2. 約束したでしょ
さて、妙なことで時間を食ってしまったけれど、目的の場所に向かおう。
迷いながらたどり着いた先は、まだペンキの色も鮮やかな新築の家だった。
庭先には家族向けの大型車がおかれ、この家の持ち主の暮らしが裕福であることが見て取れた。
表札を確認する。
なんども確認した。
まちがいなくそこに復讐相手の名前があった。
中学のときにボクをいじめていたアイツ。
中学の卒業名簿からたどってアイツの家を訪ねたが引っ越した後だと聞いた。そしてたどり着いた先で見せ付けられたのはひきこもりだったボクとの差。
インターホンに指をのばすが、鎖が絡みついたようにそれ以上動かすことができなかった。
いまさら、なにをためらっているんだと、不甲斐ない自分への怒りを感じ、さあやるぞと決意を固めたところで唐突に玄関の扉が開いた。
向こうから開くとは思わず、慌てて近所の家の塀に身を隠す。
出てきたのは鮮やかな色のシャツをラフに着崩した長身の男。
成長しているがまちがいなくアイツだった。フラッシュバックする記憶にうめきそうになりながらも、射殺すように睨み付ける。
男の後に続いてでてきたのは、楚々とした落ち着いた雰囲気の女性で、小さな女の子を抱えている。
彼らの様子は焦っているようで、慌しく車に乗り込むとエンジン音を残して走り去っていった。
家に帰ると、自室のベッドの上に寝転がりながらひたいにシワを寄せていた。
オレが両親に迷惑をかけてみじめったらしく息だけしているときに、アイツはいい大学にいっていい会社に入って自分の人生を楽しんでいた。
今、胸中に渦巻いているのはあいつが幸福な家庭を築いていたということへの憎悪なのだろうか。
ぐるぐると渦巻く感情の塊を吐き出すようにため息をついた。
「はぁ……」
「なーに、ため息ついてんのよ。幸せが逃げていくよ」
能天気な声が部屋の中に響いた。
それは若い女の子の声で、そんな人間はうちにいないはずだった。
声が聞こえた方向に目を向けるが誰もいなかった。そこにはほこりのたまった床しか見えない。
「どっち見てるの。こっちだよ、こっち」
真っ白な壁紙の張られた部屋の隅、それは天上付近にいた。
「よっ、修一くん」
猫の尻尾のような髪をたらした彼女が宙に浮きながら、気安げな調子で軽く手をあげていた。
無言で立ち上がり、洗面所に向かう。
水を全快にして、何度も顔を洗った。
そして再び顔を上げる。
「ちょーびっくりしてるしー、マジうけるんですけどー」
腹を抱えながら陽気な声で笑う中条莉子の……幽霊……。
透けているわけではないが、ふわふわと重力など関係ないとばかりに浮かんでいる。
手を突き出してみるが、何の手ごたえもなくすりぬけた。
「ちょっと! どこ触ってんのよ!」
触るどころか突きつけたというのに、彼女は生前のように元気であった。
「……ほんとうに、中条なのか?」
「おうよ、このわたしが中条様だぜ」
隆起の少ない胸を張りながら自らの名を名乗る。
「何をしにきた?」
「なになに、なんでそんな不機嫌なの? ていうか、昨日とずいぶん口調ちがうねー。そっちが素なのかな?」
幽霊というイメージをぶち壊しにするような騒がしさだった。
「あー、もう、そんな怒んないでよ。約束したでしょ、キミを絶対に死なせてあげるって」
「……取り憑いて殺すってことか。幽霊らしいじゃないか」
「え? いや、ムリムリ。そんなことのやり方しらないし、できるわけないじゃん」
またも幽霊の存在を全否定するようなセリフに頭痛を感じてこめかみを押さえる。
風邪なら横になったほうがいいよと、殺すといった相手の体調を心配する始末だった。
「あとさ、キミを殺す前に、一つお願いがあってきたんだ」
「なんだよ……いってみろ……」
願いをかなえれば成仏して静かになるなら、多少の苦労など安いものだった。
「わたしって、なんで死んだのか教えてくれない?」
「は?」
予想外の言葉に思わず変な声がでた。
「いや、気づいたらこうなっててさ」
彼女は腕を組み、納得がいかなそうに首をひねっている。
「昨日、あのビルで別れた後のことで、覚えていることはないのか?」
「えっとね、家に帰って、それから……えっと……だめだ! 思い出せない!」
中条は頭を抱えたままうなり声を上げている。
「おまえの家に行ってみたらどうだ? 何かわかるかもしれないだろ」
「うーん、そうだね。そうしてみるよ」
空中を泳ぐように玄関に向かっていくが、扉の前からなかなか動こうとしない。
「ごめん、ちょっとドアを開けてくれない?」
ドアノブを触ろうとするが手がすりぬけ空振りし、困った顔をしていた。
「……壁抜けとかできないのかよ。幽霊だろ」
「あっ、そっかぁ」
照れたように頬をかきながら、頭から扉をつきぬけていった。最後に足が外へと吐き出されたところで、どっと疲れが肩に押し寄せてきた。
もしかしたら、憑かれたせいで肩が重くなったのかもしれないと思い、一人苦笑をもらすのであった。




