02 HPがおおくあるオーク
少年 HP 4,599,900,000 / 4,600,000,000
聖女 HP 320 / 320
少年と、聖女……。
この、体力的にも外見的にも凸凹といえる、コンビが、なぜ大草原の小さな家で、グダグダのデスゲームに参加させられていたのかというと……。
「まさか、タフオークさんの討伐クエストに来て、魔王さんに遭うとは思いませんでした」
「まったく、村人のヤツら、ついでみたいに押しつけやがって……おかげでこのザマですよ」
「おかわいそうに。お召し物でしたら、帰ったら繕ってさしあげましょう」
「いやぁ、聖女様にそこまでしてもらっちゃ……。っていうか聖女様、魔導装置の処置を俺に押しつけて逃げてませんでした?」
「あれは、逃げたのではありません。遠巻きに見ていた村人さんのひとりが、野に咲く一輪のお花さんを踏みつけようとしていたので、思わず飛び出してしまったのです。一輪のお花さんにも五分の魂という言葉をご存じありませんか?」
「俺の命、野草以下!?」
「ともあれ、何事もなかったのでよかったではありませんか。あっ、あちらが村人さんがおっしゃっていた、タフオークさんがいるという、鉱山さんのようですよ」
丘になった草原を登り着くと、眼下にはちいさな岩山があった。
吹き抜ける風に、ローブの裾と長く美しいなびかせながら、聖女は一枚の羊皮紙を取り出す。
それはギルドから渡された依頼書で、今回のクエストの概要が書かれている。
「あの鉱山さんにタフオークさんがお住まいになってからは、採掘ができなくなって、村人さんたちがお困りだということです。今ではゴブリンさんたちも従えて、村を襲うこともあるそうです」
「タフオークって、普通のオークと違うんですか?」
「はい。普通のオークさんに比べて、HPがおおくあるそうです」
それは渾身の聖女ギャグであったが、少年は華麗にスルー。
「それで俺たちは先発隊になって、タフオークと戦って、後から来る本隊が到着するまで、持ちこたえればいいんですね?」
「……はい、左様でございます。そうすればわたくしたちは試験に合格となり、晴れてギルドさんの一員になれるというわけです」
「うまくいくかなぁ? さっきの爆発で、装備全部すっ飛んじゃったんですよ? いまの俺って、村人よりも防御力低いと思いますけど」
「おかわいそうに。でも、あなたなら大丈夫。それに、聖女であるわたくしが付いております。勇気を出してください」
聖女は少年に近づくと、ぎゅっと手を握りしめて上目遣い。
しかも胸の谷間を押し当てて、少年の手を包み込むという荒技を披露する。
それだけでイチコロだった。
「うっ……! が、がんばります! 聖女様! な、なにがあっても、聖女様だけはお守りしてみせます!」
聖女はにっこり微笑む。
それは心まで洗われるような清らかな笑みだったが、口元だけは淫靡に歪んでいた。
「わたしのAT……。いえ、殴られ屋さんだった、あなたの強さ……期待しておりますよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
蛮勇を奮い立たせた少年は、鉱山に突撃する。
ちなみにではあるが、少年も聖女もクエストは初体験。
それどころか、こうやって冒険するのも初めてである。
鉱山とはいえ、今はモンスターが巣食う地下迷宮。
多くの罠と手下が待ち構えているので、慎重に探索しなくてはいけないのだが……。
鉱山のエントランスともいえる部分に、いきなりいた。
今回のクエストのラスボス的存在である、タフオークが……!
ゴブリンたちといっしょに、ねじりはちまきをして、日曜大工の真っ最中。
村から捕まえてきた子犬を入れるための、囲いを作っていた。
少年 HP 4,599,900,000 / 4,600,000,000
聖女 HP 320 / 320
タフオーク HP 102 / 102
ゴブリン HP 25 / 25
オークというのは豚のような顔の人型のモンスター。
ほとんどが大柄で太っており、口元にイノシシのような牙を生やしているのが特徴。
ゴブリンというのは緑色の肌をした人型のモンスター。
ハゲ頭に尖った耳で、1メートルちょっとくらいの小柄な身体つきが特徴。
一言で言い表すなら、ものすごいデブとものすごいチビのコンビである。
ノックもせずに飛び込んできた少年と聖女に、タフオークはいきり立っていた。
「プギイイイイイイイッ!!」
杭打ちに使っていた、身の丈ほどもある鉄槌を振りかざし、前衛の少年に襲いかかる。
なんと少年、初めての冒険で、地下迷宮に入って2秒足らずで、ラスボスと交戦……!
そんな企画モノのAVみたいな状況に放り込まれてしまったら、並の男なら一も二もなく逃げ出すだろう。
しかし少年は、不動……!
ドスドスと地響きをあげて迫り来る巨躯にも、微動だにせず……!
怖くて身体がすくんでいたわけではない。
両目をそらすことなく、敵の一挙手一投足を目で追っている。
ぐばあっ、と真横になぎ払われる、少年の頭ほどもあるハンマーヘッド……!
一撃を受けただけで、潰された空き缶のようにグシャグシャになってしまうだろう。
それは、とんでもない破壊力がありそうだったが、鈍重でもあった。
少年がこれほどまでに冷静なのであれば、かわすことも可能かと思われたが……!?
……ゴッ……シャアァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!
まさかの、直撃っ!?
頭に強烈な一撃を受け、首がちぎれんばかりの勢いで、身体ごと吹っ飛んでく少年。
壁に叩きつけられ、人型の形に埋まり込む。
もはや一撃で勝負が決したかのように見えたが、タフオークは容赦しなかった。
「プギイイイイイイイッ!!」
血走らせた眼で、なおも少年に向かって突撃、壁に磔にされているかのような少年に、無慈悲なハンマーの雨を降らせる。
手下のゴブリンたちは、ギャアギャアと大盛り上がり。
「ギャーッ! ギャーッ!(出たぁっ! タフオーク様の、ハンマーレイン!)」
「ギャーッ! ギャーッ!(これを食らって生きていた人間はいねぇ!)」
「ギャーッ! ギャーッ!(あんなガキなんて、完全にミンチになっちまうよ!)」
後衛である聖女は、前衛である少年がフルボッコにされて、さぞや青ざめているかと思いきや……。
菩薩が笑うとこんな顔になるのだろうという笑みで、ニコニコと笑っていた。
――このくらいの攻撃で死ぬようであれば、わたくしのATMなどつとまりません。
わたくしの目に狂いがなければ、なんともないでしょう。
一方その頃、今回のクエストの本隊である冒険者パーティが、丘の上に到着していた。
むくつけき数人の男たちが、眼下にある鉱山を見下ろしている。
「えーっと、今回のクエストの主目的であるタフオークは、『ハンマーレイン』という技能を使うそうです。ギルドの調査によりますと、そのスキルはHP10消費して、大槌による連撃を繰り出し、対象に100ダメージを与えるそうです。あと、注意するべき点としては……」
棍棒を担いだチンピラのような男。
パーティの下っ端であろう彼が、リーダーらしき男に説明していた。
本隊のリーダーは、肩まで伸びたストレートの長髪に、武人のような厳しい表情を貼り付かせた、武道着姿の男であった。
男は、受けていた説明を鼻で遮る。
「フン、私はそんなものは食らわん。その前に、一撃で勝負がついてしまうのだからな。私を誰だと思っている」
「も……もちろん存じております! 我がギルドでも屈指の攻撃力を誇る、『二の打ちいらずのワンダ』様でございます!」
「私が気にするのは、モンスターのHPだけだ。よりHPの高いモンスターを一撃で葬るのが、私の生きがいなのだからな」
「は、はい! えーっと、この資料には……タフオークのHPは、102と書かれています! 『ミケタ』ですね!」
『ミケタ』というのは、HPが3桁のモンスターのことで、ようは『とても体力が高い』という意味である。
ワンダはニヤリと笑った。
「ふふ、それならいいだろう。『ミケタ』なら、私の相手としては不足はない。では行くとするか」
「はい! あ、あとワンダ様、今回はギルドの試験として、ふたり組のパーティが先発しています! ひとりは『殴られ屋』をやっている、タフ気どりのガキなんですが、もしよかったらソイツに盾役の才能があるのか、見てやってください!」
「俺は、そんなものには興味はない。貴様らで、勝手にやっていろ」
ワンダはパーティを引きつれ、鉱山の入り口までやって来ていた。
中に足を踏み入れようとした直前、
「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーーッ!?!?」
ゴブリンたちが入れ違いで、まるで沈む船から逃げ出すネズミのように、鉱山から逃げ出していった。
「……? いったい、何があったというのだ?」
不思議に思い、鉱山の中を覗き込んでみた、ワンダが見たものとは……。
思わず頬がポッと熱くなるほどの、お姉さん系の美少女聖女と……。
白目を剥き、アワを吹いて倒れている、タフゴブリン……。
そして、
「いってぇぇ……タダだと思うと、なおさら痛ぇ……」
まるで虫歯の治療を終えたばかりのような、腫れあがった頬を押える、ボロをまとった少年であった。