家庭教師、把握する
お偉い方々と別れてしまったので、もう内裏をうろうろできない。
青の袍を着たパパ殿と一緒なので怪しまれはしないが、蔵人の詰所で、大僧正の使いがクーラーボックスを持ってきてくれるのを、待っていた。
「うーむ、やっと邸に帰って、眠れるなぁ!」
パパ殿が大きく伸びをした。
捜査の内容も知らせられないし、家には帰れないし、パパ殿も、たいへんだったのだね。
事件が解決に向かってひと安心だろう。
――という風に、まったく見えないところが、心配だ。
疲れているせいもあるのだろうけれど、顔色が悪い。
先ほどの報告のときも、みんなが安堵感でいっぱいの中、ひとり、浮かない顔をしていた。
「殿様、まだ、何か心配事がおありですか」
「ええぇっ、何もないよ。斎迩の君、どうしてそんなこと思ったのかなあ」
「いやもう、殿様の演技力のなさは、今さらですから」
「そんなに、バレバレだった?」
がっくり項垂れるパパ殿に、きっぱり、
「ええ。もろバレです」
「はぁ……。久しぶりに邸に帰れるのに、大姫にも心配かけてしまうかな。あの子も、敏いからなぁ」
でも、今日は、大姫も、それどころではないかもしれない。
大姫がどれほどショックから立ち直ったか、先師の方の言動をどのように咀嚼したか、わたしも心配だ。
さらに大姫は、必要以上に、パパ殿に迷惑をかけないように気を遣う。
この状態でふたりが会ったら、お互いに心配をかけまいと空元気を見せ合って、ただ疲れるだけになるだろう。
パパ殿も大姫も、この時代の常識からは度外れた変人だけれども、お互いに理解しようという努力と、愛情はある。
パパ殿にとって、大姫のほとんどが理解不能だろう。それでも、姫の希望と幸せをかなえたいという気持ちは、本物だ。
大姫も、花嫁修業には釈然としていない。それでも父親の愛情は分かっているから、応えたいとも思っているのだ。
別に、完全に理解しあって、仲良し家族になる必要なんかない。そんな家族像は、奇跡に近い。
でも、そういう姿勢が、家族ってものだよね。
大僧正が言った、院には、今上に対する情が感じられない、というのは、そういうことなのかもしれない。
「えっ。斎迩の君、院と今上について、いったい誰から何を聞いたの!」
わたしがぼんやりと家族について思いを馳せていたら、慌てふためいたパパ殿に、遮られた。
――え、わたし、今、声に出してた?
「はっきり言ってたよ。院には、今上に対する情がないって……」
「ちょ、ちょっと、声が大きいですよ! ここ、詰所ですから。誰でも通りますから!」
慌てて、パパ殿の口をふさぐ。
クーラーボックスがいつ届くか分からないので、雨彦に、詰所の外で待っててもらうよう、頼んだ。
「今日はあちこちで待たせちゃって、ごめんね」
「楽しい」
雨彦が目をキラキラさせて答えたので、少し気が楽になる。それにしても、なにが楽しかったんだろう。
パパ殿が、蔵人の詰所の建物の、一室を借りた。
さすが古参の蔵人、全員と顔見知りだし、こういうときには融通が利く。
部屋に入っても、用心した。大僧正から聞いた話を、パパ殿にひそひそ伝える。
パパ殿は、軽くため息をついた。
「驚いたね。あの頑固ジジイが、ずいぶんと斎迩の君を信用したものだ」
「じゃあ、殿様も、同じように感じていたんですか」
「ああ。僕は、先帝からも頼まれていたんだ。院はそういう方だから、今上を、気をつけてやってくれ、とね」
大僧正からの情報に、パパ殿の意見が追加される。
先帝には、人生でトータル、3人の摂政と関白がいたそうだ。
先帝は、院によって、元服前に帝位に就けられた。
当然、摂政が就いた。これが一人目である。有能な人で、先帝の教育も大僧正と協力し、執政面でも、公卿達とナイスな連携だったらしい。
先帝が元服してからは、関白となって、帝との関係も良好だった。
が、この関白が病気で亡くなってしまい、跡継ぎ息子が次の関白の地位に就いた。この人も過不足なく役職をこなしていたのだが、やはり、病気で早世する。
「で、三人目。その弟君が、関白に就いたんだけど、この方が、あまり評判のよくない方で……」
言葉を濁すパパ殿に、
「大僧正は、口だけのろくでなし、って、言ってましたよ。あ、箸にも棒にもかからん、できそこない、とか」
「よ、容赦ないなあ、あの爺さん。まあ、でも、先帝は、その最後の関白を、たいへん重用なさったんだ」
それまで、院は、政治にはまったくノータッチ、楽隠居ライフを満喫していたらしい。それでも、関白の突然の代替わりなどで、アドバイスを求められれば、意見を述べていた。
最後の関白は、「帝は絶対権力者であり、親政は誰の意見も聞かずに行うべきだ」と主張して、院を排除しようとした。
「あの頃、お傍の者達は、困惑し、心配していたよ。あれほど英邁な帝が、なぜあんな関白の言いなりになるのか。先師殿は、何度も諫言なされて、逆に関白に讒訴され、先帝から遠ざけられた。先師殿はそれから、ご出仕されなくなったんだ」
先師の殿の引きこもりの原因は、先帝と関白だったのか。
その後の院の対応は、大僧正に聞いたとおりだ。
先帝と関白から、さっさと実権を奪取した。
ほどなく先帝が病気になったので、争いが激化しないで済んだのだ。院政が成功した要因のひとつだろう。
「僕は、先帝とは幼馴染でね。手のひらを返すように、実の父親から政敵扱いされた先帝の嘆きぶりを、今でも覚えているよ」
病床に着いてから、先帝は、パパ殿に言ったそうだ。
――院は、ご自分に役に立たないと認識したら、身内さえも切り捨てる。どうか、自分の息子を、守ってほしい。
その頃、今上は、東宮(皇太子)の位に就けられた。
帝が病気なら、その息子がどれだけ幼くても、東宮になるのは当然である。
この当時の出家は、少し先の時代の出家よりは、意味合いが重い。真剣に仏教が信じられていた時代なのだ。おカネを積んで還俗、という最終手段もなくはないが、そうとう非常識なことだった。少なくとも、来世は地獄まっしぐらコースの所業だ。
一度出家した院が、還俗して、再度帝位に就く、という選択肢は、ほぼなかったのである。
「先帝とは1歳違いでね。僕は、遊び友達という感じだったから、先師殿のように、帝を教え導かなければ、という感覚はなかった。とにかく、ただ、ずっとお傍に仕えていようと思っていたんだ。だから、何度も官位を上げると言われていたけれど、辞退していたんだよ」
パパ殿は、上級貴族の子息として、普通に、五位からスタートした。しかも帝の幼馴染なら、エリートコースは約束されている。
でも、パパ殿は、先帝の近くにいたかったのだ。
だから、蔵人だったのだ。
蔵人だけは、五位でも、帝のお側近くにいられる。
先帝の好意で昇格してしまったら、かえって、四位や三位の官僚ごときは、帝の側には近寄れないのだ。次に帝のお傍近くに出られるのは、参議になったときである。それでも、帝の前に出られるのは、会議のときだけだ。
当時の貴族は、文武両道だった。蔵人を経験したら、次は必ず、文官のさまざまな役所を歴任しなければならない。
蔵人のまま、官位だけ上げてもらう、という非常識なお願いは、さすがに帝の幼馴染であっても、許されない。
「だから、ずぅぅぅぅっと、五位の蔵人のまま、だったんですね……」
「なんか、ずぅぅぅぅっと、に、トゲがあるなあ」
パパ殿は、からっと笑った。
「先帝が亡くなってしばらくは、何もやる気が起きなくて、ぼけっと出仕してたら、ずっと五位の蔵人のままでさ。でも、先帝のご遺言を思い出したんだ」
――息子を、守ってほしい。
「まだ幼い今上を、守るとなると、やっぱり、蔵人のままでなければならなかったんですね」
パパ殿は静かに笑っていたけれど、先帝とは、パパ殿にとって、どれほど大切な存在だったのだろう。
それは、親友と呼んでもいい関係だ。
いや、いっそ、愛情と言ってもいい。
身分が違うから、パパ殿は、思いもつかないだろうけれど。
「先帝の最後の関白が、そのまま今上の摂政になられたと、聞きました」
「うん。正直、僕もあのお方には、あまり今上に近づいてほしくなかったから、宇治に行かれたのは、ホッとしたんだけどね」
少し、遅かったのかな、と、パパ殿は呟いた。
「院は、あの摂政に懐いた今上を、お許しになれなかったのかな」
?
摂政が宇治に蟄居させられて、遠ざけられたこと?
と首をかしげて、気づいた。
自分でも、声が震えるのが、分かる。
「殿様、まさか……。黒幕が、院だと、考えているんですか」
パパ殿は、暗い目をして、答えなかった。




