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03 一触即発

 それは、不思議な光景であった。

 凶悪なモンスターが棲み着き、近隣の村を苦しめている鉱山だというのに……。


 その主である『タフオーク』は、大の字になって倒れ、完全に意識を失っており……。

 その近くには、頬を押えた少年が立っている。


 あたりの資材の壊れっぷりからして、ここで戦闘があったのは明らかだったのだが、違和感だらけだった。

 倒れているオークは無傷だし、少年も、頬にビンタを受けたくらいの腫れだけですんでいる。


 冒険者にとって、その程度の被害は『戦闘』とは呼ばず、『なかよくケンカした』に過ぎない。

 おそらくその経過を見守っていたのであろう聖女がニコニコしていたので、なおさらそんなふうに見えてしまう。


 後発隊のリーダーである、ワンダは問うた。



「おい、そこの少年、ここで何があったのだ?」



「あ、あなた方が後から来るっていう本隊ですか? 持ちこたえないとダメって聞いてたから、俺はなにもしてないですよ。このオークがめちゃくちゃにハンマーを振り回して殴ってきたけど、ずっと我慢してました。そしたら、勝手に倒れたんです」



 本隊パーティの男たちは、呆気に取られる。

 少年がなにを言っているのか、理解できなかったからだ。


 でも、しばらくして笑い飛ばした。



「がはははははは! お前、もしかして『ハンマーレイン』を受けて平気だったって言いたいのかよ!」



「ぎゃははははは! そんなわけあるかよ! 『ハンマーレイン』の技能(スキル)は、1セット食らうだけでも100ダメージなんだぞ!」



「ひっひっひっひ! それも、オークの野郎がアワ吹いてブッ倒れてるってことは、(やっこ)さんのHPはスッカラカン……。つまり、10発以上のスキルを食らったってワケだ!」



「ぐふふふふふふ! それで生きてるだなんて、お前、伝説の聖獣かよ! ちょっと算数ができりゃ、そんなのがありえないってことくらい、すぐにわかるだろうに!」



「げへへへへへへ! コイツは『殴られ屋』なんだから、大目に見てやれよ! 殴られすぎて頭がパーになっちまってるんだからよ!」



 しかし、少年の言ったことは、まぎれもない事実であった。


 彼はタフオークに襲いかかられた際、最初の『ハンマーレイン』をマトモに受けてしまった。

 本来であれば、ノーガードで『ハンマーレイン』を受ける者などいない。


 その上、全弾被弾しても少年がケロリとしていたので、タフオークは意地になってしまった。

 しかしスキルを再発動してフルボッコにしても、少年は「痛ぇ……」という人並みの感想しか漏らさないので、さすがのタフオークも戦慄する。



「ブヒッ! ブヒブヒブヒィッ!? ブヒィィィィィィーーーーッ!?!?(来るな! 来るな来るな来るな来るなっ!? 来るなぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?!?)」



 まるでゾンビに襲われている人みたいに我を忘れ、スキルを連発。

 とうとう自分のHPがカラになって、ブッ倒れてしまったのだ……!



 タフオーク HP 0 / 102



 こんな荒唐無稽なモンスター討伐エピソードを、信じろというほうが無理な話である。

 そしてさらに驚くべきことは、



 少年 HP 4,599,899,000 / 4,600,000,000



 少年のHPは、まだ1割も減っていないという、驚愕の事実……!


 しかし、この世界において生命力というのは、HPという形で数値化されてはいるものの、当人ですら自分のHPがどのくらいあるかを知らない。

 そのため、現時点でこの事実を知る者は、世界にはいまだ存在しえないことになる。


 事実は、小説よりも奇なりというが……。

 むくつけき男たちは、こんな『神話に出てくる不死身の神様』みたいなヨタ話を、神様を祀る聖堂以外で聞かされるとは思ってもみなかったのだ。


 本隊パーティの男たちはみんな爆笑していたが、ただひとり、笑っていない者がいた。



「……許せん……!」



 他ならぬ『二の打ちいらずのワンダ』である。



「私はクエストに赴く際、数日前から精神統一をし、水垢離(みずごり)を行い、心身ともに最高の状態をつくり出すのだ。少年よ、なぜだかわかるか?」



 「いや」と即答する少年に、ギリッと、拳を握りしめるワンダ。



「それは、『最高の一撃』を放つだめだ……! どんなモンスターをも一撃で葬り去る、『唯一にして無二の一撃』をな……!」



 ワンダはここで一瞬、聖女のほうをチラリと見やる。

 自分に注意が向いていることを確認すると、ビシイッ! と少年を指さした。



「私の『心の拳』は、今朝からすでに振り上げられている……! 一度振り上げた拳を、降ろすわけにはいかん! なぜならばそれは武人にとって、一度抜いた剣を何も斬らずに鞘におさめるも、同じことだからだ……!」



 少年は意味がよくわからなかったのか、「はぁ」と浮かない返事。



「じゃあワンダさん、俺はいったいどうすればいいんですか? どうすれば、ギルドの試験を合格にしてくれるんですか?」



「……一発、殴らせろ……!」



 わりと小者じみた要求であったが、周囲は慌てて止めた。



「わ、ワンダ様! いくらなんでもそりゃムチャだ!」



「あなた様の一撃を受けて、生きてたモンスターなんていないんですよ!?」



「こんなガキじゃ、5・6回は死んじまいまさぁ!」



 実はワンダは、最初から少年を殴る気などなかった。

 ある人物から、止められるのを狙っていたのだ。


 それは他でもない、聖女である。



「おやめください、ワンダ様! わたくしにできることでしたら、何でもいたしますから!」



 とすがってきた彼女に向かって、



「聖女様、鉄をも切り裂く剣が、この世にひとつだけ斬れないものがあります。なんだかわかりますか? それは『こんにゃく』です。それと同じで、鉄をも貫く私の拳も、『こんにゃく』には弱い……! 私を止めたければ、あなたの『こんにゃく』で、包み込むといい……! そして私を、愛すればいい……! フフフ、あなたにはその覚悟が、おありですかな……?」



「もちろんです! どうぞわたくしの『こんにゃく』に、飛び込んできてください! ワンダ様っ!」



 となるのを狙っていた。


 ようは、ど下ネタっ……!


 すると手下のひとりが「聖女様も、ワンダ様を止めてやってくだせぇ!」とナイスパスを出す。

 しかし憧れの君は、なおも女神のような笑顔をたたえたまま、



「わたくしにはわかっております。これもギルドに入るための試練のひとつなのですよね? ワンダさん、どうぞ、思いっきりやっちゃってください!」



 なんと、ゴーサインっ……!


 そして当の少年は、困った様子も怯える様子もなく……。

 なぜか、手を差し出していた。



「だったら金をください。俺、『殴られ屋』なんで……。金をくれるんだったら、好きなだけ殴っていいですよ」

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