最後の戦い⑤・戦いの終わり
夜明けは近い。
無限に広がる精神世界の中で勇者と精霊が向き合っていた。
1人は悲しみに満ちた表情で。もう1人は俯いて押し黙っている。
(エルネスト…どうして…)
(リル…今更許してもらおうとは俺も思ってないさ)
リルの封印術式がエルネストの魂を縛る時、彼がリルを精神世界に呼び込んだのだ。
そう、ここはエルネストの精神世界。空間の最果ての地平線がうっすらと青く色付いている。
リルがここに来るのは2度目である。前来た時は真っ暗闇の中でただエルネストに暴言を浴びせられ、しまいには自分の魂に呪いを刻まれた。それでも彼女はエルネストを許そうとした。でもその許すという行為がそもそも許されないことも知っていた。
(夜明けが近いみたいね)
(勘違いするな。俺はもうあの頃には戻れない。一生この縛られた空間で自分の犯して来た罪の数を数えるさ)
この精神世界でも彼の姿は牛魔人のままだ。
(どうして関係ない人まで巻き込んで殺したの?)
少しの間が空く。
(俺が砂漠の向こうで会った魔王とやらに命じられたからだ。彼にとって俺はおもちゃでしかなかったようだけどな)
(アキは優しい子よ)
(そうかもな。彼女の持つ魔力炉、俺を指一本で灰燼に帰すことも出来ただろうに。だがそれは甘いと言うんだ)
(違う!アキはあなたにやり直すチャンスを与えてくれたのよ!)
エルネストが困惑する。
(……どういうことだ?)
(アキは…私を気遣ってあなたが反省し魔王の支配下から完全に抜ける時封印が解けるようにしたの)
事実、アキがかけた"封魂"の術式はミノタウロスに巣食う異質な、彼本来の力ではない力、つまり砂漠の向こうで手に入れた魔人の力に対してのみ作用するようになっていた。彼が真に更生しその力を手放した時魂は開放されるのだ。
(そうか…この俺にチャンスを…)
(ちょうどいい機会ね。滅ぼした国の兵士たちの顔でも思い浮かべてなさいよ)
(ははは、そうだな。今までの俺にそんな余裕なんてなかったからな…)
牛魔人がリルの方へ1歩踏みでる。
(今までのこと、本当に済まなかった。俺に歩みよってくれた気持ちをないがしろにして俺は怒りと憎しみでどうかしていた)
(私こそ嫉妬のあまりクレアを見殺しにしたこと本当にごめんなさい)
(もういいんだ。あの宿の周囲には元から過激派の集団が陣取っていてすぐに助けに行っても恐らくクレアは殺されていた。彼らと分かり合えなかったこと、そして自分の力を過信した俺に全て責任がある)
リルがふとエルネストを見ると彼の姿は元の人間の姿に戻っていた。
(戻ったの……?)
(そうみたいだな)
リルがエルネストに抱きつく。
(寂しかった…いつも一緒に居ようって言ってたのに…)
エルネストの胸元が湿っている。泣いているのだ。
(ごめん…)
(……なあ、もう離れてもいいんじゃないか?)
(…ごめんなさい)
抱き合っていた2人は離れ、見つめ合う。
(アキなら、俺には出来なかったことができる。この世界に新たな時代を築いてくれるだろう。お前はそれを助けてあげるんだ)
(ええそうしますとも。あなたがいつかここから出られる日を待ってるわ)
◇◇◇
ジーノウはアキが覚醒することを見込んでいた。だから鳴神で怯んだオルハーンの不意をつき剣を奪い腕を切ることで無力化することができたのである。
流石のオルハーンも長い戦闘で体力を消耗したとなると即座に再生ができない。今はジーノウの前でひざまづいている。
「たとえアンデッドであろうと絶対に殺すことのできる唯一の弱点がある」
「やめろ……やめてくれ…!」
「魂、すなわち精神の破壊だ」
「なあ一旦待ってはくれないか?いや待ってください。お願いします!」
「数多を手にかけなおも図々しく生を享受してきたお前の謝罪など…ゴミ以下の価値もない!」
そう言いジーノウはオルハーンの心臓の位置めがけ背中に剣を突き立てる。
「うおおおおお!!!!!」
オルハーンの怒号が響き渡りしばらくして動かなくなる。ジーノウが突いたのは正確には心臓ではなく“精神の核”、アキが魂と呼んでいたものだ。知性のある魔物、人の中に存在するもう一つの心臓、いや脳というべき生死を司るその生物の精神的な生きる原動力。ジーノウはそれを心臓と一緒に刺すことでオルハーンに速やかな死を与えた。
「ジーノウも終わったんだね」
アキが近づいてくる。その手にはミノタウロスが封印された彼自身の角が握られている。
「それを持っていくのか?」
「うん。彼が力を欲してまた暴れ出さないようにと思ってさ」
「なるほどな」
フッといいジーノウは笑う。まるでアキがミノタウロスを支配するような風に聞こえたからだ。
「ところでお前、ここを出た後どうする気だ?」
あまり考える様子もなくアキが答える。
「私は旅をしようと思う。事実外の世界で災害が起きた原因の一端は私にあるんでしょ?」
「まあそうだとも言える。それで具体的に何をする気だ?」
アキは少しムッとした顔になる。ジーノウが根掘り葉掘り聞くことに不快感を覚えたからだ。
「そこまで聞いて何になるの?」
「教えないのならば…」
アキは危険を察知し五歩ほどの距離を一歩にして飛びのく。だがアキの正面にいるジーノウは動かない。反射的に後ろを向こうとすると視界の隅で何かが動く。
アキは避けようと体をひねるが後ろに飛ぶ力が強すぎて間に合わない。今のアキの動くスピードはまさに俊足。それでもなお回避不能な不意打ちなのであった。
「ぐはっ!」
「奥の手とは見せないことで真価を発揮するものだ」
アキの胸を炎を纏った剣が後ろからちょうど“精神の核”のある心臓の箇所を貫いていた。“精神の核”は実体を伴わないが心臓と同じ場所に重なるようにして存在している。
「ジーノウ、どうして?」
「これが俺の任務だったからだ。教えようが教えまいが関係なく俺はお前を殺す手はずだった」
アキは痛みよりも裏切られた悲しさから涙を流している。ジーノウがアキから剣を抜きしまう。
ジーノウが使ったのはスキル“空間転移”腕のみを部分的に転移させ背後からアキを貫いたのだ。暗殺術とも呼べる技を最後まで隠し持っていたジーノウの完勝だった。
「すまない…」
もうアキは虚ろな目で動かない。
そう言い残しジーノウはその場を去る。残されたのは静寂だった。
ジーノウ、おそるべし。最近登場人物の行動面ばかりで精神的な面を描き切れていなかった気がするのが反省点です。




