3. 事故死だったらしい
病気が発覚した後もバイトには律儀に通っていた。せめて、初めて働いて手に入れた金を使って父と母に何か返したかった。
バイトから戻ってきて、薄暗い部屋で気配を感じ視線を向けると、中条の姿がそこにあった。これでうらめしげな顔でもしていれば、すこしは恐怖を感じ幽霊らしくなるのだろう。
「自分の家にいったんじゃないのかよ」
部屋を明るくし、膝を抱えながら丸くなっている中条に声をかけると、暗い声が返ってきた。
「……わたしは今とても落ち込んでいます。家に帰ったら、真っ暗で誰もいなかったの。どこいっちゃったんだろ」
「そんなこと聞かれてもな。もしかしたら、葬式の準備とか?」
「葬式か……、そういえば、わたしの死体ってどこにあるのかな? もう火葬されちゃったとか」
「死んだ後すぐには火葬しないだろ。通夜とか告別式があるはずだ。今は葬儀場じゃないのか?」
ボクの言葉に反応した中条が葬儀場の位置を調べてとせっついてくるので、近場から検索すると『メモリーホールはなみずき』と出てきた。
「ここね! 修一くん、ちょっと電話して聞いてみてよ」
「えぇ、やだよ」
「ねっ、ねっ、一生のお願い。わたしじゃ電話できないし」
拒否するがしつこく食い下がられ、結局、電話することとなった。
ろくに社会経験も積んでおらず、ちゃんとした会社に電話をするという初めての経験に緊張しつつもスマホに電話番号を打ち込んでいく。
電話口の向こうから聞こえるやわらかい口調であるが事務的な声に緊張しながら、通夜と告別式の予定について尋ねる。
「どうだった?」
「ビンゴだ。今日が通夜で明日が告別式だってよ」
「そっかー。どうしよっかなぁ。自分の死体を見るとかいやじゃない?」
「幽霊の気持ちなんかわかるかよ」
「修一君は、冷たいなぁ……」
中条はぷかぷかと天井に顔を向けたままうかび、どんな表情をしているかよく見えなかった。
次の日、葬儀場へ行くというと、中条に意外そうな顔をされた。
どうやら、めんどくさがっていかないとばかり思っていたらしい。
自分でもどうして行こうと思ったかがよくわからない。もしかしたら、死ぬ前に誰かの役に立って、人生に少しでも意味を持たせたかったのかもしれない。その相手は既に死んでいるが。
葬儀場へと着くと、真っ白な四角い豆腐のような建物に黒服の集団が出たり入ったりしているのが見えた。
陰鬱な喪服につつまれた大人に混じって、制服姿の子供の姿もあった。
おそらく中条のクラスメイトであろう。みんなうつむき悲しげな表情をしていた。女子の中には嗚咽をもらしながら地面にひざをついているものもいた。
もしも、オレが死んだときこうして泣いてくれる人間なんていないんだろうな。
自分という存在の場違い感に居心地が悪くなり帰ろうとしたところ、受付のおばさんにせっかく来たのだからといって中に案内されてしまった。
棺の上では、白い花に囲まれるように中条の写真が飾られていた。
張本人はボクの背中に背後霊よろしく憑いてきているが、だれの目にも留まっていないようだった。
焼香のための参列者が並び、焼香台の横には親族の人間が座っていた。
うつむき気味に歩いてなるべく目を合わせないようにしていたが、ちらりとその顔をみたところで体が固まった。
そこに、ボクをいじめていたアイツがいた。
家を訪ねたときは距離をとって身を隠していたからまだ大丈夫だった。しかし、次第に焼香台の前に近づくにつれて、手の震えが止まらなくなっていく。
いじめられていた当時から既に10年以上経っているというのに、恐怖を体が覚えているようだった。
恐怖ゆえにか視線をアイツからはずすことが出来ずに、自然にその様子が目にうつってくる。
見たことのない表情をしていた。
何かに耐えるように膝の上で拳を握りながら必死に表情を取り繕って弔問客に応対していた。
ボクの番がやってくると、作法なんてよくわからず前のひとにならって焼香を済ませ列から離れていく。アイツはボクの姿なんてまるで気づいていない様子だった。
葬儀場の建物からでたところで、水中で溺死寸前だったかのように大きく息を吸った。視界がもやがかかったように白み、足元がふらついて気持ち悪い。
おぼつかない足取りで出て行こうとしたところで、参列者の話し声が耳に入って来た。
「事故死だったらしいわね。かわいそうに、まだ中学生だっていうのに」
「痛みもなく即死だったっていうのはせめもの救いかもしれないわね」
中条のことだとわかると足がとまった。ジッと視線を送るボクに気づいたのか、喪服姿の年配の女性と目が合った。
「あなた、顔色わるいけど大丈夫かしら?」
アイツに会ったせいでよほどひどい顔をしていたらしい。しかし、それを中条の死にショックを受けてのものだと勘違いされたのか、気遣われながら事故について教えてもらえた。
葬儀場を後にして気分も落ち着いたころ、中条がずっと静かにしていたことに気づく。
後ろを振り向くと、なぜだか困ったような顔をしていた。
「どうしたんだ? ずいぶんと静かじゃないか」
「なんかさ、ちょっと意外だったから」
「意外? たくさん友達も来てくれてたみたいじゃないか。みんなおまえのことを悲しんでいたみたいだ。仲良かったんだな」
「うん、そうだね。みんなのこと悲しませちゃったね。……でも、わたしにとってお父さんが悲しんでいたことがちょっと意外でさ」
お父さんというのはアイツのことを言っているのだろう。中条がアイツの娘ということになり、複雑な気分になった。
ボクはこの騒がしい娘のことは嫌いじゃなかった。
「アイツの子供だったんだな。でも、名字が違わないか?」
「お母さんが再婚してさ、わたしは前のお父さんとの子供なんだよ。名字はそのままにしてあるんだ」
中条にとってそれはあまり口にしたくなかったことなのだろう。ぎこちない口調でお父さんという言葉を口にしていた。
「……悪い。いやなこと聞いたか」
「いいよ。どうせならもっと聞いて欲しいな。生きてるときは誰にも話せなかったから」
中条は長いまつげを震わせながらゆっくりと話しはじめた。
小学生の頃に両親が離婚したこと。
母親と二人きりの生活になってから、夜遅くまで母親が働くようになったこと。
ある日、母親から話があるといってアイツを紹介されたこと。
「わたしね、お母さんに幸せになってほしかったの。お母さんはいつも笑顔だったけど、わたしのせいで無理させちゃってるってわかってたから」
無理をするようにぎこちない笑顔を浮かべながら彼女はその心情を淡々と語りだす。
母親の結婚を祝福したが、新しく父親となったアイツとはあまり上手くいかなかったらしい。
「仲良くなれるようにがんばったけど、なんか距離とられちゃってさ」
やがて、母親とアイツとの間に新しい子供ができると、自然に家族の意識は子供へと集中していく。
そして、中条の両親が子供を中心に幸せそうな笑顔を浮かべているところを見て、なにかがストンと心の底に落ちてきた。
「かろうじて“子供”っていう位置にいたのがわたしだったけど、もうその役目も終わりなんだってわかってさ。でも、今日のお父さん見てわからなくなっちゃった」
不安定な顔を見せる少女に、もしもここでアイツがボクにした仕打ちについて暴露したら、どうなるのだろう。
アイツへの復讐のひとつに家族へのいやがらせを考えていた。間接的に真綿で首をしめるように窒息させたらどんなに気持ちいいだろうかって……。
「実はボクとアイツは中学校の頃、同級生だったんだよ」
「え、ほんと? もっと若いかと思ってた」
「それでさ、中学の頃のアイツは……」
中条にとって興味のある内容らしく、その大きく丸い瞳を向けてくる。
「アイツは……言葉遣いが乱暴で短気ですぐに手を出すやつだった。……でも、いいやつだったよ」
「そうなんだ~、なんか意外だね。うちだとむしろ優しすぎるぐらいだよ。むしろ、お母さんが一番怒ってる回数が多いかも」
人が変われるなんて信じちゃいない。アイツを憎み続けたボクはろくな人間性を形成できなかった。
しかし、中条の口から語られるアイツの姿はかつてのものではなかった。優しく誠実で家庭を大事にする夫。
葬儀場で見た姿も家族の死を悼むというひどく人間くさいものだった。
憎むべき相手はそのままでいてほしかった。
それに、この子を悲しませてどうなるというのだろう。
―――だって……キミはもう……死んでいるのだから




