家庭教師、準備する
今回は、かてきょハウツーです。準備とか心構えとかです。
お邸から、頼んでおいた契約書が、届いた。
普通のA4用紙に、万年筆の手書きである。
郵便はどうなったのかとか、文房具はどうしたのかとか、考えてはいけない。
向こうでは、和紙に毛筆だったはずである。
毎回、そういうものなのだ。
契約者は、「藤原蔵人」となっていた。蔵人って役職なんだけどな。一見、名前に見えるところがミソである。
そしてやはり、セレブ。雇用主は、藤原氏、お貴族様だった。
フリーの家庭教師なら、契約書はあった方がいい。
個人事業主は、税金関係が、とにかく面倒なのだ。口約束ではなく、収入を保証する書類は、揃えておくべきである。
わたしは報酬も、銀行振込にしてもらっている。預金通帳、というのは、最も税務署の信用度が高いアイテムだ。
月極めとか訪問ごととか、契約によって違うが、タイムリープした場合は、行くたびごとに毎回、払ってもらっている。いつ何時、時空が閉じて、あちらの世界に行けなくなるか分からない。それまでの報酬をもらいはぐれたら、目も当てられない。
そして、これまたなぜか、きちんと銀行に報酬が振り込まれるのである。
今回もすでに、面接日の分と契約金が振込まれていた。けっこうまとまった金額だ。「フジワラ クランド」と記帳されている。まるでハーフのご家庭のようだ。
なぜ銀行振込ができるのか、とかも、考えてはいけない。できるものは、できるのです。
さて、下準備である。
のっけから参考にならなくて申し訳ないが、「これをやっておけば準備万端!」という方法はない。
基本的に、家庭教師は、ケースバイケースである。「臨機応変」、この一語に尽きる。
まあ、「場当たり的」とも言うけど……、とにかく、反射神経が鍛えられる仕事だ。
わたしは、使う教材も、生徒さんを見て、手作りしている。
現代の、学校のテスト対策などの家庭教師なら、事前に教科書とテスト範囲を聞いて、テストに出そうな問題をざっと作る。それをプリントにする。
そういう教材を持参して、指定された時間、みっちりテスト対策をすればいい。
生徒さんの方も、テストという明確な目標があるので、それほど嫌がらずに、勉強する。
もちろん、生徒さんのレベルに合わせることは重要だ。赤点だけは回避したいのか、推薦狙いなのか、とにかく良い点を取りたいのか、それによって、作るプリントのレベルも変える。
今回の、大姫の古今和歌集は……。
どうしようかなあ。
事前情報を考えた限りでは、しばらくは、まともな授業にならないと思うんだよね。
ただでさえ、スポンサー|(親)と直接顧客|(生徒)の希望はズレていることが多い。
そのバランスを取ることは、家庭教師にとっては、ぶっちゃけ、指導方法そのものよりも、ずっと重要かつ困難な仕事なのだ。
今回、スポンサー側の意向は「花嫁教育」だけれど、大姫は、暗記なんかしたくない。家庭教師は追い出したい。
まずは、大姫の信用を得ること。少なくとも、「この人の話だったら、まあ聞いてやってもいい」程度には、思ってもらわなければならない。
これは、生徒さんに迎合するのと、イコールではない。
よく学生のアルバイト家庭教師が陥りがちなミスだけれど、生徒さんと友達のように仲良くなっては、ダメなのだ。最終的に、楽しくおしゃべりして、勉強は進まないまま、終わってしまう。
かといって、親の希望を叶えるために、ただ勉強だけを詰め込むと、「この人は、親の味方なのね」と、敵視されてしまう。生徒さんが思春期だと、特にそういう対立が生じやすい。
わたしも、初対面で、
「先生は、ママのスパイなんでしょ!」
と叫ばれたことは、一度や二度ではない。
以前、親に反抗するあまり、わたしにも口をきいてくれない生徒さんがいた。
一か月近く無言の相手に向かって、わたしはめげずにいろんな話をした。答えが返ってこなくても、質問もどんどん繰り出した。
それで、ぽつっと、「アニメは好き」と聞いたのだ。その後、質問を絞ってみると、アニメそのものより、声優が好きだと、分かった。
そこで、有名な声優が、大手進学塾とコラボしたCDをプレゼントしてみた。豪華声優陣が、英語の動詞や、古文の助動詞の、活用形を吹き込んでいるのだ。
実はわたしはひとりも知らなかったのだけれど、それを聞いた時の彼女の喜びようは、すごかった。
その後は、驚くほどスムーズに、会話も勉強も進んだ。
憧れの声優さんがしゃべっているというだけで、英語の変格動詞も古文の助動詞の活用も、丸暗記した。
学校に行っていなかった彼女は、2年間わたしと勉強して、志望大学に受かった。
花束を持っていったわたしに、彼女の、
「先生は、変わってるよね」
という言葉は、最高の褒め言葉だと、思っている。
そういう、生徒さんに、信用してもらうには。
ありきたりだが、その子ども本人を、しっかり観察するしかない。
好きなこと、嫌いなこと。本当にやりたいこと、やりたくないこと。大切にしているもの。
意外と、本人にも分かっていないことも多い。
そのためには、できるだけ話す。
とはいえ、大抵の場合は、緊張か敵視か人見知りか、とにかく、話なんか弾まない。
それでも、こちらは、なにも望まず、ひたすら提供し続けて、反応を待つ。
「大姫は……、反応はあるよな~。好きな物も、はっきりしているし」
そういう意味では、反応が見られる分、やりやすいはずだ。
できれば、大姫にも、好きなことの喜びをそのままに、勉強もしてみてほしい。
とすると、最初はいやいやでも、交換条件で勉強してもらうしかない。
虫の写真と、和歌を一首暗記、の交換とか。
長月|(9月)だから、庭の植物を見ながら「秋の巻」から読み始めるとか。
「雑歌」の物名は、つまりはダジャレだから、そういう軽めの歌から入るとか。
いずれにせよ、最初のうちは、わたしが大姫を知ることが最優先だ。
大姫も、わたしを信用してくれれば、なお、いい。
「しばらくは、おしゃべり70%、一日一首和歌を読んでくれたらラッキー30%、ってところかな!」
わたしは、スマホのメモアプリに、古今和歌集の千首以上の和歌を保存した。
もちろんタイムリープ先でスマホは使えない。でも、メモアプリは開ける。
あちらではスマホは、いったい何に見えるのだろう。少し、楽しみだ。




