6話 「共」
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____4年前
アルバス王国 南部 地下都市テグロスにてその反乱は起こった。
辺り一面が、火の海に覆われ__死んでいる親の前で泣き叫ぶ子供、左腕の無い若者、全身燃え焦げている人々、まさに現実に生まれた地獄のような光景であった。
__黒魔術師によって起こされた反乱の日、ルーズ=アルセンは、その反乱の停止を目的とした任務で現地に訪れていた。辺りを見渡すも、360度全てが炎__燃え盛る炎は止まる事を知らないかの様に着々と確実に家々を燃やしてゆく。その地獄を颯爽と走り抜ける女性__『アイリス=テレフォード』
「アルセン!アーリーがやられた!」
真っ赤な火のなか、目尻から輝く涙をこぼし、いつもは綺麗だが今は灰で汚れてしまっている桃色の髪を揺らし戦闘術式を展開したままフラフラの姿でアルセンの前に立っている。
「何!?アーリーが____ッ!?」
「ええ!このままだとまずいわ!指示を!」
「クソッ!撤退だ!」
アルセンの指示の元、今まで闘っていた国家魔術師が戦闘を停止し『防御術式 ロント』を展開した後、少しづつ退却を始めた。
それに対し、黒いフード付きのマントを被った黒魔術師がこの機会を逃すまい!とばかりに、『中級火属性魔法イグニッション』の術式を展開し生まれた火弾を地面目掛けて投げつける。その途端、辺り一面に火が広がり、その火に触れた物体が次々と燃えていく。
「「ううああああ!」」「「熱いよおおお!」」
燃えていく人々から、発せられた断末魔が地下都市に響き渡る。
その声は、永遠と耳の奥深くまで響き、あの光景、あの惨状を忘れさせる事は無かった。
「おい!アイリス!撤退は完了したのか!?」
「ええ!たった今、完了した!」
「わかった。俺達も撤退するぞ!」
「待って_____ッ!!」
そう言いながら、とある場所を指差しているアイリス
そこには、転んで足を怪我したのであろう、まだ3歳位の子供が泣き叫びながら倒れていた。
一般的に魔術師は自分に利益の無い、行動は取ったりはし無い。
詰まり、普通の魔術師ならばあの、子供は見捨ててすぐさま撤退するのが当たり前である。
__なのに、アイリスは……
「アルセン!! さき、行てって!私、あの子供助けるから!!」
「おい!だが、もうすぐそこまで、黒魔術師が迫っているぞ!」
「大丈夫!信じて……」
そう言いながら、アルセンの手を優しく握り締めた後__アイリスは火の海へ姿を消した。
その子供を両手で優しく持ち上げ背中に担ぐアイリス、だが……その瞬間、黒魔術師が放った『下級火属性魔法 バースト』がアイリスの目の前で爆発した。
その魔法により、アイリスと子供は家々が崩れている瓦礫へと吹き飛ばされアルセンの視界から完全に消えた。
「おい!アイリス……!!」
アルセンは、声が枯れる程の大声でアイリスの名前を呼ぶが何の返事も無く、返ってくるのは黒魔術師による攻撃魔法の詠唱だけ………。
そんな、光景が次々と黒で塗り潰されていく__
「うあああぁぁ!」
突如、アルセンの自室に響き渡る叫び声__その声の持ち主は、無論アルセンである。
夢から現実へ戻って来た今でも、あの日あの時聞いた断末魔が脳裏で繰り返しリピートされる。
白い純白のリースを通して、淡い光の月光が窓から差し込む。
そんな、光がアルセンの脳に夜である事を感じさせた。
アルセンは、木製のベットから起き上がり重たい窓をガチャと開けた__開けた途端、春の夜風が部屋へ緩やかに吹き込んで行く。
あの時、俺が行っていれば………なんて、考えが今もなお自分自身の奥底に眠っている。
あの日、アイリスは死んだ。俺の目の前で、一言も話す事なく、あの怒りを忘れない。決して許さない。窮地の相手だと心の中で誓った。あの、魔術師団を__
「お兄様________?」
突如、響く女性の声__その声を聞いた瞬間アルセンは石像の様に固まりピクリとも動かなくなる。
この時、ルナが発した言葉はアルセンの耳には届かず、アルセンの脳内で勝手に予測変換をしてしまっていた。
アイリス………?
「お兄様________ッ!?」
「___________」
震えるルナを見てアルセンは、何の反応を示さない。
そんな、不可解な行動を取ったアルセンを見てルナは少し動揺しながら、両手でアルセンの肩を掴み目を見つめる。だが、そこでルナが見たものは以外な物であった。アルセンの真っ青な瞳から、輝く涙が溢れ落ちていたのだ。
「………え?」
ルナの思考が止まる。今まで見たことも無いアルセンの涙。その光景は、とても『悲しく』そして『残酷』な物であった。『誰?』ルナの脳内でその言葉が聞こえる。
ルナが知っているアルセンは、『人を蔑む目』『人を馬鹿にする』様な態度を取っていた筈、だか__今のアルセンは、気力も無く人を蔑む目さえしていない。その顔は、何か自分の後を追ってくる『黒い手』から逃げている顔
_____怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い
アルセンの心で、その様な感情が生まれる。
その感情は『恐怖』その物、誰でも感じた事があるであろう感情だ。
そして、あの断末魔が脳裏に蘇る。
「うああぁぁ!!」
聞こえて来る。あの日あの時、聞いた死の声が
__現実から、逃れたいのかアルセンは寮全体に響き渡る程の大声で叫び、現実と言う大きな檻から逃げようとするも、再び迫りくる黒の手に捕まり現実に戻される。
「お兄ちゃん!!」
突如、固まって居たルナが体中の力をお腹に込めて、叫ぶ。ただただ、叫ぶ。
その様な反応を見せたルナに対し、アルセンは未だ呆然としている。
その日、アルセンは自分の大罪そして自分がして来た残酷さを長い長い夢の中で感じて居たのかもしれない。その事については、アルセン以外の者誰一人として知らなかった。
『____アル……セ……』
♦♢♦♢
__太陽が南の空に登り西の空に下ろうとしている時間帯。
「ルーズ=アルセン」
「なんですかぁ?」
机に頬杖を立て、教室から見えるテオラスの街を見下す目で見るアルセンに突如、後方から声を掛ける女性__ほっそりとした体系に肩下まで伸びる髪の毛、整った顔、淡い光を放つ紫色の瞳、恐らくそこら辺にいる男が見ると一目惚れしてしまいそうな美女。