てっちゃんのこれまで
てっちゃんはこの時は何も知らない……
「人類は緩やかに衰退し、滅びゆく」
そう高らかに宣言した哲人は感慨に浸っていた。
彼は元来、人間というものが大嫌いだった。理由は彼の暗い生い立ちにある。
母親は田舎の裕福な家の出身で大らかな性格だったが、第一子となる哲人を出産してから精神を病み、誰とも口が利けなくなった。
そして父親は仕事には真面目な公務員であったが、哲人が生まれた頃から家庭を顧みなくなり、家にいる時は終始粗暴な振舞いであった。妻や子に暴力を振るうこともしばしばであった。
そのような中で哲人が3歳になる頃には完全に家庭は崩壊していた。結果的に哲人は母親の実家に引き取られて育てられることになった。
そこでの生活もいいものではなく、およそその年頃の子どもに与えられるであろう「無性の愛」というものが与えられることはなかった。
また、哲人は家族という内部の人間に不信感を抱いただけでなく、外部の人間にも、それと同じような感情を抱いた。
その大きな原因となったのが、彼が小学四年のときに担任の教師から受けた暴力だ。暗い少年で悪目立ちしていたのが災いして、ターゲットになった。ある日は態度が悪いという理由で一日中黒板の前に正座させられ、給食の時でさえ床で食べさせられた。
次第に彼自身も本当に悪い子どもになってしまって、実際に悪態をつくようになって、結果として毎日のように殴る、蹴る、といった暴力を受けるようになる。
周囲の子どもたちが保護者にそのことを報告したようで、その教師は辞めることになったのだが、哲人は学校に通うことをやめてしまった。
それからというもの、哲人は外部に一切の居場所を失い、居心地の悪い母親の実家で引きこもることになる。
そこにいた祖父母は哲人に一切同情することはなく、むしろ「なまけもののてっちゃん」などと冷たく接した。
母親の実家には祖父母の他に母の兄の家族が同居していた。哲人からすると、叔父さんや従兄弟である。祖父母は従兄弟に溺愛していて「なまけもののてっちゃん」などに構っている暇はなかったのだ。
「なまけもののてっちゃん」は今もその家の隅の一番寒い部屋に引きこもっているのだった。トイレの横の北向きの部屋。端っこにあるので誰も来やしない。
そこで30歳になった哲人はこう呟いてみるのである。少し大きな声で。
「人類は緩やかに衰退し、滅びゆく」
十一月の薄闇にひっそりと佇むその部屋で、その言葉はかなり現実感を持っていた。




