表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/103

家庭教師、添い寝する


 入浴後、またもや「毛穴から魔が入り込まないように」、陰陽師から清めを受け、お膳を並べて、大姫と一緒に夕ご飯をいただいた。

 その間、ひたすら「待て」状態だった大姫は、食後、好奇心ではちきれんばかりだった。

 しかしいつもの大姫なら、もう就寝のはずである。ちらっと大輔たいふの君を見たら、あきらめたように、ため息をつかれた。


「この状態の大姫様を寝室にお連れしても、とても眠れないでしょう。できれば、斎迩の君もご一緒に寝室で、こっそりお話しください」


 寝室は翌朝、祓うことになっているらしい。そのために、陰陽師も泊まり込みだとか。

 もはや、大輔の君が心配しているのは、他の女房達だった。居間などの公の部屋でそういう話をすると、お付きの女房達も複数人、控えさせなければならない。彼女達をこれ以上怯えさせたくない、と言う。


「いや、それを言ったら、死体の話ですよ? 大姫様も、うなされたりしませんかね?」


「だから、斎迩の君には、今夜ひと晩、大姫様に付いていてほしいのです」


 当然おまえの責任だ、と睨まれては、言葉もない。まことにごもっとも。


 寝室に入り、きっちり板戸を閉める。

 わくわくして寝台に座る大姫に、できるだけざっと話して聞かせた。

 が、八助さんの違和感を告げたら、大姫から細かい質問が飛び出して、結局、かなりきちんと説明することになってしまった。幸いにも、わたしもちゃんと見ていないので、死体の表情などは話さない。


「あら、聞いただけだと、その腕の跡って、烏毛虫かわらけむしみたいね」


「え、毛虫? 毛虫と蜂の刺し跡って、似ていますか?」


「わたくしは蜂の刺し跡は見たことがないから、比べられないけれど……、毒のある烏毛虫が這った跡のように聞こえたわ」


 毛虫ラブな大姫がそう言うなら、かなり確かだろう。


 でもそうなると、よりいっそう、疑問が増える。

 毛虫は遅い。あの被害者は、毛虫を這わせたまま、長時間おとなしくしていたのか?

 死んでから、犯人が、毛虫を這わせたのか?

 なぜ、両腕だけ?

 そして、もしあれが毛虫の刺し跡なら、八助さんの言っていたとおり、口や顔が腫れるはずはない。

 単純に考えれば、毒を飲んだ、いや、飲まされたということになる。

 

 もうわたしの中では、かなりの確度で、あれは殺人だと思い始めている。死体の状況が不自然すぎるのだ。

 あの貴族、――左大弁さだいべんだったっけ――、彼に殺される理由があったとしても、犯人は、ただ殺せばよかったはずだ。

 犯人は、少なくとも左大弁と対面できる程度の身分だ。左大弁とどこかで会い、おそらく毒殺した。その後、腕に毛虫を這わせ、遺体を四条の川原に投げ捨てておいた。

 ざっとそんな流れだろう。

 とすると、どうしても、最大の疑問は、全部ひっくるめて、なぜそんなことをしなければならなかったのか? ということだ。


 この犯人は、「左大弁と蜂は関係がある」と、サインを残したのではないか。

 貴族が市中の川原などに投げ捨てられていたら、必ず、近衛府このえふが出張ってくる。近衛府や蔵人頭くろうどのとうなら、あの両腕の跡を見て、そのサインにぴんと来るはずだ。

 つまりは、左大弁が、今上暗殺未遂の犯人だと、告発しているのではないだろうか。


「ん~、考えすぎかなあ……」


「斎迩の君、大丈夫? いろいろお悩みなの?」


「大姫様、お殿様は今、内裏だいりでしょうか」


「えぇっと、最近のお父様は本当にお忙しそうで、よく分からないの。以前は、参内さんだいとか山科の牧場に行くとか、ご予定をこちらにもお知らせくださっていたのだけど、急に内裏からお呼び出しがあったり、宿居とのいの翌朝も帰ってこられなかったり。昨晩も、急にお呼び出しがあって、その後は戻られていないみたい」


 あぶり出しを提案した後、結果について、わたしは特に聞いていない。それはこの時代の警察の仕事だし、これ以上首を突っ込みたくなかったのだ。

 でも今、左大弁が容疑者に挙がっていたのかどうか、切実に質問したい。


「毛虫の這った跡と、蜂の刺し跡が、似ているとして、それは誰でも知っていることなのでしょうか」


「あら、蜂の刺し跡なんて、めったに見ることないわ。でも、烏毛虫の這った跡なら、誰でも知っているわよね。どこにでもいるし、刺されたら治療するし。もちろん、烏毛虫に刺されたくらいで、死ぬようなことはないけれど」


 そうか、特殊なのは、むしろ、蜂の刺し跡のほうなのか。


「とすると、そのふたつが似ていることを知っている人も、限られますよね」


「そうね。お医師とか、蜂に詳しい人なら、両方見たことがあるでしょうね」


 蜂に詳しいといえば、パパ殿と八助さんだけれど……、そうか。

 八助さんの違和感は、これだったのではないか。

 八助さんは、門番で、牧童で、下男の仕事もしている。毛虫の刺し傷も見たことがあるはず。蜂の知識のほうが勝っているから、とっさに思い浮かばなかったのかもしれない。


 大姫がころんと横になった。もぞもぞうちぎの中に入り込む。


「うふふ。斎迩の君がわたくしのつぼねにお泊りするのは、初めてね。というより、わたくし、誰かと一緒に寝るのが初めてなの。寝間ねまでお話しできるなんて、楽しいわ」


 いや、話題は、死体の損傷状態なんだけどね。

 子どもが寝る前のお話としては、最悪ではないか。

 わたしは少し反省した。


 大姫も、今上に似て、家族の縁が薄いお子だ。

 パパ殿は悪い人ではないが、父親感が薄い。

 なにしろ本殿では、自分と同い年の少女達が寵愛(?)を受けているのだ。大姫としても、複雑な気分だろう。普通の幼な子のように、「一緒に寝てほしい」とは、甘えにくい。

 そしてたぶん、パパ殿は、大姫が寂しいと思っていることを、想像すらしていない。

 かえって大姫がもっと成長したら、なんでも話し合える仲の良い父娘関係が築けるのかもしれない。大姫が、20歳くらいになったら。


 わたしも大姫の横にそっと寝転びながら、


「大姫様の乳母は、添い寝などなさらない方だったのですか」


「お母様は、乳母を連れているような身分の方ではなかったようなの。詳しくは聞いていないけれど。わたくしは、いろいろな方のもらい乳をして育ったの」


 乳母を雇えない場合、子どもを産んだばかりの女房や下女などから、母乳を分けてもらう。

 パパ殿は、自分の友達にも声をかけて、大姫に授乳してくれる女性を次々探し出しては、連れてきていたらしい。

 うん。パパ殿もねぇ、誠意や愛情も、ないわけじゃないんだよなぁ。


「わたくしはお父様の最初の子どもだったから、周りは再婚を勧めたようだけれど、お父様には全然その気がなかったって……」


 それはそうよね、お見合いで、お父様のお好みの女性が来るわけないもの、と、大姫は笑った。

 達観したお子である。


 眠りかけている大姫に袿を掛けて、ゆっくり体をなでた。

 家庭教師は、乳母でも代理ママでもない。

 本来、家庭教師が家族同然の仲になるような距離感は、わたしのやり方ではない。

 でも、自分が寂しいということさえ自覚していない姫君に、今晩は、ずっと付いていようと思う。


 蜂と毛虫の刺し跡が似ていることを知っているのは、蜂に詳しい人だけだと、大姫は言った。

 今上を暗殺しようとした犯人サイドも、蜂にはじゅうぶん詳しい。そうでなければ、そもそもこういう暗殺方法を考えつくはずがない。

 それで、思いついてしまった。


 左大弁さだいべんは、口封じされたのではないか。

 あの両腕が蜂に刺された跡だと見れば、誰でもその意味を考える。左大弁が今上暗殺未遂の実行犯だった、という結論までは、すぐだ。

 むしろ、左大弁が実行犯だと知らしめるために、毛虫で跡を付けたのではないか。

 実行犯が死んでしまえば、背後の黒幕までは手が伸ばせない。

 左大弁の交友関係を探れば、ある程度の推測はできるけれど、死人に口なし、証言が得られなければ、この時代、犯罪を立証するのは難しい。

 口封じと同時に、黒幕まで捜査の手が及ばないように、先手を打たれたのだとしたら……。

 最悪、真犯人は分からないまま、この事件は幕引きになってしまうかもしれない。


 そんな考えがぐるぐるして、眠れなかった。

 唯一の救いは、大姫がうなされることもなく、熟睡していたことだ。わたしは大姫の平和な寝顔を見ながら、夜明けを迎えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ