5. 気分の悪くなる話だと思います
あの日から、中条はいつもどおりのふりを続けようとするがその演技は空回りしていた。
原因はわかっているが、彼女はかたくなに話そうとしなかった。
新聞やネットでも調べはしたが地方紙の片隅に中条の名前がのっているだけで、事故の詳細まではのっていない。
やもやした気分を抱えたまま足は事故現場へと向かう。バイトからの帰り、家までの途中にあるためか必ずここに寄っていた。
だが、ただのアスファルトと行き交う車を見ても何も分かるわけがなかった。
ガードレールわきに供えられていた花もめっきり数を減らしている。こうやって、日常を生きる人々にとって過去のことになっていくのかもしれない。
しばらくそうやって何もせず、にらみつけるようにしていると視線を感じた。
「あの……、あなたは昨日もここに来てましたよね」
遠慮がちに声をかけられ、振り向くとそこにはスポーツバッグを肩にかけた男子高校生が立っていた。以前、ここで目が合った彼だった。
「もしかして、ここで事故に会った女の子のお兄さんですか?」
「いや、ただの……知り合いだよ……」
「そうなんですか。すごく悲しそうな顔をしていたのでてっきり。すいません、急に声をかけてしまって」
すまなそうに頭をさげる少年は、まだなにかをいいたげに口元をもごもごさせている。
「話したいことがあるなら聞くよ。といっても、気の利いた慰めの言葉とかはいえそうもないけどね」
「ちがうんです……、事故が起きたときオレもここにいたんです。そのときのことを誰かに、できれば彼女の知り合いに話したくて」
少年は眉間にシワをよせ、言葉の端から血がしたたるように感情が地面にこぼれていく。
それは懇願だった。抱えきれない気持ちをだれかに持っていってほしいという。
「いいよ、聞くよ」
「たぶん、気分の悪くなる話だと思います。でも、あんな……、轢かれた女の子がかわいそうで、あんなのってないですよ!」
彼の口から語られていく。
事故の目撃者として警察に何度も話したおかげらしく、彼の話口はスムーズであった。
*
事故が起きたのは、部活帰りでいつもの道を歩いていたときのことでした。
疲れた体に着替えの入ったバッグがえらく重たく感じたのを覚えています。
歩道を歩くオレの横をワンボックスカーが通り抜け、なんとなく目で追っていました。そのスピードが不自然だったんです。
その先は赤信号だというのに、速度を緩めることもなく走っていました。
車の向かう先に目をむけると、中学の制服を着た女子が一人横断歩道を歩いているところでした。
危ないと大声を上げ、高速で近づいてくる車に彼女も気づいたようですが手遅れでした。彼女は体を強張らせ大きく目を見開くあのときの表情はいまでも忘れられません。衝突音がきこえ、ゴムボールみたいに彼女の体が吹き飛ばされました。
ノーブレーキで彼女を跳ね飛ばしてから、そこでようやく気づいたのか車も止まりました。車からは二人のおばさんが降りてきました。
でも、通報する様子もなく、倒れて血を流す彼女になにかをまくし立てているだけだったんです。
気が動転しているのだろうなと察して、被害にあった彼女を一刻も早く助けるためにポケットにいれていたスマホを取り出して119に電話しました。
電話口の向こうから救急の人が倒れた彼女の様子を聞いてくるのですが、ピクリとも動かず黒ずんだ血が地面にひろがっていっていて近寄る勇気はでませんでした。
なんとなく、これはもうダメだろうなってわかりました。魂ってやつですかね、そういう生きている人間がもっているはずのものが感じられませんでした。
救急車を待っている間、おばさんたちの声も聞こえてました。だけど、それが耳を疑うものでした。
「あんた、急に飛び出してきてなにしてるのよ!」
「ちゃんと左右見なさいよ! 本当に最近の子はダメね」
倒れている人間に向かって言う言葉とは思えません。うちの母親と同じぐらいの年齢にみえるおばさんたちが、まるで同じ人間には見えませんでした。
やがて、サイレンの音が近づき、救急車と一緒にパトカーもやってきました。
救急隊員のひとが手早く彼女の様子を確認するが、黙って首を振っていました。
それでも、救急車の中に担ぎ込まれ、サイレンを響かせながら遠ざかっていきました。
それから、難しい顔をした警察のひとからの事情聴取が始りました。
オレも通報者として立会いを求められ、見たことをそのまま話しました。
おばさん二人組の事情聴取も始まったのですが、話に夢中で信号なんて見ていなくて自分たちが信号無視したことすら気づいていなかったらしいです。
警察のひとも初めは事務的に対応していました。だけど、言い訳をくり返すおばさんにイラついているように見えました。
―――轢いても仕方がなかった
運転主だったおばさんが卑屈そうな顔で、その言葉をなんのはばかりもなく口にしたんです。
「あんたは人を一人殺したんだよ! それもまだ子供だぞ! いい年して自覚も持てないのかっ!」
対応していた警官が顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけていたのがすごく印象に残っています。
それから30分ぐらいしてようやく事情聴取が終ると、警官から協力への感謝の言葉を聞き、やるせない気持ちを抱えたまま家に帰りました……。
*
今日ももういちど目撃した事故の様子を聞きたいといわれて警察署に行ったらしく、彼はだいぶ疲れている様子だった
「なんで、あの女の子はあんな人を人とも思わない人間に殺されなきゃならなかったんでしょうか……。本当にふざけんなって感じですよ……」
彼は最後の言葉を吐きすてるようににつぶやくと、聞いてくれたことへの感謝の言葉を残して去っていった。




