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酒と煙草にスパイスを。  作者: 中村悠介
序章〜幼少編〜
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第5話 感謝 冒険者




 次の日から、ローガンの訓練はより苛烈になった。


 色々思う所があり、さらに怪我をしても瞬く間に癒えるスキルを得たため多少無理なこともできるようになったこともある。

 

 アランは自分も祝福の後は四六時中訓練していたこと思い出していた。

 確かに苛烈かもしれない。

 でも今は好きなようにさせるのも悪くないだろう、と。

 アランとミーシャは見守る方針にしたようだ。



「――フッ! ハッ、ハァッ!」



 ローガンは鋭く息を吐きながら、身体を流れるように動かす。


 これは、前世で祖父に教えてもらった型。


 あの頃は半分寝ていてもできるほど身体に染みついていた型だったが、何しろその身体が違うのだ。

 それにこの世界に来てもう5年。

 半ば忘れかけていた動きだったが、何度か繰り返すうちにそれは鋭さを取り戻していた。



 突き、突き、払い。

 蹴り、払い、突き。


 鋭く突き、鋭く引く。

 疾く蹴り、疾く戻す。


 今までの生活から筋肉が多かったこと、それにまだ体重が軽いこともあり、その動きはともすれば前世よりも流麗になっていた。


 ローガンは、型を繰り返す。





ーーーーー





 アランは今朝、いつもより1時間以上早く家を出た。

 それは向かう場所あってのこと。


 冒険者組合。

 あるいは単にギルドと呼ばれるそこが、アランの目的地だった。


 まだ朝早いというのに人の出入りが激しいのは昔と変わらないな、と。


 若い頃足しげく通っていたことを思い出しながら、アランはギルドのドアを開けた。


 ギィィ、という音を立てる少し立て付けの悪い扉も、あの頃のままだった。

 喧騒を通り抜けて受付に行き、アランは一つの依頼を発注した。


 その依頼とは―――





ーーーーー





「母さま、回復魔法を教えてください!」



 鍛錬を切り上げて昼食を食べ終えたローガンは、ミーシャに頭を下げた。

 それを見たミーシャは目を丸くしている。


 魔法が使えないとわかって酷く荒れていたのがつい昨日のこと。

 たった一日で自分から魔法の話をするようになるまで回復するとは思わなかった。

 昨晩はミーシャとアランでしばらくは魔法の話は避けた方がいいだろうという話し合いまでしたところである。


 だが、これは嬉しい誤算だ。

 ミーシャは精一杯に微笑んでローガンの頭を撫でた。



「いいわよ、ローグ。一緒に頑張りましょうね」



 適正があるかはわからない。

 もしかしたら一切上達しないかもしれない。


 それでも、頑張ろうとする子供を邪魔する道理は、ない。



 回復魔法。

 それは火や水といった魔法とは異なるものである。


 何もない所から火や水を生み出し、それを操ったりする四属性の基本魔法。

 それとは違い回復魔法とは、神々が作り出した生命に直接作用し癒したりする魔法である。


 前者が『詠唱』と呼ばれる行為を媒介として発動するのに対し、後者、つまり回復魔法は『祈祷』と呼ばれる特殊なものを媒介としていた。



「きとう……?」

「そう、祈祷。神様に、そして色んなものに感謝する気持ちよ」



 色んなものに、感謝……。

 ローガンは早速実践してみることにした。



「母さま、ありがとう。僕を生んでくれて」

「うふふ、こちらこそありがとうね。私の息子に生まれてくれて、本当にありがとう」



 そう言ってミーシャが強くローガンを抱き寄せると、ローガンは自分の胸がなんだか温かくなったような気がした。


 これが回復魔法かもしれない。


 ローガンはこの感覚を記憶にとどめておくことにした。


 母親の愛情も、前世では味合わえなかったものだった。




 自室に戻り、ローガンは考え込む。



「感謝……。感謝、ね……」



 自分の中にある、今一番の感謝。

 それは――――



「――――生きている、こと」



 前世では、祖父を置いて先立ってしまった。

 一人で勝手に死んでしまった。


 でも、今自分は生きている。

 新しい命を貰い、生きている。


 生きている。

 

 生かされている。



 胸にぽかぽかとしたものが宿ったような気がした。



 ローガンは立ち上がる。


 何かしなくてはいけない。

 そんな気がした。





ーーーーー





 衝動のままに外に出たローガンは屋敷の壁を登っていた。


 ちょっとしたとっかかりに手をかけ、引く。

 わきの下の筋肉が膨張し、背中の筋肉が痙攣する。

 ローガンにとっては最高に気持ちいい感覚だ。

 生きている。

 生きているということが一番よくわかる感覚。



「うおぉぉぉぉぉぉ!」



 気分が高揚し、ローガンは奇声を発した。



「ろ、ローガン様、お気を付けくださいね……」



 そんなローガンを心配した眼差しで見守るのは、この屋敷で一番若い使用人のリリィだ。

 年は16歳。

 背は低く、髪は明るい茶色をしている。

 彼女はぐんぐんと壁を登っていくローガンを見て不安そうな声をあげた。



「大丈夫だよリリィ」



 ローガンは壁に張り付いたまま振り返って答えた。


 ローガンがこういった危険なことをするのは今に始まったことではない。

 だが何かあった時のためにいつも誰かが見ていることになっているのだ。

 それが今回はリリィだった。


 3mは登っただろうか。

 ローガンは下をちらりと確認し――



「よっと」



 ――そのままひょいと飛び降りた。



「きゃ、きゃぁ――!! ローガンさま!?」



 リリィは悲鳴を上げる。


 対するローガンは体を丸めて転がりながら着地。

 怪我一つなく、むしろ受け身が上手くいったことに満足気な表情をしていた。


 ローガンは服に着いた汚れをぱっぱと払いながら立ち上がり、そばに駆け寄って来てくれたリリィを見る。



「もうローガン様、驚かせないでくださいよ……」

「リリィ、ありがとうね」

「は、はい……?」

「いつもありがと。僕たちのお世話をしてくれて」


 急に感謝されたリリィは小首をかしげる。


「は、はい。まあそれがリリィのお仕事ですから……?」



 感謝、感謝。

 とりあえず今自分にできることは、感謝と鍛錬。


 そうだ、とローガンは口の中で小さく呟いた。



「リリィ、次は木の所に行くよ」

「わ、わかりました。でもあまり危ないことはなさらないでくださいね……」

「大丈夫。今度は危なくないから」



 そう言って向かったのは、昨日殴りつけていた木がある所だ。

 見てみると、やはり木は皮がボロボロと剥けており、所々に緑色の組織がむき出しになってまでいる。

 点々とした赤い色は、ローガンの血だろう。


 その木を撫でながらローガンは囁く。



「昨日はごめんな。ありがとう」



 感謝。感謝だ。

 全てのものに感謝。

 ローガンは自分の理不尽な怒りを受け止めてくれた木に感謝を囁いた。


 回復魔法は使えないが、それでも早く治ってくれるようにと。

 ローガンは感謝を囁いた。



「これからもよろしくな」



 ローガンはこつんと木に拳をぶつける。

 その木はまた、ローガンの拳を優しく受け止めた。

 

 



ーーーーー





 その後もいくらか鍛錬を続けたローガンは行水をして汗を流し、夕食の席に向かった。


 いつもより少し遅く帰ってきたアランを迎え、夕食が始まる。



「なあローグ。いい知らせがあるんだ」



 食事も一段落ついてきたころに、アランは切り出した。



「明日から、冒険者の人がお前に訓練してくれるようになったぞ」

「冒険者の人が……?」

「そうだ。かなりベテランの人で、俺の昔の知り合いでもある」



 アランが今朝ギルドで発注した依頼がこれだった。

 昨日は何もできなかったアランがローガンのために何かできるのではと悩んで出した答えである。



「ありがとう、父さま!」



 ローガンは弾んだ声をあげた。

 元々この話は聞いていたのか、ミーシャも優しく頷いている。


(冒険者、か……)


 小さい頃寝物語で聞いた話の中には、冒険者の英雄譚のようなものもいくつかあったはずだ。

 冒険者というものに密かな憧れを抱いていたローガンは、明日が楽しみになった。


 魔法が使えないのは仕方がない。

 そんなもうどうしようもないことにこだわってうじうじするのではなく、自分にできることに目を向けよう。

 自分には何があるか。

 

 大好きな家族がいる。

 大好きな筋肉がある。


(冒険者の人の訓練……。きついのかな? きついといいな)


 ローガンはまだ見ぬ痛みを想像してワクワクした。



「父さま、本当にありがとうね」

「はは、どういたしましてローグ。その気持ちを訓練に向けてくれればいいさ」

「うん、わかった! ありがとう!」


 と、何度もありがとうと口にするローガンを見て、ミーシャは笑いながら頭を撫でた。


「うふふ、ローグは早速実践してるのね」

「ん? 実践って何をだ?」

「ローグ、回復魔法を使えるようになりたいんだって」

「回復魔法か! そりゃあいいなあローグ。回復魔法ならローグのスキルに合ってるし、案外才能があったりするんじゃないか?」


 俺は苦手なんだがな、と頭をかきながら言うアラン。

 基本4属性の魔法はすべて使えるアランだったが、唯一回復魔法だけは彼は使うことができなかったのだ。


「回復魔法なら母さんの十八番だ。しっかりと教えてもらえよ」

「うん! ありがとう、父さま、母さま」


 頑張れよ、と頭を撫でてくるアランに、ローガンはくすぐったそうに目をつむる。


 感謝、感謝だ。

 魔法が使えない自分を、それでもこんなに愛してくれる家族に、ローガンは言葉にしきれないくらいの感謝を感じた。



 注意を向けてみればこの世界には感謝するもので溢れているんだな、とローガンは新しい発見をした。




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