どうやら皆飲み込みが早いようです
途中から京也視点になります。
トゥルルルル、という呼び出し音の後に、ガチャ、と相手が出たことを告げる音が聞こえる。
『はいはあーい、もしもし?山口でーす、どちら様ですかー?』
「あ、母さん?俺、瞬なんだけど」
『あっ、瞬ちゃん?久しぶりー!ずっと連絡してくれないから母さん寂しかったわぁ、ひどいっ!あ、そうそう最近ねぇ、こっちはお父さんとふらふら海外旅行満喫してるんだけど、この間おっきい湖見たのよー、そこで泳いだんだけどねぇ、お母さんの水着にお父さんったらメロメロでね?もう若くないんだからー、褒めても何も出ないわよぅ、って言ったらお父さんが君はいつも綺麗だよ、ですって!きゃーお父さんもいつもカッコいいわよ!ね?それでねぇ、そこで食べた魚料理が、すっごい美味しかったの!帰ったら瞬ちゃんにも作るわね、あ、そっちは元気?今日から夏休みよね?風邪引いてない?なんだか声が高い気がするわよ、大丈夫?電話だから?』
怒濤のトークに圧倒されるがいつものことなので、さっと切り替える。
それにしてもすぐ声に気付くとは。鋭い。
母さんは基本のほほんとしているが、時々サバサバというかあっさりなので、そのまま伝えとけばいいだろ。
「いや、それが今伝えたいことでさ、俺、女の子になっちゃったんだよね」
『あらぁ、大変ねっ、瞬ちゃん女の子になっちゃったの?瞬ちゃんは男の子でも女の子でもどっちでもとっても可愛いわよっ!でもどうして女の子になったの?』
母さん飲み込み早っ!
「えーと、《これであなたも女の子に!?簡単女体化変身キット》っていうのを飲んだらなった」
沈黙。
その後母さんがはあっとついた溜息が聞こえたが、怒っているわけではなさそうだった。
『あぁー、それ本物なのよ、うん、そっか、わかった!体に異変とかはない?』
「異変?特にないってゆーか女子になってること自体が変じゃね?」
『あっそれもそうね!うっかりしちゃったわ!そうね、瞬ちゃんも突然女の子になると大変よねぇ、瞬ちゃんは男の子だったものね』
「そうなんだよ、母さん、俺って戸籍とかどうなんの?」
『あっ大丈夫よ、瞬ちゃん!そこら辺は母さんに任せといて!ツテがあるのよ〜』
母さんのツテが気になったが、聞くと何かから抜け出せなくなりそうなのでやめた。
「ありがとう、母さん、助かる」
『息子のためならこれくらい全然へっちゃらよ!それにしても瞬ちゃん服とか日用品とか、女の子用のないでしょ?母さんが送っとくわね!明後日には届くようにしとくから、楽しみにしてね!お母さん息子も欲しかったけど娘も欲しかったのよー!』
「ん、というか母さんこのキットのこと知ってんの?」
『そうねー、人並みくらいには知ってるわよ?どうして?』
「いや、俺もう男に戻れないの?」
『えぇ、そのキットの効果は強いから、瞬ちゃんはもうこれからずっと女の子よ』
他の人だったらはぁっ?って信じられなかったと思うけど、母さんだと何故かすとんと納得出来た。
それと同時に、もう男には戻れないのかと思うと、残念だけど、女体化直後のような混乱は襲ってこなかった。案外俺も飲み込み早いな、流石母さんの息子、いや娘?
「そっか、残念」
『それじゃ、母さん色々やっとくから、京也くんによろしくね!仲良くするのよ!あっお父さんそのスーツカッコイイわよーっ、素敵!』
プツッ、という音ともに電話が切れた。
最後になんだかいらないものも聞こえたけど、これは概ね予定通りというか予定以上ではないだろうか。
電話中ずっと静かに気配を消していた京也に目を向ける。
一応スピーカーにしておいたので、会話は全部聞こえているはずだ。
「つーことで、戻れないっぽい」
「お前ら母娘飲み込み早いな……………」
「しょうがなくね?事実だし。んー、でも今日どうすっかなぁ」
「今日?」
「いや、お前ん家泊まろうと思ってたけど、こうなっちゃったし、家帰った方がいいのかね?」
「あー、それもそうだな、つか母さんになんて言おう」
「幸子さん?母さんが何か言っといてくれてんだろ、あの二人仲いいし」
バァンッと京也の部屋のドアが思いっきり開いた。
穏やかそうな顔に、主婦っぽい雰囲気で普通に主婦な女の人、京也の母親の幸子さんだ。
「祥子から話は聞かせてもらったわよ!」
「おっ、タイムリー、おばさん仕事早いな」
「幸子さん、俺今日うち帰るわー」
幸子さんはこちらをじっと見た後、恍惚の表情を浮かべてぐっ、と親指を立てた。
幸子さんは取り敢えず女の子に目がない。
そんな母親に実の息子は軽く引いている。京也も似たようなもんだと思うけどね。
というかうちの母親もそうだけど幸子さんも話の飲み込みが早いな。
「え、でも瞬くん、お風呂どうするの?」
「多分いけると思うから大丈夫」
「どうせ、胸とかいじっちゃうんだろ?男子高校生だもんな!自分の体でも女体があれば」
「軽蔑するぞ」
「京也、気持ち悪いわよ」
「二人してその目はやめてください」
軽蔑の瞳でじっとり、顔を歪めつつ吐き捨てると京也がすぐさま全面降伏した。
「そうだ、瞬くん一人きりっていうのも不安だから、京也一緒にいてあげなさい」
「えっ、俺?」
京也が目を大きく開いてこちらを見ている。
「あ、京也来んの?よろー」
「えっ、瞬軽くね?」
「今までだってよくあったじゃん?」
首を傾げるとはあああっ、と深い溜息をつかれた。
なんかイラッとすんなー。
「いやー、さすが瞬さんっすわー、女体化しても変わんないですわー」
「はぁ?お前俺に手ぇ出す気?」
「しませんけど」
「じゃあ問題ねぇじゃん。つかお前のせいなんだから俺の面倒みろよ」
「それもそうなんだけど!そうなんだけど……………!」
「何葛藤してんだよ」
「いや、瞬とはいえ女子とお泊まりで二人っきりだよ?やばくない?」
「軽蔑するぞ」
「やめてください」
ぱんぱんっ、と幸子さんが手を叩いて注目を集めた。
「ということで、今日は、京也は瞬くんと一緒にいてね」
「おっけー」
「わかったよ……………」
幸子さんはくるっと踵を返して部屋を出ていくかと思ったが、ちょいちょいと京也を呼んで何かを話していた。
少し気になったものの、扉は閉められていたし、小声だったのでよく聞こえなかった。
興味を失った俺は京也のベッドの上に寝っ転がって、さっきまで読んでいたピンこれの続きをまた読み始めたのだった。
◇◇◇◇
ぱたん、と閉められた扉から目を離して、自分を呼んだ母親の方に体の向きを変えた。
母さんは真面目な顔をしてこちらをじっと見ていた。
「話って何?」
「瞬くんめっちゃ可愛い」
「いやわかるけど」
思わず半目になるのも仕方ないだろう。
しかし母親はメンタル強者なので俺の視線を黙殺するとぺらぺらと瞬の可愛さを語り始めた。
「元から瞬くん身長ちっちゃくて顔も目がくりくりしてて女の子みたいに可愛かったけどガチで女の子になると可愛さが爆発してるわね」
「いや、母さん瞬が好きだとは思ってたけどそんなに?」
「髪の毛はさらさらに長くなってるし、目なんか青いし、胸も大っきいし、腰も細いし、ああもう本当美少女!私瞬くんが娘に欲しかった!あっ、今からでも娘にできるじゃない」
嫌な予感がした。
「京也、瞬くんと結婚しなさいよ」
「いやいやいやいや母さん話飛躍し過ぎだって」
「何よ、京也だって可愛いと思うでしょ?さっき可愛いって言ったじゃない。しかも元男だから何かと無防備よ。理性が保つのかしら?更にさらに今日は二人っきりでお泊まりよ!これで心躍らずにして何に心躍るのか!」
「だから、瞬も女になったばっかりだしそういう話題はタブーだろ、さっきも気持ち悪そうにしてたし」
「瞬くんに結婚話、したの?」
瞬間空気が凍った。
「いやー、そういうんじゃなくて」
「流石私の息子、思いつくところが一緒ね」
「母さんと一緒にしないで欲しい」
「何よ失礼な」
「ああもう、だから、瞬のためにもそういう話題はあんまり出さないでよ」
目に力を込めて母親を見ると、母さんはふっ、と微笑ましいものでも見るかのように笑った。
「わかったわ、京也は瞬くんが大事だものね、邪魔者の母はいなくなるわ」
「だからぁ……………!」
「もう、そんなに怒らないでよ。ちょっとした冗談でしょ?本気9割の」
「それは冗談じゃないだろ」
「あっはっは、まぁ瞬くんをちゃんと支えてあげてね、ごゆっくり!」
母さんは笑いながら階段を下がって行った。
まぁ冗談の多い人だが、言いたいことは瞬をよく気にかけろということだろう。
それはよく分かってるし、そうするつもりだから問題ない。
ただ、問題は。
扉を開けると、瞬は漫画を胸の上に置いて、目を瞑っていた。さっきまで突然の性転換でバタバタしていたから緊張が解けて眠くなったのだろう。
瞬の桜色の唇が小さく開いて、すぅすぅと息をする度に、長い睫毛がふわふわと揺れた。瞬は昔から整った顔をしているが、今は前より線が丸くなっているようだ。
顔に一筋の髪がかかっていたので、近づいてよけてやる。
そうすると寝ているはずなのにふにゃ、と笑顔を浮かべてきて、思わず伸ばした腕が固まる。
あどけない寝顔は、安心しきっているし、漫画を握る手首は細く華奢だし、男物の緩いTシャツは捲れ上がって真っ白な腹を出しているし、胸はデカいし、あぁもうそうです母さんは正しかったです!
問題は、瞬が超絶可愛いことだ。
「はぁ……………」
こんなんでやっていけるのだろうか。
いや、やるしかない。
こうして、俺の理性と可愛さが爆発しそうになる気持ちの争いは幕を開けたのだった……………!
ぱちっ。
「京也?あれ、俺寝てた?」
「うん、少しだけ」
「そっかー」などと言いながらふわぁと欠伸をしながら起き上がる瞬。
猫みたいだ。
ぐぅっ、と手を上に伸ばすとそれに比例して双丘も質量をもって持ち上がった。上部がぱつぱつなので、当然Tシャツも持ち上がって、さっきよりも真っ白で滑らかな部分がより広い範囲で見えるようになった。
俺は今までで一番俊敏な動きで瞬のTシャツを下げた。
「ん?どした」
「いや、服捲れてたから」
「あ、まじで?ありがと」
にかっと陽だまりみたいに笑わないで欲しい、可愛いから!可愛いから……………!
思わず片手で顔を抑える。
早くも理性崩壊の危機である。俺チョロすぎ問題。
「京也ー、俺んち行こうぜ」
「夕飯は?うちで食べていかないの?」
「や、今日材料買ってきてたし、俺作るつもりだったからいいかな。京也は食べる?肉じゃがだけど」
「食べる」
「反応はっや、そんな肉じゃが好きだったっけ?」
「そういうんじゃないけど」
思わず視線が逸れるが、瞬は軽く首を傾げるだけだった。
「ま、いーや、これから迷惑かけるかもだけど、よろしくな?」
「こっちこそ、よろしく。つかそんなん言わなくても俺のせいだし隣同士だし幼馴染なんだから遠慮すんなよ」
「ふはっ、ありがと!」
無邪気すぎる笑顔、守りたくなるからやめて。
読んでくださりありがとうございます。