04 倍返し
「だったら金をください。俺、『殴られ屋』なんで……。金をくれるんだったら、好きなだけ殴っていいですよ」
その一言が、トドメとなる
。
……ブチィィィィーーーーーーーーーンッ!!
血管が切れる音が、たしかに空気を震わせていた。
ワンダの形相の変化に、本隊の男たちは「ヒイッ!?」と後ずさる。
「……貴様……! 俺の拳の傷を、金で癒やせると思っているのか……! 愚弄するなっ!」
さっきまで『心の拳』だの『こんにゃく』だの、自分の拳でセクハラを考えていた男とは思えないほどの変わりようであった。
ワンダは武道着のズボンのポケットから何かを取り出すと、
……チャリーンッ!
少年に足元に放り捨てた。
それは、銀色に輝くコインであった。
足元にあるそれを拾いあげた少年は、
「……中銀貨っすね。なら、5発分ですね」
「毎度あり」といわんばかりの営業スマイルを見せる。
刹那。
その顔が、潰された粘土のように歪んだ。
瞬きよりも速く、間合いを詰めたワンダが、
「ホワッチャアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!」
怪鳥じみた雄叫びとともに、顔面パンチを叩き込んでいたからだ。
少年は数メートル吹っ飛んだあと、
……ズダアァァァァァァァーーーーーーンッ!!
地面に叩きつけられる。
しかし勢いなお衰えず、
……ズザザァァァァァァァーーーーーーッツ!!
砂埃をあげながら、壁際まで転がっていった。
両手を両足を投げ出したままの無抵抗なその姿は、衝突実験のダミー人形のよう。
受け身どころか自分の身体をかばうこともできないようだったので、その場にいた誰もが思っていた。
――言わんこっちゃない……!
一撃で、やられちまった……!
しかし、ひとりだけは気付いていた。
受け身が、できないのではなく……。
しなかったことを……!
捨てられた人形のような惨めなポーズで倒れていた少年は、むっくりと起き上がると……。
「ぐっ……! ぐわぁぁ~! や、やられたぁぁぁ~!」
珍妙な大根芝居をしたあと、再びバッタリと倒れた。
今のは何だったのかと、男たちは呆然とする。
しばらくして、少年は起き上がると、何事もなかったかのように、身体の汚れを払いはじめた。
男たちは、顎が外れんばかりに絶叫する。
「えっ……!? ええええええーーーーーーーーーーーっ!?」
「なっ……!? なんなんだテメェはっ!?」
「『二の打ちいらずのワンダ』一撃を受けて、なんで立てるんだよっ!?」
すると、少年は下手な困り顔を作って、いやいやと手を振っていた。
「いや、なんでもなくないっすよ、マジ走馬灯が10周くらいしましたもん」
「嘘つけぇぇぇぇ!!」と男たちは声を揃えた。
「いや、マジですって、今まで受けたパンチのなかで、いちばん痛かったです。さすがっすね」
もちろんこれも、嘘……!
最初の「やられた~」芝居ともども、『殴られ屋』の彼のサービスの一環である。
痛がってあげたほうが客が喜び、リピーターが付くからだ。
しかしあまりの大根だったので、それがワンダの怒りにさらに油を注ぐ結果になってしまった、
「ホオオオオオオオーーーーーーッ!! ホワッチャアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
耳を押えたくなるような激声とともに、地を蹴るワンダ。
今度はさすがにガードの猶予があったのだが、少年は……。
またしても、直撃っ!?
ボッッ!!
燃え上がるような音とともに、鉄拳が空を切り裂く。
「アーーーーーーーチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャァァァァァァァーーーーーーーーーッ!!」
押し寄せるパンチの嵐が、少年を包み込んだ。
……ガスッ! バキィ! グシャッ! メシャ! ゴシャアアア!!
どれもクリーンヒットしているとしか思えない打撃音。
少年はダウンすることも許されず、踊るように右に左に揺れている。
それでも頑として、ガードをしようとしない。
まわりで見ていた男たちは、我が目を疑っていた。
「う、嘘、だろ……!?」
「に、『二の打ちいらずのワンダ』が……!」
「あんなにパンチを出しているなんて……!」
「で、でも……! こ、今度こそ、死んだだろ……!」
その『今度』が再び訪れる。
「ホワアアアアアアッ!! チャアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!」
……ドムゥゥゥゥゥッ!!
フィニッシュブローが少年の腹にめりこむ。
衝撃が身体を抜け、背中のボロ布がバリバリと音をたてて弾けた。
それでもなお衝撃は殺しきれず、少年は身体をくの字に曲げて高く吹っ飛んだ。
……ズダアァァァァァァァーーーーーーンッ!!
ダウン、再びっ……!
静まりかえった洞内では、ワンダの激しい息づかいだけが響いていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……! どうだ……! 私の『一撃』を受けて、立ち上がれる者など、いはしないのだ……!」
さすがにこれには、総ツッコミが入る。
「いまのを一撃って言う!?」
「シラスの群れくらいありましたよ!?」
「加減わからず屋かよっ!?」
しかし、もっと突っ込まざるを得ない存在が、ここに……!
……ゆらり……。
まるでゾンビが当たり前の世界において、墓から蘇ったばかりのゾンビのような、何気なさで……。
少年は、起き上がったのだ……!
彼は、さもうらめしそうな足取りで、
「足りないぃ……」
などと、皿屋敷の幽霊のようにつぶやきながら、ワンダにゆっくりと近づいていく。
ワンダは戦慄した。
「ひ……ひいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!? くっ、来るな来るな来るなっ……! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ワンダは血の凍るような悲鳴とともに、狂ったように拳を振りまわす。
まるでいじめられっ子がキレてしまったような、グルグルパンチ……!
不意に少年の顔が、パッとあがる。
そこには怨念など微塵もなく、ちょっとムッとしたくらの表情があって……。
「ダメですよ! これ以上殴りたければ、追加料金を……」
「ひっ……!? ひぎいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「ああもう、ダメですって!」
直後。
もっとも信じがたい瞬間が、電光石火のごとく訪れた。
少年が、軽く手で払いのけただけなのに……。
まるでドラゴンの尻尾攻撃を受けたかのように、ワンダの身体がブッ飛んだのだ……!
……BOKAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNN!!!!
「ホワギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
人間大砲のように打ち出されたワンダは、放物線すら描かぬレーザービームの軌道で、壁に叩きつけられたっ……!
インパクトの瞬間、爆音とともに鉱山全体が激しく揺れる。
……ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
もうもうとあがる土煙、バランスを崩して倒れる男たち。
しばらくして揺れがおさまると、ワンダの安否を確認する。
「み……見ろ!」
ワンダはクレーターのように壁を沈下させ、壁にめりこんでいた。
その、見事なやれられっぷりは、時代が時代なら……。
きっとこう、形容されていたであろう。
『ヤ○チャの立体壁画』と……!