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1. 絶対に死なせてあげる

 もしも、もうすぐ死ぬことがわかったとき人はどんな行動をとるだろうか。

 例えば、一週間後に死ぬとしても絶望してすぐに自殺しようなんてやつはいないだろう。

 後悔がないように、必死に残り時間を計算してやれることを探そうとするんじゃないのかな。

 ボクもその大多数の一部だった。

 

 記憶は半月ほど前にさかのぼる。バイトの帰りのことだった。

 駅前を歩いていると、急に胸のあたりが痛み出した。

 ずきずき、ずきずき。

 我慢できなくなり道端でうずくまっていると、通りがかったサラリーマン風の男性が心配そうに声をかけてくれた。

 こんな風にだれかに優しくしてみたかったと、うらやましくなった。

 

「だ、だいじょ……」

 

 途中まで言葉にしようとしたところで意識が途切れる。

 

 目が覚めると、病院のベッドの上だった。

 泣いている母を父が慰めていた。

 その後、医者から話をきいた。ガンらしい、それも末期の。

 そういえば、最近は妙に気だるかったり変な痛みを感じていた。部屋に引きこってばっかりの不摂生な生活をしているせいかと思っていたが、あれが病気の兆候だったようだ。

 

 残された人生は、もって半年といわれた。もう少し早く病院を尋ねてくれれば、変わっていたかもしれないと医者に嘆かれた。

 

 高校をやめてからひきこもり、30歳手前にさしかかったところでいよいよ後がないと思ってバイトを始めたのが半月前のことだった。

 泣けばいいのか、それとも笑えばいいのだろうか。

 

 抗がん剤の使用について聞かれたが、断った。

 母は、きっと治るからいっしょにがんばろうと、涙交じりの声で頼み込んでくる。

 親不孝な息子でごめん。

 

 残りの時間が少ないとわかると、なにかしなければいけないという脅迫概念が生まれる。

 生きているのか死んでいるのかわからないような生活をしていて、人生の目標なんてなかった。

 だた、心にずっとひっかかり続けていたことが一つだけあった。

 

 とりあえず部屋からでて、思い出をたどるように知っている場所を巡っていく。

 近所の公園。昔遊んだっけ。

 小学校、この頃は楽しかったな。

 中学校、苦い思い出しかない。

 高校は……やめておこう……。

 

 中学のころひどいいじめを受けていた。

 その結果不登校になり、意地で合格した高校も周りに馴染めずに辞めた。

 

 子供のころ両親に連れられてやってきたデパートにも足をのばした。

 いろいろなものが売られていた景色を思い出す。

 CMで流れていたおもちゃ。

 色とりどりの服。

 おいしそうなにおいをただよわせる飲食店。

 子供のときは、楽園があるのだとすれば、ここがそうだと思った。

 

 でも、いまはガランとしていて、ほこりっぽいにおいがするだけの場所だった。

 5年ほど前にこのデパートがつぶれたと聞いたときは、またひとつ自分の記憶が切り取られてしまったようで寂しかった。

 

 電気の通っていない暗い館内を、懐中電灯がわりにしたスマホの光が照らしていく。

 靴のかかとが床にぶつかるたびに硬質な音を響かせ、人気のない館内でそれだけが唯一の音であった。

 目的の場所は階段の先にあった。

 はぁはぁと息をきらせ、運動不足気味な足が悲鳴を上げている。

 

 汗が頬をつたい、なんでボクはこんなことをしているのだろうかと思うが足は前に出て行く。

 

 やがて、人工の明りとは違う太陽のひざしが視界を照らしてくれた。

 屋上へとたどりつくと、さわやかな風がほおをなで汗がひいていく。

 

 屋上にはペンキがはげ、さびついた遊具が並んでいた。子供のはしゃいだ声が響いていたはずの場所だったがゆえに、余計に寂しさを感じさせる。

 さらに視線を先にむけると、ボクが住んでいた街並みが見えた。


 ここにボクという人間がいたんだと確認したくなり屋上の縁に近づいていく。

 転落防止のためにぐるりと囲まれた金網のフェンスに阻まれ、がしゃがしゃと錆びた音を鳴らしながら上っていくと、青空と街並みが視界いっぱいに広がった。

 

「ねえ、キミ」

 

 思い出にひたっているところに、声が差し込まれた。

 まさか、自分以外にこんな廃ビルに人がいるとは思わず、驚きながら振り向く。

 

 そこには女の子がいた。長めの黒髪を一つに束ね、動物の尻尾のように揺られている。小柄な顔と大きく丸い瞳が子猫のようであった。

 かつて通っていた中学の制服を着ていて、胸にチクリとした痛みを感じる。

 

「わたしのなんだけど」

 

「え?」

 

「だからー、キミ、いまから飛び降りるつもりなんでしょ? そこ、わたしが予約した場所なんだけど」

 

 率直な物言いをする子で、年上にも物怖じしない性格なのだろう。

 

「この前から、わたし、そこに目をつけてたんだよ」

 

 なんのために? なんていう質問はいらないだろう。こんな危険な場所ですることなんて決まっているのだから。

 

「え、あ、うん。じゃあ……どうぞ……」

 

 普段から女の子と話すことがなく、いじめられた頃の記憶をひきずっているせいか若い子は苦手だった。

 

 しかし、彼女はボクのことをじっと見つめるだけで行動をおこそうとしない。

 どうすればいいかわからず、彼女の動向を待つことしかできなかった。

 

 この子はボクのことが恐くないのか?

 正体不明の男と、こんな人気のない場所であったとしたら、ボクならとっくに逃げ出しているだろう。

 

「パンツ」

 

「え?」

 

 どうも彼女は主語も述語もなく単語だけで会話しようとする癖があるらしい。

 

「そこで見てたら、フェンスのぼったときにパンツみえちゃうでしょ!」

 

 どうやら、彼女は死ぬ前だというのに、羞恥心だけは人一倍あるらしい。

 

「じゃ、じゃあ、後ろ向いてるよ」

 

「ほんとぉ~? こっそりのぞいたりしない?」

 

 疑わしげに下からねめつけてくる。

 これ以上どうしろというのだろうか。外にでていけばいいのだろうが、何故見知らぬ少女のためにそこまでしなければいけないのかと癪にさわる。

 

「ところでさ、飛び降り自殺ってさ成功率あんま高くないらしいよね。知ってる?」

 

「え、そうなんだ」

 

 衝撃の事実というよりも、唐突な話題の転換についていけずおざなりな返事になる。

 

「高いところから落ちても案外人間って死なないらしいね。でもさ、そうすると後遺症とかのこって体が動けないままベッドでずっと生活するとか、いやじゃない?」

 

「そうだね」

 

 本当なら延命治療のために通院するはずだった。しかし、どうせ無駄だといって医者の制止を振り切ってここにいる。

 そんなボクが出会ったばかりの見知らぬ少女と、死ぬの死なないのと話していることが不思議だった。

 

「だからさ、協力してほしいんだ」

 

「協力?」

 

 彼女の提案に疑問符を浮かべる。なんだろうか、ためらわないように後ろから突き飛ばしてほしい、ということだろうか……。

 それは、はたして自殺なのだろうか。直接手をくだしたボクが殺した形になるわけで、それはごめんこうむりたところだった。

 

 だが、彼女の言葉はボクの予想のさらに上をゆく。

 

「死んだとこを確認してほしいの。死んでなかったら、トドメさす感じでね。時代劇とかであるじゃない、お侍さんが切腹をしたとき、その後ろで刀を構えてトドメをさす役。えーっと、なんていったっけな」

 

「……介錯かな」

 

「そーそー、それそれ」

 

 彼女はぽんと手をたたき胸のつかえがとれたように、さわやかな顔をする。口にしていることは物騒だったが。

 

「でもさ、それって、キミがぐちゃぐちゃになっている姿をボクに見られるってことだけど、いいの?」

 

「ぬおう! パンツどころか体の中身まで見られるじゃない! やっぱりなしなし!」

 

 両手で×印まで作って、それはもう断固拒否スルと言った感じで渋い顔をしている。

 

「じゃあ、一旦死ぬのは保留にしてさ、他の方法考えようよ。キミが死ぬのも協力してあげるから、キミも協力してよ」

 

「今日じゃなくてもいいのか?」

 

 ボクの問いに彼女は大丈夫とうなずく。彼女にとって死ぬことは差し迫った問題ではないらしい。

 

「ね、キミの名前は? わたしは中条莉子」

 

 坂崎修一と名前を名乗り返すと、よろしくといいながら彼女はひとなつっこい笑顔で手を差し出してくる。

 白くほっそりとした手は暖かく、彼女がまだ生きていることを確認できた。

 

 ビルを出て別れるところで「絶対に死なせてあげるからね~」とぶっそうな言葉を口走り、手をふって走り去っていった。

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