最後の戦い③・覚醒の時
先日、優生主義の是非についての本を読みました。物事において、それは善なのか悪なのか、結局結論は時・人・場所で変わる。つまり誰にも完璧な結論は出せないんですよね。そんなことを学びました。
「なに…これ…」
激痛と吐き気、悪寒が身体中を襲い頭が真っ白になる。目の前の光景が信じられない。
「リルの力はもらおうか」
私に突き刺した腕でリルさんの力を取り出そうと、じわじわとやつの魔力の手が私の中に入り込んでリルさんの意識がある方へと向かってくる。
「アキ!大丈夫か!」
ジーノウが向こうで叫んでいるが私は痛みにうめき意識を保つのが精一杯だった。
私は太い腕に右腹を抉られたまま深い意識の底へと落ちていった。
◇◇◇
「……キ……すか?」
遠くで声が聞こえる。
「……アキ……夫…すか?」
私の名前…?
「アキ……大丈夫ですか……?」
懐かしい声だ。いつもそこにあった、懐かしい声。
「アキ、大丈夫ですか?」
私はゆっくり目を開ける。白く無限に広い空間に寝転んでいた。隣に座っているのはリルさんだろうか。前に見たときより神々しい雰囲気と服を身にまとい、私に心配そうな目を向けている。
しばらくぼんやりしていた私は少し前の出来事を思い出す。
「私、死んだんだ」
「いえ、一時的に肉体から離れているだけですよ」
だんだん頭が冴えてきた私は立ち上がる。
「こうしちゃいられない、ジーノウを助けなきゃ」
「焦ることはないですよアキ、この空間は刹那にして永遠です。現実の時間では一秒も経ってないでしょう」
私は深呼吸し心を落ち着ける。ここでじっくり対策を考えてから戻ればいっかと自分を納得させる。
「なんかさ…私少し疲れたよ…」
「それに関しては本当に申し訳ないと思ってます。私も原因の一つですから」
リルさんが苦笑しながら申し訳なさそうに言う。別にリルさんは何も悪くはないし私に責める気持ちも全く無い。ただ少し戦いから離れてゆっくりしたかったのだ。
「私とここで一息ついていきましょう。アキに教えることはたくさんありますから」
「うん…こっちにきて私には余裕がなかったんだなって改めて思うよ」
私は無限に広がる白い空を眺めて言う。元の世界は精神的に、こっちは肉体的に余裕がないみたいだ。
そういえば雲を眺めるの意外と楽しかったんだよな。変な形の雲とか見つけて友達に教えるとおじいさんみたいって笑われてたんだっけ。
もう今となっては懐かしい日本で生きていた私の記憶。私は洋服を着てたのかと身体を見ると私の服が気に入ってよくお出かけするときに着ていた服に変わった。イマジネーションの力ってやつかな。
リルさんと2人で座って何もない空間を何もせず過ごす。
「異世界にこっちから渡ることってできるの?」
私が不意に聞く。
「おそらく可能です」
「おそらくってことは…」
「前例がほとんどないんですよ。それに渡っていった者が無事に目的の世界に渡れたのかもわからないですし」
確かにそうだ。向こうの世界には魔法が存在しないからおそらく一方通行だろう。私みたいなのは本当に偶然なのだ。それにもっと別の世界に飛んだとしたらまた別の苦難や危険が待ってるだろう。本当に難しいことなんだな。
「転移などの魔法については少し知っていますよ」
「ぜひ聞かせてよ」
「はい、西海という地域は一年を通して潮流が速く荒れているため、その地域の国々は昔から安全な移動方法の確保のため転移陣や瞬間移送術の研究が盛んでした。ここを出たらそこにいってみるといいかもしれませんね」
「そうなんだ。ありがとう」
なるほど、魔法ってやっぱ生活に根付いて発展していくものなんだな。前の世界の感覚で攻撃して派手に敵をやっつけるようなものを想像しがちだったけど。
まあ帰るのが不可能ではないだけマシなんだろう。私はこっちにきてから人間として衰えや成長を感じなくなったけど向こうは確実に時間が流れてる。お母さんやお父さんがヨボヨボに、さらには私の代の孫の世代になってるかもしれないのだ。
「それでさ、私に教えたいことって?」
「"旅人"というスキルのことです」
どうやら私が転移してくる時に既に持っていたというスキルで、所謂、"祝福の力"。何かの力が働いて発動できない。まだ私の力じゃ扱いきれないって事なのかな。
「このスキルについて説明するには全部思い出して貰わないといけません」
「何を?」
キョトンとなる。忘れていること…?
「なぜスキルもろくに使えなかったアキが今こうして生きているかを」
「……?」
分からない。私は普通にここに迷い込んで一緒に入ってきた家族とはぐれてリルさんと会って冒険して…それ以外に何かした覚えはないけど。
突然頭に知らない光景が浮かんでくる。これは私の視界……?隣には見たことの無い男と女がいる。ここは2階層……?
あれ……?おかしいな……私なんで……。
「私………なんで覚えてなかったんだ……」
絶句する。そうだ、私は迷い込んだ翌日、旅をしていた冒険者のグループと出会って一緒に地下に潜り込んだんだ……。
彼らと共に行動し色々なことを学んだ。私は強くなったはずだった。でも…1人2人と仲間が死んでいって…
「うっ…」
頭痛と共にどんどん映像がなだれ込んでくる。
生え抜きのメンバー3人と私が生き残り、死霊騎士の階層でオルハーンに全滅させられたのだ。
「なんで私だけ…」
涙が出てくる。そうだ、私が宝箱から持っていった剣は死んだ仲間の1人のものだ。言葉もろくに分からない私に対してもとても優しく面倒見のいい人たちだった。
『生きろ、お前の祝福が世界を救うんだ!』
そう言って私に転送の術を放ち地上階まで飛ばしたリーダー格の男の顔が思い出される。
もっと強ければ彼らが死ぬことは無かったのに。そんなことを考えてずっとさまよっていた。我武者羅に魔物を倒し、時が経つにつれて手傷と飢えがひどくなった。そして私は力尽きた。
壮絶な記憶が蘇り頭がぼーっとしている。私なんか生かしてなんの役に立つんだって言うんだ。
「私が倒れてから何があったの…?」
「そこがポイントなのですよ。そもそもアキはなぜ倒れて死ななかったのか疑問ではないのですか?」
「うん、まあそうだけど」
「そこがポイントなのですよ。あの後アキは100年の眠りについたのです」
え……?
「何年だって……?」
「100年ですよ」
理解が追いつかない。確かに最初に見た時と比べ地上階の壁の様子がかなり変わっていたように感じたけど……。
「その間アキの体に眠る"旅人"の力が発動し身体を作り替えていたのです。瀕死のアキを体の組織ごと作り替えることで生を取り戻させたのです」
「だからスキルとして発動しなかったの……?」
「えぇ、そして身体の再構築は今まさに完成しようとしています」
てことは私の身体は…
「…………私は何者……?」
リルさんが一拍置いて答える。
「"旅人"です」
私の髪が銀色に光り身体中に力が駆け巡ってきた。
第2の私が目覚めた。
進撃の巨人のガビがいつまで経っても好きになれません。しかし彼女もまた国家権力によってマーレにとって都合のいいことを善と教えられただけなのです。
でも無理、生理的に。




