家庭教師、説得する
「親分、てぇへんでいっ」
もとい、
「斎迩の君、大変だ! 四条の川に、死体が出た!」
アンタは時代劇の下っぴきか、という勢いで、いなご麿が駆け込んできた。
曲がりなりにも授業中だったので、大姫も大輔の君も、聞いている。当然、女房達は大騒ぎになった。
やみくもにぎゃあぎゃあ叫ぶ女房達は放っておくとしても、大姫は、授業とはうってかわって、瞳がキラキラ、ずずいっと身を乗り出している。そんな姫を、ボリューミーな体でガードしている撫子の君。若狭はおろおろして、大輔の君は……、もちろん、般若のごとく、お怒りである。
というか、なぜ、それを、わたしに知らせる……?
平安京は、決して治安がいいとは言えない。しかも、衛生状態が著しく悪い。はっきりいって、道端に死体なんて、ごろごろしている。
貴族の家の周りがキレイなのは、片づけられているだけ。早朝に、下男が空き地に捨てにいくのである。現代の清水寺の辺りだ。「見ないふり」をしていれば、「なかったこと」にできるのだ。
貴族の姫である大姫に、死体の話など聞かせていいわけがない。下手したら、「耳が穢れた」ということで、何日も精進潔斎、お祓い、祈祷などしなければならない。
大姫大事な四虫ボーイズに、それが分からないはずがない。とすると、
「急ぎで、重要な事なのね」
「うん、どうやら相当、身分のある貴族らしいんだ。検非違使が見つけたんだけど、俺と八助さんもその場にいて。八助さんに、斎迩の君を呼んでこいって、言われた」
いや、八助さん、わたしに何を期待しているのか。
お忍びで宮中に参内して以来、どうもわたしに対する、みんなの過剰な期待を感じる。
今もこの家の下男下女は、大姫の描いたモンタージュを持ち歩いて、蜂泥棒を探している。八助さんも、その探索中に、死体に行き会ったのだろう。
いくら平安京に死体が珍しくないとはいえ、あくまでもそれは庶民のこと。高位の貴族の死体が、道端に放置されているなんて、あり得ない。
「いなご麿も、その貴族の顔を見たの」
「うん。似姿絵とは、似てなかったよ。蜂盗人じゃぁない。でもあれは、ウチの殿様より、上のご身分だね」
「分かった。すぐ行くわ」
立ち上がると、周囲から悲鳴のような声が上がった。
「斎迩の君! あなたは、大姫様の師でしょう! そんな穢れに触れるなんて……、許しません!」
「斎迩の君、お出かけなさるなら、お願い、また男装なさってぇ!」
「斎迩の君。わたくしも連れて行きなさい」
あ~……。最後の大姫の言葉だけは、予想外だった。
「大姫様は、お連れできません。四条は、お邸よりもかなり南側で、危ない所です。貴族の姫君が行かれるような場所ではありませんよ」
「そうですわ。大姫様が想像もつかないほど、穢れた場所です。そのような所にお近づきになっては、いけません」
「いやよ。斎迩の君は、内裏にもお外にも行っているじゃないの。みなも絵姿を持って、盗人を探しているし。わたくしも、お父様の役に立ちたいの」
「大姫様は、その盗人の絵姿を描かれたではありませんか。今も、せっせと模写していらっしゃるし。それで充分、殿様のお役に立っていますとも」
「そうそう、大輔の君の言うとおりです。大姫様の最初の絵姿がなければ、盗人探しも始められなかったのですから。それに、今回の死た……穢れのあるモノが、事件と関係があるとは限りませんし」
唇を噛む大姫の頭上で、大輔の君が、目で催促する。
はい、もうちょい頑張って、大姫に諦めさせるんですね。
「ええと、そう、大姫様、最初にお約束しましたよね。姫様の御身の安全を、いちばんに考えること。四条の川原は、本当に危険です。連れて行くことは、できません」
「わたくしは、行きたいのよ! そんな意地悪な斎迩の君なら、もう家庭教師のお役を辞めてもいいんだから!」
ほっほお。
それなりに賢い姫だけれど、こういうところは、お金持ちの甘やかされたお子ちゃまだ。今までは、そういう脅しで、全員言うことを聞いてきたのだろう。
「かまいませんよ」
「え」
涙でいっぱいの瞳が、見上げてくる。
「大姫様が、もうわたしの言葉は聞くに値しない、と思われるなら、こちらのお邸にいる意味がありません。いつでも、お暇します」
「そ、そういうつもりじゃぁ、ないわ……」
俯いてしまった大姫の前に、膝立ち、目線を合わせる。
「大姫様は、いろいろな事が、お出来になるじゃありませんか。絵姿も描かれたし、泥団子が人の手で作られたものだと、殿様に仰った。みんな、自分のできることで、協力すればいいんです」
「でも、わたくしは、毎日いっぱい走っていて、元気よ。わたくしだって、お外に出かけられるわ」
「ここのお庭は、とても広くて素晴らしいですけれど、外の世界は、全然違います。お庭ほど美しくないですし、穢れもたくさんあります。大姫様は、これまで穢れに触れたことがないでしょう? そういう方は、すぐに病気になってしまうのですよ」
「斎迩の君は、穢れに慣れているの?」
思わず、吹き出してしまった。
確かに、この時代の人の考える穢れは、わたしには、関係がない。でも、やたら除菌された清潔な現代で生きているので、もしかすると、この時代の人よりも細菌には弱いかもしれない。
「まあ、わたしには、あまり、穢れは効きませんね」
帰ってきたら、除菌スプレーを浴びておけばいいだろう。
絶対に大姫を連れ出さない、ということが分かったのだろう。大姫は、しぶしぶながらも、納得した。
「あとは、大輔の君の出番です。慰めてあげてください」
「分かりました。あの、今さらですが、お気をつけて」
大姫を大輔の君達に任せて、急いで身支度をして、出かける。
これ以上、足止めされるのはごめんなので、男装はしなかった。普通に女性の外出着だ。紗のかかった女笠を被って、顔を隠す。万が一、内裏で会った人にも、これでバレないだろう。
急ぎ足で向かいながら、いなご麿が、気まずそうに言った。
「ごめんよ、斎迩の君」
「本当にね。あの場で、大姫様に聞かせることじゃないでしょう。あなたは、明るくて場を盛り上げるのが得意だけど、少し考えてから、発言するクセをつけてね」
やたら口の重い雨彦とは、正反対である。足して二で割ると、ちょうどいいのだが。
「うん、反省する。でもさ、姫様は、寂しいんだよ。斎迩の君は自分の師なのに、殿様や今上に、取られたような気がしてるんじゃないかな」
うっ、それを言われると、少し痛い。
実際、最近そちらにかまけて、大姫の指導が手薄になっている自覚はある。授業の手は抜いていないが、プライベートまでフォローし切れていないのだ。
今度、どこか安全なコースで、お出かけデートでも考えてみよう。
「ホント、大姫様のことになると、よく見てるわよねぇ、あなた達」
にやにや。
「ばっ、そんなんじゃねーよっ。姫様は、お邸の大事な姫様だ。よく気を付けて、お世話するのは、当たり前だっ」
「はいはい。今度わたしが大姫様とお出かけするとき、あなた達も、ついて来てもいいわよ~。誘ってあげるから」
「べっ、べつに、誘われなくても、ついて行くけどなっ。俺達は、姫様を守らなきゃならないんだから」
バカ話をしていたら、四条通りに出た。通りに沿って、細い川が流れている。
人だかりがしていて、現場はすぐに分かった。




