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家庭教師、決心する


 いずれにしても。


 「呪詛についてはお殿様にお知らせして、内裏だいりの方々に調べてもらいましょう。それより問題は、なぜ先師せんしの殿がこんなことをご存じなのか、ということです」


 「そのとおりですわ。今上に対する呪詛などと、重罪に関わる者を、見逃すわけにはいきません」


 きりっと大輔たいふの君が言いわたす。

 まあね、この文をパパ殿が提出すれば、さすがに出世、間違いなしだよね。うん。

 絶対そういう計算をしているに違いない大輔の君は、相変わらずブレないが、今回はわたしも賛成だ。

 先師の方とやらに会いに行き、令子じゅんし内親王の邸に、投げ文をしに行く。

 わたしが、というよりも、当家の人間が、そんな危険を冒す、意味がない。

 だが、撫子の君は必死だった。

 そして、先師の方様は、用意周到な人だった。


 「お待ちください、断られた場合には、この文をお見せせよと、もう一通預かっております!」


 その文は、先師の方から、蔵人頭くろうどのとう近衛府このえふに宛てたものだった。

 

 ――元夫とはいえ、これほどの反逆罪には手を貸せません。また、元夫から、速足はやあしの蔵人を頼るように言われました。おそらく速足の蔵人も、この計画に加担していると思われます。厳正なお取り調べをお願いいたします……。


 「斎迩の君が、どうしてもご同道くださらないようなら、この文をお見せするように、と」


 「よくも、このような、大ウソを……っ」


 怒り爆発の大輔の君に、撫子の君は向き直った。


 「無実ということならば、先師の殿も、同じく無実です! ええ、もしかしたら、左府さふ殿は関係しているやもしれません。おそらく先師の殿は、ご自分の手で身内を断罪はできないのです。だから、お方様に、このようなお頼みを……」


 そう。投げ文とは、もとは「落とし文」と言った。本来の意味は、「おおっぴらには言えない告発」である。

 わたしは、本名を署名してある、先師殿の文を取った。

 もう一枚、薄様うすようの和紙が重ねてある。

 そこには、和歌がしたためてあった。


 「撫子の君は、なぜ、先師殿が無実だと、そこまで信じられるのですか」


 「先師殿は、心から、世の中とご自分のご家族を厭われて、隠れ住んでいらっしゃいました。和歌や漢詩では有名な方ですから、歌会などには参加されていましたが、少しでも政治的なにおいがしたら、すぐに、きっぱりと縁を切られて……。お方様を離縁なされたのも、もう現世には愛想が尽きたと仰せられて、お方様が出家しなくてもよいように、そうされたのです」


 当時は、夫が亡くなると、自動的に妻は出家するものだったのだ。

 とすると、先師殿は、自殺する気だということか。なんか全体的に、鬱っぽい感じがするんだけど……、本人の希望を受け容れるんじゃなくて、誰か付き添っていてあげた方が、いいんじゃないのかなあ。


「お方様の手段が褒められたものではないことは、重々承知です。けれども、今上への呪詛だからこそ、あることないことで、どんどん連座の罪人が増えていくのではないですか。このままでは、お方様まで、連座に問われかねません! 先師の殿に離縁なされて、あれほどご苦労なさったのに……、こんなの、ひどすぎます!」


 ――ホントに、なんで、こんなことに巻き込まれているのかなぁ、わたし。

 一度、深呼吸した。


 「分かりました。お方様に会いに行きましょう。撫子の君、連れて行ってください」


 「斎迩の君?!」


 大輔の君が、信じられないという表情で、叫ぶ。

 

 「わたしだって不本意ですが、この脅しだと、行かないわけにいかないでしょう。当家が連座に組み入れられる、というのは、あり得ない話ではありません」


 実際、パパ殿は、凶器の蜂の死骸を、一度は自宅に持ち帰っているのだ。

 蔵人頭や大僧正は、パパ殿の性格から、無実だと考えてはいるが、事が明るみに出たとき、誰もがそう思ってくれるとは限らない。

 そして、先師の殿とお方様も、同じ事が言えるかもしれないのだ。

 なにかの拍子に、謀反について知ってしまった。自分は世捨て人なのに、どうしていいか分からない。 でも、放ってはおけない。先師の殿が頼ったのは、自分が離縁した元妻だった。

 そしてそのお方様にも、頼れる人がいない。とっくに辞めた女房の再就職先を脅して、協力を取り付けようとするほどに。


「ただし、投げ文を引き受けるわけじゃないですよ。この情報を、近衛府に提供する許可をもらいに伺うんです。そこのところは、譲れません」


 撫子の君は、涙を浮かべて、がくがくと頷いた。

 大輔の君は、深くため息をついた。


「何を好き好んで、と言いたいところですが、仕方ないですわね。それにしても、どうして、気が変わられたのです」


 わたしは、先師の殿の、文の最後の薄様うすようを見せた。



 いかならむ巌の中に住まばかは 世の憂きことの聞こえざらむ


 あしひきの山のまにまに隠れなむ 憂き世の中はあるかひもなし



 古今和歌集の中の、詠みひと知らずの歌だ。


「世を捨て、命も捨てる準備をしていた人が、死んでも死にきれないと言ってきているわけです。まあ、放っておけないかなあ、と」


「もの好きというか、斎迩の君らしいですこと。とにかく、お殿様が連座に巻きこまれないよう、しっかりお話なさってきてくださいませ」


「大輔の君も、大姫様をしっかり押さえておいてくださいね。もし、こんなお話を大姫様が知ったら……」


 大輔の君は、これ以上ないほど真剣な顔で、頷いた。


「もちろん、しっかり見張っておきますわ。先師のお方様のご実家は、ご近所ですもの。今回ばかりは、危険を理由にできませんし、大姫様は外出したくてうずうずしていますから」


 どなたかのせいで、と、ちろん、と睨まれる。

 いや、それ、わたしのせいかな?!

 ここしばらくの当家の環境は、フツーの姫君にとってはストレスと恐怖以外のなにものでもないはずだ。わくわくうずうずしている大姫のほうが、尋常ではない。

 大姫がフツーの姫君でないのは、今に始まったことではない。わたしのせいじゃないもんね。

 心の中でだけ言い訳して、わたしはそそくさと外出の用意をすることにした。




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