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酒と煙草にスパイスを。  作者: 中村悠介
序章〜幼少編〜
7/19

第6話 顔合わせ そして


 アランが依頼した冒険者との顔合わせは、アランが出勤する前の朝早い時間に行われた。


 アランと一緒に庭に出てきたローガンは、家の門の前に立つ人影を見つける。

 その影は遠目から見ても非常に大きいことが伺い知れた。


 アランはその影を見て、手を振りながら大きい声をあげる。



「ウルク! 久しぶり!」



 ウルク、という名前らしいその冒険者は、アランの声に気付くと二人のいる方に手を振りながら歩み寄ってきた。



「よおアラン! 10年ぶりくらいか? ったくお前が立派に父親やってるなんてなァ」

「そういうウルクだってローガンと同い年の息子がいるんだろう?」

「まァな!」



 そう言って肩をたたき合う二人。

 昨晩のアランが言っていた、自分の古い知り合いだという言葉は本当だったのだろう。


 仲良さそうにアランと話し始めた冒険者は、非常にたくましい見た目をしてた。

 

 筋骨隆々。

 軽く2mは超えているのではないかという身長と、丸太のように太い腕。

 浅黒く日焼けした肌にはいくつかの傷跡がのぞいている。

 短く切りそろえた燃えるような赤毛の下に覗く瞳は、野生動物のような獰猛な光を宿していた。


 背中に携えた身の丈ほどの肉厚な大剣も、常人なら持ち上げることさえ困難だろう。

 しかしそれすらも容易に扱えるのだろうという風格が、彼にはあった。


 その大男は、ローガンの前でしゃがみこむ。



「ようローグ。挨拶はできるかァ?」

「で、できます。よろしくお願いします、ウルクさん。」



 自分も父親だというウルクは、ローガンと視線を合わせて話し始めた。

 内心ビビりつつも丁寧に返答したローガンの頭をぐしぐしと乱暴に撫でると、ウルクは言う。



「賢い坊主じゃねえかァ。さんはつけなくていいぜ。ウルクか、師匠って呼んでくれや」

「師匠なんて呼ばなくていいよローグ。そいつすぐに調子に乗るからな」

「うるせえやいアランこのやろ。ったくお前が依頼をしたっつーから何だと思えば、天才息子に戦いを教えろだってよ」



 天才ねえ、と品定めするようにローガンを見るウルク。

 突き刺すようなその視線の圧に押され、ローガンは二三歩たじろいだ。



「確かに、いい身体してんなァ。5歳にしては、筋肉の付き方が違えや」

「そうだろ? ローグは本当にすごいんだ」

「ははっ。ま、それはこれからわかることだな。それよりアラン、お前そろそろ行かなくていいのか?」

「ああそうだった。じゃ、ローグのことよろしくね」

「おおう任せろ!」


 その後も二言三言言葉を交わした後、さっと服のしわを伸ばしたアランは王宮へと出勤して行った。



「さァて天才少年くん。お前さん、何がやりたい? 剣にしろ槍にしろ、俺は一通り教えられるぜ」

「僕は……」



 そこで一つ考え込む。

 確かに剣や槍の方が間合いも長く有利かもしれない、と。


 間合いが長いというのは重要だ。

 相手の攻撃が届かない所からでも攻撃することができ、わざわざ懐に潜り込む必要もないからだ。


 しかし、それでも。



「僕は、徒手がいいです」



 ローガンは武器を使わないことを選んだ。

 もしかしたら間違った選択かもしれない。

 しかしローガンは前世で教えてもらった技を全て無にはしたくなかった。



「ほおう、徒手ねェ……」


 ウルクは顎に手を当てて唸った。


「一応アランからローグの意思を尊重しろとは言われてるんだが、徒手たァなァ……」

「ダメ、ですか?」

「いんや、ダメってわけじゃねェさ。ただローグ、わかるだろ? パンチっつーのは当たった瞬間しか攻撃できないんだ。剣とかなら突いてる時も引いてる時も攻撃できるんだがなァ。これっていうのは結構でかい。魔物とかと戦う時もそいつが爪を持ってるかいないかで大分危なさが変わってくるもんさ」

「そっか……」

「でもま、ダメってわけじゃない。聞けばお前さん、なんでもスキルを持ってるそうじゃねえか。治癒力だっけか? 徒手っつーのはそのスキルを活かせるかもしれねえしな」


 

 身ィ一つで戦えるっていうのも案外デカいことだしな、と言い考え込むウルク。

 数秒経ってから、それにしても、と切り出した。



「ローグ。お前さんなんで徒手がいいんだ? こういっちゃなんだが、剣とかの方がかっこよくないか?」

「それは……」


 言葉に詰まるローガン。

 前世のことが理由とは言うわけにはいかない。

 少し考えて、ローガンは口を開いた。



「一番自信があるから、ですかね……?」



 自信がある。

 5歳の子供が口にした言葉に首をひねるウルク。

 しかし、アランの言っていた天才という言葉を思い出して、一つ確かめることにした。

 ただでさえ、あのプリーシア家なのだ。

 規格外がいてもおかしくないだろう、と。


 右手を広げてローガンの前に突き出したウルクは言う。



「ローグ。ここに思いっきりパンチしてみろ」

「……? わかりました」



 疑問符を飲み込んだローガンは左足を軽く前に出し、右手を胸の前に置く。

 そして、すぐに拳が出せるように手をリラックスさせる。


 ニヤリ、とウルクが唇をゆがめたのが合図となった。



 ローガンは拳を打ち出す。


 つま先、太もも、腰と回転を伝えていき、その回転が肩に届いた瞬間、鍛えられた筋肉が怒張する。


 そして――



 ――ドパン。



 ローガンの拳がウルクの手のひらを打ち抜いた。


 それはただの子供の拳とは思えないような速さで、強さで、音で振りぬかれた。



「……こりゃ、っやっべェな……」


 ウルクが口の中で小さく呟いた。


「なァローガン。アランはまだお前にちゃんと戦いは教えてないと言っていたが、それは本当か?」

「う、うん……。多分……」


 曖昧にうなずくローガン。

 

「もし本当に戦いを教わってないなら、お前は本当に天才ってやつだ。これがプリーシア家じゃなけりゃ、武神アイレウスの生まれ変わりっつー所だったなァ」


 よし、とウルクは一つ手を叩いた。


「いいぜェ、ローガン。徒手、な。徒手」


 ウルクはローガンに右手を差し出しながら言う。


「これからよろしくな、ローグ。俺が責任をもってお前を強くしてやるよ」



 ローガンは、パシッとその手を掴んだ。



「よろしくお願いします、師匠」





ーーーーー





「プリーシア家のとこの坊ちゃん、またやってるよ」

「ほんとに頑張るねえ……」

「おーいローガン、あとでうちによってけよ! 飲み物安くしとくから!」


「ありがとう!」



 少年は声を返す。

 あれから2年。

 彼――ローガンは、もう7歳になっていた。


 タン、タン、タン。


 ローガンが地を蹴る音が響く。


 そして、その彼の両肩には重そうな石が2つ乗っかっていた。


 タンタンと地を蹴る度に重石は揺れ、ローガンの肩はギシギシと悲鳴を上げる。

 そしてその悲鳴を聞く度に、ローガンは脳内で歓声を上げていた。


 肩で風を切る感触。

 肩の骨が軋む感触。

 

 ローガンが興奮するには十分すぎるほどだった。



「気持ちいい――!」



 ローガンが叫び、加速する。


 今、彼にはもう一つ心を躍らせることがあった。




 5歳のあの日から2年間。

 ローガンとウルクの訓練は続いていた。

 

 当然ウルクもほかの依頼を受けることもあり、長く日があくこともあった。

 頻度だって今では月に1回日ごろの鍛錬の成果を見てもらってアドバイスをもらう程度だ。


 訓練というより、指導という方が正しいだろうか。

 この2年間続けられてきたそのウルクの指導は、今ではローガンの大きな楽しみとなっていた。




 そして明日は久しぶりの訓練の日である。


 ローガン達の住む王都から少し離れた森へ行き、そこで1泊するのだ。


 今までも町を離れたところで訓練をしたことはあったし、野生動物と戦ったこともある。

 しかし森に、それも泊まりで訓練をするなんてことは今までなかった。


 さらに――



「楽しみだなあ。師匠の息子さん、か……。強いのかな? 確か、ハーフエルフらしいけど……」



 ――明日の訓練は、ウルクの息子も一緒に来ることになっていた。


 ウルク曰く相当美人なエルフの奥さんとの息子で、ハーフエルフ。

 エリス、という名前だということと彼自身もかなり顔が整っているということしか知らないローガンは、明日初めて会うのを楽しみにしていたのである。

 なんだかんだで訓練付けで同年代の友達がいないローガンは心を躍らせていた。



(エルミス様、素晴らしき出会いに感謝を……)



 ローガンは走りながら、心の中で最高神エルミスに感謝の気持ちを奉げた。


 すると。


 彼が一歩踏み込んだ所に生えていた干からびかけの花が、淡い光に包まれ、そして見る見るうちに生気を取り戻していった。



 それはまさしく、あの日見た回復魔法のようで――――。




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