どうやら女の子になってしまったようです
初投稿です。
読んでくださりありがとうございます。
今日から夏休み。
俺はいつも通り隣の京也の家に来ていた。適当な挨拶をし、京也母から「京也は二階にいるわよー」と教えてもらい、階段を上がる。
悪友の部屋のドアをばんっと開け放ち、腕を組んで仁王立ちして、ソファに寄り掛かっていた京也に叫ぶ。
「夏休み、だ!」
「そうだな」
「反応薄っす」
「夏休みじゃーーーーっ!!!」
「うるせぇ」
「理不尽(´・ω・`)」
「漫画読むぞ」
「あ、ピンこれの最新刊ある」
「まじか神」
軽口を叩き合って、俺は京也のベッドにごろんと転がりピンこれを読む。
まじかよ……………………ヒロインがとうとうゴリラに進化してやがる。
ちなみにピンこれは『ピン芸人がコンビを組むまでの孤高の戦いと恋愛について此処に記す』というアクション漫画の略称だ。
しばらく本を読んでいるとき独特の静寂が続く。
それを破ったのは京也だった。
「あ、瞬。見せたいものがあるんだけど」
京也の言葉にピンこれを下げて、楽しそうに鼻歌を紡ぐ幼馴染みの後ろ姿を見る。
「これだよ、これ」
京也が掲げていたのは蛍光色が目に痛い、キャッチーでフワフワとした言葉が踊る箱だった。
「《これであなたも女の子に!?簡単女体化変身キット》……ってなんだこれ」
呆れる俺にドヤ顔の京也が偉そうに話し掛けてくる。
「読んで字のごとく!そのまんまだよ、女の子になれる変身キット。買ったからさ、一緒に女子になろうぜ」
「なんでだよキモいわ」
意味わからん。
確かに昔からこいつは変なやつだった。変なやつっつーかオカルトが好きっていうっつーか。
例えば、未来が見える水晶を貰ったから未来を見る儀式をしよう、と誘われ一緒に崖からダイブしたり(その時見たのは走馬灯だったが)、幽霊を降ろす儀式を学んだ、とか言ってきやがったので誘いに乗ったら三日間山で狼相手に命がけの鬼ごっこをしたりだとか(幽霊は結局来なかった)。
昔から、京也が変なことを見つけては俺がそれに乗って色々と事件を起こしていた気がする。楽しかったなぁ、めっちゃ危険だったけど。
めっちゃ危険だったけど(大事なことなので二回言いました)。
最近はあまりそういうことは無かったので熱が冷めたんかなーと思っていたのだが、違ったらしい。
「つかなんでそんな思考に?」
「女になるってロマンじゃね?」
ほら、女子の着替えに混ざったりとか、胸とか触れるじゃん、と京也はのたまった。
「はあ…………………お前ってほんと馬鹿だよな。
で?最初は何すればいいんだ?」
「瞬のそういうノリの良いとこめっちゃ好きだわ」
「バッカやめろ惚れんな照れるだろ」
「ハッハー、鳥肌たった!」
「俺もだ!キモいな!」
「で、最初は白兎の耳の粉末をこのビーカーに入れる」
「おけおけ」
キットを開いて備え付けのビーカーに材料を入れていく。
次にオークの目玉、マンドラゴラの腰、世界樹の葉っぱ、エトセトラエトセトラ。
材料クッソ胡散臭いが楽しいので気にせず突っ込んでいく。
そして数分。
「最後に花ゴーレムの鼻を入れて十回混ぜ、二分置く、だって」
「今何分?」
「んーと、五時半ピッタリ」
「三十二分だな」
待つ間ぼんやりと会話をしつつ時間になる。
「えーっと、最後に一気に飲む!」
「せーのっ」
ぐっと飲み込むとシュワッとした口当たりに、ジューシーなフルーツの香りが鼻を抜けた。
「こ、これは……………………ピーチソーダ?」
突然のピーチソーダにびっくりして隣を見ると、顔の中心に全部のパーツが集まってるような、言っちゃ悪いけど梅干しみたいに思い切り顔をしかめた京也がいた。
「その顔どした」
「クッソ不味い」
「まじで?俺ピーチソーダなんだけど」
「は?ヘドロと泥水と汚水を混ぜて煮詰めて不味さを抽出したような味すんだけど」
「うけるー」
「ガチで気持ち悪い……………トイレ行ってくる…………………………」
土気色の顔なので本当にヤバそうだ。
俺は特に問題はないのでごろんとベッドに転がり、キットの説明を読んでいく。
「………………女の子にになれます、注意、当製品は効果が永続します、また、我が社で販売している男の子になれる!?変身キットより当製品の方が効果が強く出ますので、男の子になれないこと、ご了承、くださ、い………………」
そこまで読んだとき、目の前が急に暗くなり、頭がふらついた。
「…………………俺…………………………?」
そのまま意識が急速に遠退き、暗い微睡みに俺は沈んでいった。
◇◇◇◇
目が覚めたとき、俺はなんだか体が重かった。体が重いというか、動かすのに違和感があるというか。
「ん?」
最初に気付いたのは胸から下がる重み。
「んん?」
次に気付いたのは股にいつも感じる重さが無いということ。
「んんん??」
そして、先程から聞こえる、綺麗なソプラノボイス。
それはまるで俺の喉から響いているようで。
「んんんんんん!!!!????」
俺はダッシュで立て掛けてある姿見の前に行くと、そこに写る姿を見て、声を失った。
脇まで下がる、長い黒髪。ぱっちりとした、こちらを見つめる蒼い瞳。白い肌。
着ていたTシャツを押し上げる、豊満な二つの山。
折れそうなほど細い腰に、長い手足。
現状に頭が付いていかない。
待って待って待って待って待って待って待って。
え?ええ?
「俺、女の子になってる?」
静かな京也の部屋に、その言葉だけがいつまでも響いていた。
◇◇◇◇
しばらく呆然自失し、動けなかった。
数分か、数時間か。永遠にも思えるほど時間が経って、やっと京也が戻ってきた。
扉の奥から「いやー酷い目に遭った、まだ気持ち悪さが取れない」という声が聞こえる。
ゆっくりとドアノブが回り、眼鏡の高校生が部屋に入り、
「……………………………………………………………………………………………は?」
かけて扉を閉めた。
おい。
こっち見て、扉閉めやがった。いや、女子が突然部屋にいたらびっくりするだろうよ、けどやられる身としては実にいらっとするんだな、これが。
困惑しているような、「え?なんで女子?しかも美少女?は?」という声が聞こえる。
あいつも困ってるっぽいが、俺だって困っている!さっさと入ってこいよ!
昔から待つことが苦手な俺は、がちゃ、と無遠慮に扉を開けた。
向こうに見えるのは、眉を八の字にしてまだ現状が理解できていない様子の京也。相変わらず土気色の顔だ、そんな不味かったのか?
「……………………………………まあ、取り敢えず入れよ」
「あ、はい」
敬語な姿になんだか笑えた。
京也を床に座らせて、落ち着くのを待つこと数分。
こんな姿になった経緯を話す。まぁ話すったって俺もよくわからないんだがな。
「………………急に目の前が暗くなってな、目が覚めたときにはこうなってた。多分、原因はあれだと思うけど………………」
そう言って、ちら、とキットの箱を見る。
京也もキットを同じように見て、疲れたように息を吐き出した。
「いや、うん。どう考えてもあれ、だな。やー、それにしても、本気で瞬が女子になるとは」
「お前責任取れよ?」
「えっ………………責任………………?」
「なんで頬染めるんだよキモい」
「美少女からの本気の引きに中身が瞬だとしてもなんかドキドキする………………」
「幼馴染みの性癖にドン引きだよつか誤魔化そうとすんなや、お前のせいだからな?まじ責任取れよ?」
ずずいと近寄ると、京也は軽く仰け反った。今までの距離感から遠くてちょっと悲しくなったが、責任は負わせようと壁際まで追い詰める。だんっ、と手をついて逃げられないようにした。
京也はそっと俺から視線を逸らした。
「あの、瞬さん?今、あなた結構な美少女なんですよ?そこんところ把握して?具体的にはその大きなお胸とか」
「俺とお前の間に性転換したからって距離が出来るわけないだろ」
「おっとこまえぇ………………」
「話は戻すが、最悪、俺が戻れないと仮定しよう」
「飲み込み早いっすね」
「ばかやろーこちとらまだ混乱中だわ頑張って気持ち押さえてんだよ」
俺がぎっと睨むと京也はしょんぼり顔を俯けた。
「………………すまん」
「で、だ。仮定したとして、俺はどうやって生きていけばいい?訳わかんねーぞ突然女になって。確かに不用心に薬を飲んだ俺もあれだがお前にも責任が有ることはわかるな?」
「うっす………………」
「だから、責任取って、最悪、本当に最悪だが、お前が俺の面倒見てくんない?」
「んー………………それは、うん、わかった。お前を養うくらい稼ぐよ。けど瞬」
すぱっと断言してくれてほっとしたのも束の間。
「なんだ?」
「それって、結婚ってこと?」
京也の爆弾発言にざっと血が下がって顔が青くなった。
「な、はぇ………………?」
わなわなと震える手で京也と、自分を交互に指差す。
「け、結婚………………って、けっ、こん、か、え、えぇ?う、うぉぇっ……」
「悪い、落ち着いてくれ」
ぽんぽんと背中を叩かれて、何とか落ち着きを取り戻す。
「す、すぅ………………はぁ………………」
「落ち着いたか?」
「う、うん、取り乱してごめん。俺が話し出したことだけど、考えさせて」
「うん、まぁ突然だし、困るよな」
「うん、ごめん、ほんと、ごめん………………」
「いや、俺も悪かった、そんな取り乱すとは」
「いや、俺女の子じゃん?でもまだ全然把握できてないじゃん?でさぁ、結婚とか、言われたら、さぁ………………」
「あぁ、うん、すまん」
「で、でさ、これから俺、どうしたらいいかなぁ?戸籍とか、学校とか、顔も結構違うし」
「いや、顔は結構面影あるぞ」
「えっそう?」
「ああ」
「そうなんだ………………」
自分では女の子になった衝撃が強すぎてよくわからなかったが、案外面影があるらしい。
なんだか自分が残っているようでほっとした。
そこで落ち着いたことで、今俺は京也を押し倒すような体勢になっていることにはたと気付く。
「ごめん京也!ずっと乗ってた!」
「いや、大丈夫、うん。役得みたいなものだったから」
「そうか、なら大丈夫、か?ん?役得?」
「それは置いといて、戸籍とか、その辺さ、おばさんに任しとけば?」
ちょっと強引な気もしたが、話の転換に頷く。
京也が『おばさん』と呼ぶのは俺の母親のことである。
「そうだな、母さんならなんとか、してくれるかも。なんか不思議な人だし」
ということで、母さんに電話することになった。