大差をつけられた上、相手方の心ないファンの一群から出演中になじられたのだ。歌も月並み、ダンスも月並み、大して可愛くもない──。嘲笑に耐え切れなくなった佑が、ステージ上にもかかわらず泣き出して床に崩れ落ちた。


「ごめんね……私……歌も上手くないし可愛くもないし……私のせいで……っ」


 この事件に誰よりも動揺を覚えたのは三人ではなく、マネージャーの日向だった。責任感に胸を痛めた彼女は、動揺のあまりAsteroidに対バン禁止令を出した。今後一切、対バンの申し込みがあっても受け付けない。自発的に参加することもしない。悪意を持って傷つけにくるような存在からは、こうやって引き離すしかないんだと諭された。泣かされた佑を筆頭にして三人は大人しく決定を受け入れたが、同時に、またひとつ未来の幅が狭まったと静かな失望を感じずにはいられなかった。

 夏前にはさらなる衝撃がAsteroidを襲った。カイパーベルト上層部の肝いりでスタートした新アイドルユニットプロジェクト「流星★こめっと」が、社史を塗り替える空前の大成功を収めたのだった。低迷しているアイドル部門の起爆剤となるべく、外部の著名プロデューサーを招聘してオーディションを行い、徹底的な指導と支援の末に送り出された平均年齢十三歳の少女たちは、たちまちメディアや一般層に発見されてメジャーの世界で輝き始めた。予算も人員もたっぷり割かれ、順調にスターダムへの道を駆け上がる流星★こめっとは、真逆の世界で足掻(あが)くAsteroidの意思をくじくには十分すぎるほどの存在だった。


「……どうしようもないんだよ、あたしには」


 日向は力なく首を振るばかりだった。ろくな伝手も持たない新米マネージャーの日向では、Asteroidに流星★こめっとと同様の夢を見せてやることはできない。あなたたちはあなたたちにできることをするしかないのだ、という。

 そんな答えを求めてたわけじゃない。

 今、この場でスターになりたいとは思ってない。

 このまま頑張り続けて二年、三年と経った時、わたしたちの努力は報われるんですか。すがる余地のある可能性はほんの少しでも残っているんですか──。

 そうと素直に問えたらよかったのに、明日菜には問えなかった。どんな返答が戻ってくるのか予想がついていたし、傷つくと分かりきっているのに耳に入れたくなかった。代わりに無我夢中でレッスンに励んだ。ステージで声を張り上げた。成長の実感の伴わない仕事に歯を食い縛ってしがみついては、せめて現状維持できれば上等だ、よくある下積みの苦労なんだと懸命に言い聞かせることを繰り返した。



 高校二年にもなると、否応なしに未来の行く末を考えさせられる時期が来る。むろん明日菜たちも例外ではなかった。進路指導の教師と面談をさせられ、将来はどうしたいのか、アイドルを続けたいのかとストレートな疑問をぶつけられた。先行きの見えないままの明日菜は満足に答えきれず、やむなく苦笑いをして「どうですかね」とやり過ごした。

 やり過ごせなかったのは両親の追及だった。事務所が潰れた時に綺麗さっぱり辞めておくべきだったのだと、両親は毎晩のごとく深夜に帰宅する明日菜を滾々(こんこん)と説教した。くたびれきった明日菜の四肢に、彼らの無茶な言い分は痛々しく染みた。黙っていられなくなって何度も口論を交わしたが、当の明日菜自身がアイドル生活への展望を見失いかけている以上、どんな言葉を駆使したところで両親を説得できるはずはなかった。もうちょっと悩ませてよ──。そう叫んで自室へ閉じこもり、耳をふさいで考えることをやめた。

 三人の間でも意見は割れ始めた。真央は「このまま続けても実りがない」と吐露するようになり、佑も「このまま続けたらいつか心を病む」と訴えるようになった。二人ともアイドルを辞めるとまで言い出しはしなかったが、そこには誰かが口を滑らせて「辞める」と口にするのを待つかのような空気が確実に存在していた。

 売れっ子アイドルになる夢はどうしたのか。そんな簡単に割り切れるのか。問い詰める言葉には自然と棘が生えた。「割り切れてるわけないでしょ」と真央が声を荒げた。


「割り切れてんならとっくの昔にアイドル辞めてるよ! だけどそれができないから、今だって苦しい思いしながらリアルとアイドル両立してんだよ」

「辞めたいとは思ってるんじゃん!」

「こんだけ振り回されて環境にも恵まれなくて、辞めたいって思わない方がおかしいから!」

「そんなことないよっ! 現にわたしは──」


 夢を諦めてない、と続けようとしたのに続けられなかった。何を目指してアイドルになり、何を目指してレッスンとステージ漬けの日々を送っているのか、その一瞬、なぜか思い出せなくなった。恐怖で真っ青の顔を歪める明日菜を前に、真央は唇に血を浮かべ、瞳を伏せていた。佑はすすり泣いていた。誰も、何も言い出せないまま、その日からアイドル去就の話は自然と禁忌扱いになっていった。

 誰かを苦しみから解き放つためにアイドルを志したのに、気づけば自分が苦しむ側に立っている。倒錯した理不尽を上手く処理してやり過ごせるほどの心の余裕を、もはや明日菜は持ち合わせていなかった。行き場のない感情は次第にマネージャーの日向へ向かい始めた。──そうだ、全部マネージャーさんが悪い。あの人と一緒に仕事をするようになってから良いことが一つもない。ぜんぶぜんぶマネージャーさんのせいだ──。そう思い込むことで胸の痛みを和らげ、糊口をしのぐことが習慣化していった。イベントに人が来ないのも、通りがかりの人にバカにされるのも、お金がないのも、知名度が低いのも、事務所のネームバリューを活用できないのも、すべて日向に責任転嫁してしまえば都合がよかった。

 そう。

 ただ、都合がよかっただけ。

 大物男性アイドルのバックダンサーの一員などというチンケな仕事を日向が持ってきたのも、クリスマスイブのレッスンに二時間遅れでやってきたのも、今にして思えば都合のいい()()でしかなかった。

 ここぞとばかりに声高に日向を非難していたら、それまで隠していたつもりだった負の感情が全身から噴き出してあらわになった。勢い余って「アイドルを辞めてしまいたい」という()()までもあらわになり、ここに至って三人の見解は一致を見た。こんな目に遭い続けるくらいなら逃げ出してしまえ。せっかくのクリスマスイブを狭いスタジオで鬱々と浪費するより、いっそすがすがしく投げ出した方がよほど有意義だ。そんな暗黙の了解が働いて、スタジオを飛び出した。

 明日菜は完全に夢の在処(ありか)を見失っていた。

 たぶん真央も、佑も、同じだったのだと思う。



 勢いに任せてスタジオを飛び出したとはいえ、行くあてもない。金もない。有明(ありあけ)とかいう街に馴染みがあったわけでもない。場違いな私服姿でオフィスビル群の谷間へとぼとぼと迷い込み、しまいには途方に暮れて近くのベンチに座り込んだ。心細さで痛む()きっ腹をなだめていた時、救世主が現れた。通りがかりの女性がスナックバーを恵んでくれ、おまけに朝食や遊び歩きのお金まで出してくれると言い出したのだ。何のつもりか分からなかったが、渡りに船とはこのことだった。松永と名乗った彼女の厚意に甘え、勇んで臨海副都心の街を遊び歩いた。久方ぶりに窮屈なアイドルの身分を解き放たれ、ただの女子高生に戻った気分だった。

 アイドルとして誰かを喜ばせるのは難しいが、自分自身を喜ばせることは何も難しくない。たいがいの享楽はお金で買えるし、誘惑なんて足元を見れば無限に転がっている。どこかの誰かにとってはAsteroidのようなアイドルもまた、そこらへんに転がる無数の享楽や誘惑のうちの一つに過ぎないのだろうと思う。だったらなおさら、わたしたちが頑張る意味なんてないや──。華やかなクリスマスイブの街を好き放題に満喫するうち、無気力で怠惰な自分に身体が順応していった。明日菜も真央も佑も、アイドルを辞めたところで「歌って踊れる女子高生」である事実は揺らがないし、人並みの生き方へ戻ることに何の支障もないのだ。その気づきは明日菜にとっては衝撃的だったが、同時にひどく甘美でもあった。

 このままアイドルを辞めてしまってもいい。

 悪魔のささやきが天使の忠告にすら聞こえていた。

 だが、テレビ局の屋上庭園でリポーターの仕事に励む同僚・流星★こめっとの姿が、三人を急激に現実世界へ引き戻した。わざとらしく甲高い調子に引き上げられた年下の少女たちのトークが、私服姿のAsteroidを人垣の向こうで嘲笑っていた。

 ──仕事、投げ出したんだ。

 ──私たちはプライベート投げ出して仕事を頑張ってるのにね。

 ──そんなんだから夢も見失うんじゃないの?

 無言の面罵を食らった気がした。ショックで立ちすくんだ明日菜の脳に、それまで息をひそめていた良心の呵責が雪崩をうって押し寄せてきた。誰かに愚痴らなければ罪悪感を中和できなくて、つい、アイドルであることを松永に明かしてしまった。彼女は当たり障りのない言葉で共感を示してくれたが、無理な共感を求めたことへの後悔に明日菜の胸はいっそう締め付けられた。

 日向の遅刻と自分たちの現状を受け入れ、みじめなレッスンにクリスマスイブを費やすのが正解だったのか。それとも背徳の意識に背中を追われ、街中の風景に傷つきながらせせこましく聖夜を楽しむのが正解だったのか。いまさら考えても仕方のないことだと分かっていたから、目を背けるしかなかった。ディナー選びに心を専念させ、邪悪で邪魔な思考回路を排除しようと躍起になった。

 そんな折に偶然、迷子の女の子を見つけた。

 打ち合わせもしていないのに自然と身体が動いて、気づけば三人総出で女の子を救いにかかっていた。

 お礼が欲しいだとか笑顔が見たいだとか、動機を思案すればいくらでも浮かんだはずだ。けれども女の子と向き合い、夢中で励ましの笑顔を向けている間は、無心という表現の方がよほど似合っていた。わざわざ言葉に出すべき難解な理由など存在しなかった。ただ、目の前の誰かが笑っていてくれればいい。不幸にならないでくれればいい。少なくとも明日菜が願っていたのはそれだけだった。

 そんな三人を見て何を思ったのか、松永は近くで開かれていたオープニングイベントに三人をいざなった。

 そこにはAsteroidの同業者の姿があった。三人が力を合わせて女の子を笑顔にしたように、舞台上の女性ボーカルグループは数百人もの聴衆たちを笑顔にしていた。レッスンをサボったアイドルを非難する声など一粒も聞こえない。その瞬間、Asteroidは現役のアイドルとしてではなく、純粋な聴衆の一部と化して彼女たちの描く夢に浸っていた。次第に実感のある納得が心を満たしてゆくのを、明日菜は小さな胸に感じ取った。

 そうだ、わたしたちはこれがやりたかったんだ。

 こうして誰かを笑顔にしたかったから、わたしはアイドルを目指したんだった。

 それなのに今、舞台から遠く離れた場所で、みじめにスポットライトのきらめきを見上げている。


「わたしたちもあんな風になりたかったな……」


 無意識にこぼれた涙交じりの本音を、松永は拾い上げてくれた。たちまち彼女は三人を会場スタッフのもとへ連れてゆき、出演交渉を始めてしまった。突然のことに驚き、彼女が三人の正体を知っていることにさらなる驚きを覚えたが、会場スタッフの示した出演報酬がずいぶん大きかったものだから、明日菜たちは出演の検討から逃れられなくなった。

 こんな自分たちにステージへ立つ資格があるようには思われない──。吐き出した不安を受け止め、拭い去ってくれたのも、松永だった。彼女は明日菜たちの本心にきちんと気づいていた。これは私のわがままだと彼女は言い張ったが、その言い分を素直に受け取るほど明日菜たちも子供ではなかった。うずくまって現実から目を背け、夢を投げ出そうとしていたAsteroidに、サンタクロースは最後のチャンスを与えてくれたのだ。言外に三人の認識が一致した瞬間、答えは決まった。

 かくしてAsteroidは出演依頼を受諾し、大急ぎの準備を終えて舞台に立った。

 誰にも頼れない状況は三人の結束を強め、あらゆる工夫を現実のものにした。

 ひさびさに登壇したハレの舞台は広くて、暗くて、昇降装置から飛び出した衝撃で足も震えていた。震えを隠す勢いでまくし立てるようにトークを進めるうち、無反応だった聴衆が笑い声という名の応答をくれるようになった。確かな手ごたえが勇気に変わり、声を張り上げるエネルギーになる。気づけば前半の五分を一瞬で溶かし、歌のパートに入っていた。

 佑が音源を持っていた『Asnote』は、Asteroidの楽曲としては初めて、メンバーの明日菜が作詞を担当した歌だ。活動開始三周年記念ということで制作に着手したものの、可愛らしい文句もストーリーも何一つとして思い浮かばず、仕方なくありのままの本音を書き連ねて提出したものだった。不満や不安を包み隠さず織り込んだアイドルソングらしからぬ歌詞が、舞台の上では絶大な威力を発揮していた。真摯な心の叫びのこもった歌声は嫌でも感情的になり、歌いながら自然と涙が浮かび、声が淀んだ。そのたびに互いが互いの声を補い、励まし合って、最後の一節まで懸命に歌い上げた。

 ステージを見上げる聴衆に、これまで見てきた無数の人々の顔が重なった。

 業界を離れて散り散りになった、E.T.の社員や所属タレントたちの顔。

 最後までAsteroidの活躍を信じ、祈り、別れを告げていった織子の顔。

 右も左も分からなかったローカル時代のAsteroidを温かく見守ってくれた、大田区の人々の顔。

 ともに頑張ろうと真摯な決意を見せてくれた、現マネージャーの日向の顔。

 少ないながらも現場を訪れ、励ましや愛情を伝えてくれた二百人のファンの顔。

 Asteroidをライバルとして認め、共演してくれたアイドルたちの顔。

 誰もがおぼろな記憶の彼方で笑っていた。それは他でもない、Asteroidというアイドルの描き続けた軌跡が生んだ笑顔であるはずだった。たとえ日々の活動がどれだけ報われなくとも、Asteroidがこの世に存在した意義は決して失われない。それは誰かを笑顔にし続けてきた実績があるからだ──。そうと気づいた時には、わずか十分の舞台は終わりを告げていた。表現しきれなかった真実を抱えたまま舞台裏に下りたところで、長いあいだ溜め込み続けてきた激情の(たが)が、ついに外れた。


「やっぱりアイドル辞めたくない」

「みんなでもっと頑張りたいよ」

「こんなところで夢を諦めたくない……っ」


 こらえていた声が弾けて、慟哭しながら足元へ崩れ落ちた。泣き虫の佑のみならず、真央までもが嗚咽をこらえきれていなかった。大切な仲間の体温を腕いっぱいに抱き締めて、真っ暗な奈落の片隅で寄り添って泣いた。

 活動開始から三年。

 苦難の末に光を失い、行き場を失い、絶対零度の宇宙の底で死にかけていた三つの小惑星は、ここに至って夢という名の息吹を取り戻したのだ。




次話「小惑星たちの軌跡 Ⅲ」に続きます。

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