ジーノウという男
記念すべきかわかりませんが10話です。
ジーノウは生き残る勝算は低く見積もっていた。仲間とはぐれ、この訳のわからない森で迷い、あろうことかフロアボスの大猿に目をつけられてしまったからだ。
ジーノウはこのダンジョンの外に広がるパルティス王国を守る騎士だった。しかし訳あって冒険者に扮しここに潜り込んでいる。
王国でも彼の腕は鳴り響いていた。だが強大な軍事国家であるパルティスの騎士団では、ジーノウはせいぜい5番目という序列が限界なのであった。そうして修行の意味も込め、勇み足でダンジョンへの潜伏任務に赴いたジーノウ達だった。
彼らの目的は、約90年前の大地震の際にこの世界へ転生してきた転生者を探すこと。
そもそもの話、異世界から普通は転生してこれない。誰かに“呼ばれる”ことでしかこちらに来ることはできない。
そして2つの世界をまたぐこと、それは両方の世界に何かしら大きな形で現れる。それが今回の転生者は大地震という極めて厄介な災害を伴って現れたのだ。
何故90年の時を待たねばならなかったのか。それにはいくつかの理由がある。
まず、パルティス王国が多くの内部の対立を抱えていたことが最も大きな理由として挙げられる。パルティスは昔は連邦国家だったため、多民族で構成されている。その中には当然人の姿をしながら人ではない者達もいる。エルフやドワーフといった者達だ。
それらの民族をまとめ上げるのは至難の技で、王家は度々内乱を鎮めてきた。
今回は、地震の復興においてそれらに対立が起こり、かなり長い期間の内乱が起きたのだった。その内乱が終結したのがつい5年ほど前である。
第二の理由は、そもそも地震の規模が大きすぎて、誰もが“転生者を呼んだ”ため起きた災害だと気づかなかったことにある。内乱が終結し、落ち着いたところで90年前の地震についての研究が進み、様々な証言から地震の起きた日に大きなエネルギーの動きが観測された事実に突き当たったのだ。
そして何故ダンジョンだとわかったのか。それはある老人の証言が参考になっている。
その老人によれば、ダンジョンの入り口に避難のため一緒に泊まった女が見たこともない服を纏っていたと言うのだ。その当時老人は5歳前後だったが、この他に有力な意見が出なかったためこのダンジョンに捜索隊が派遣されることとなったのである。
転生者は決まって祝福の高ランクスキルを与えられる。つまり即戦力というわけだ。
内にも外にも問題が多いパルティスにとって僅かであっても戦力は欲しいもので、たとえ90年経っていても、特異なスキルを持っている転生者なら生きている可能性だってある。その一抹の望みに賭けてまでも戦力を手にしようとするのが今のパルティス王のやり方で、そんなパルティス王を結構気に入っているのがジーノウという男なのだ。
ジーノウがこの広いダンジョンを1人で生き抜いていかないといけないという絶望感に浸って森を徘徊していた時、彼女達は彼の前に姿を現した。
ジーノウは気配を消すスキルが使える。そのため、彼女達がこの階に入り込んでからずっと気づかれずに見張ってきた。
1人はその身に纏う淡い光から精霊ではないかと推測できる。人の姿になっているところから恐らく精霊の中でも上位の存在だという予測も立てられる。
そしてもう1人。慣れない剣さばき、変わった服装、この世界では珍しい黒髪。そう、おそらくだが転生者が生きていたのだ。
その時のジーノウの喜びようは凄まじかった。それこそ言葉に表しきれないくらい。
そして今、ジーノウは彼女達と共闘している。ここでまず彼女達を守って彼の強さを知らせることで、無駄な抵抗をされることなく信頼を勝ち取ろうというのが作戦である。そして彼は純粋に異世界というものに興味があった。
「大猿、俺をあまりなめないほうがいいぞ?」
「それはわしのセリフだ。人間ごときが敵う存在だと思わないことだな!」
見るとリルという精霊とアキと呼ばれていた異世界人はもう戦い始めている。
(やっとちゃんとした見せ場がやってきたぜ…!)
敵が攻撃を仕掛けてくる。手には斧のような刃のついた鈍器が握られている。それを高速で振り下ろしながら突進してくる。
特に掛け声なども発さず、敵からすれば不意打ちの意味もあったのかもしれないが、ジーノウには見え見えだった。修行時代からの付き合いである片手半剣を軽く振って攻撃をいなす。身体強化を使い、なおかつ魔法石が取り入れられている剣を持ってすればボス級の魔物の攻撃でも防ぐことができる。
反撃に出るジーノウ。だが敵もボスだけあって、ジーノウの得意な間合いに入れさせない。絶妙な間合い管理だ。
何度も刃がぶつかり、その度に火花が散る。幾たびの戦いをくぐり抜けてきた者同士の洗練された動き。その内に力強い攻撃を何度も食い続けたジーノウが押され始めた。
(まずいな…このままだと…)
だが彼にも切り札の1つや2つはがある。出し惜しみをしていては死ぬこの状況、ジーノウに使わないという選択肢は無かった。
(見られるのは痛いが俺の力を示すためだ…しょうがない)
「炎術・幻炎!」
ジーノウがそう叫んだその途端、彼の剣がまばゆい光の炎に包まれた。
自分の相手を倒しちょうど援護に来ようとしていたリルは驚いたようにそれを見つめる。リルが驚くのも無理はない。なにせ幻炎は炎系の魔法の中でもトップクラスの術。それも肉弾戦を得意とするジーノウが使ったら驚くのも無理はない。
「何が炎術だ。わしの熱耐性の前には効かん!」
そう言いながら突進する大猿。だが幻炎を使った真の狙いは炎による相手の撹乱である。
剣にまとう赤い炎がたなびき大猿の思考をかき乱す。一種の幻覚の要素も持っている、それが幻炎である。通常はもちろん攻撃の要素もあって使われるのだが…。
炎に惑わされ大猿の動きが乱れたその時。大猿が突然地面に崩れ落ちる。掛け声の一つもなくジーノウが高速で斬りかかったのだ。大猿の体から炎が吹き出ている。
そうして森の階層での戦いは終わりを告げたのだった。
◇◇◇
何あのジーノウって男。見た限りあの炎の魔法だってまだまだ加減して出してたよね。それに傍目だったけど、梟眼でも正確に捉えられなかったあの斬撃。いやはや人間やめてるレベルが違うよもう…。
私が中ボスくらいの猿をなんとか倒した時、視界の端に眩い炎が見えた。神々しいと言ってもいいような美しい炎。そんな炎をまさかあのはぐれ者の冒険者が出すなんて誰も思わないよね。
「ジーノウ、あなたは私たちに何か大きな隠し事をしているようですね…?」
リルさんがストレートに聞く。
「大丈夫。お前らに危害を加えるようなことは今後も一切しないさ。ただ少しね…」
「あなた、もしかして私たちを…いや、アキさんを捕らえるためにここに来たのですね…?」
リルさんが厳しい顔で思わぬことを口にする。
「えっ、そうなの!?」
思わず私も反応してしまう。ジーノウはというと参ったなという顔で頭を掻いている。どうやら図星のようだ。しかしリルさん、伊達に300年以上生きてるわけじゃないみたい。
「この世界にはアキさん以外にもごく稀に転生者がやってくるのです。そしてその者たちは決まって壊れた性能のスキルを与える…もちろんそれを戦力として欲しがる国が出てくるわけです…」
なるほど、そこまで言ってもらえれば私にも事情がわかるよ。でもこんなに強い人がいればその国は大丈夫なんじゃないかという気もする。
「つまり私にその国の兵士になれと言ってるんだねジーノウ…さん…?」
「ああ、だがただの兵士とは言わない。スキルと基礎的な能力次第では勇者にだってなれるさ」
私の中に怒りがこみ上げてくる。
「私を戦いの道具みたいに言わないでよ!」
「前回の転生者は自ら志願して勇者になったぞ?何が不満なんだ?」
リルさんが顔をしかめるのがわかった。リルさんと旅をした勇者も転生者だったんだろうか。
「……私はまだ向こうの世界で生きたかった…やり残したことがたくさんあった…それなのにこのわけもわからない世界で生きることになって…やっと頑張って生きようって思えてきたのに…何が兵士になれだよ!」
「気分を悪くしたなら謝るさ、決して悪い場所じゃない…だから…俺と一緒に来ないか?」
リルさんが呆れたような顔でジーノウを見ている。私の怒りは収まらない。怒りながら涙も出てきた。こんなことでキレて泣いて。情けない自分にも腹が立ってくる。
「ここを出るにはね、最下階の牛魔人を倒さなきゃいけないんだよ?」
ジーノウが驚愕する。
「何だと!?」
「どうせ負けて死ぬのよ私なんか…こんな世界滅びちゃえばいいのに…」
「アキさん何を言って…」
「じゃあどうすればいいのよ?」
「そ、それは…」
「少し1人にさせてよ…」
そうして私はその場を去った。私だってわかってる。ここで戦い続けたら私はどんどん強くなっていつかは奴と戦わなければいけない。
自分でも何がしたいのかわからなくなってきた。心の奥で眠っていた寂しさが私を襲う。
あらら…アキさん大丈夫ですかね…?
そして世界がグッと広がりましたね。




