第3話 失意 失望
ローガンは倒れこむようにベッドに寝転んだ。
天井を仰ぐと、いつも寝る前に数えたりする天井のシミが、今は一つも見えなかった。
ローガンは、泣いていた。
帰り道のことはあまり覚えていない。
確かアランが、
「すごいスキルが授かれたな! いいなぁローグは。父さんもスキル欲しかったな!」
だとか、
「ローグの適正、バランスがいいらしいな。そういう万能型は戦地では役に立つんだ」
だとか言っていたような気がする。
慰めようとしてくれたのだろう。
ローガンはそれが余計に辛かった。
「魔法が使えない」
言葉に出すと、無性に涙が出てくる。
胸の奥の方を掻き毟りたくなる。
「魔法が使えない」
できそこないだ。
スキルがあるかないかなんて話じゃない。
魔法が使えないのだ。
「魔法が、使えない」
普通の人は必ず一つは適性があり、多い人は複数に適性がある。
その適正が、一つもない。
魔法が一つも使えない。
「魔法が、使えない!」
ローガンの瞼には、あの光景が張り付いていた。
アランの、司教に言葉を告げられた瞬間固まった表情。
失望、したのだろうか。
そりゃあそうだろう。
彼ほど魔法を教えることを楽しみにしてた人はいない。
なにせ彼は、宮廷魔法使いなのだから。
魔法の話をしているときのアランは、どんな時よりも輝いていた。
「魔法が使えない……」
ローガンはこらえきれなくなり、起き上がって壁を殴りつけようとした。
しかし、寸前で思いとどまる。
「これ以上、迷惑はかけられないな……」
魔法も使えないくせに、屋敷のものも壊すなんて最悪だ。
ローガンは外の空気を吸いに庭へ向かった。
ーーーーー
「僕は、最低だ」
アランは壁に向かって吐き捨て、自分の頭を掻き毟った。
息子が生まれた時から、父親の威厳を出すために変えていた一人称の、"俺"。
アランはそれすら保てなくなるくらいに取り乱していた。
「僕は、僕はなんてことをしてしまったんだ……! 自分の、息子に!」
失望、してしまった。
魔法が使えないのかと、がっかりしてしまった。
自分の息子にだ。
確かに魔法が使えないというのはこの世界で生きる上では致命的かもしれない。
いくらスキルがあろうとも、普通の人が当たり前にできることができないというのは大きい。
でもアランががっかりしたのは、そこではなかった。
アランは、本当に楽しみにしていたのだ。
息子に魔法を教えることを。
火属性だったら、自分で怪我をする危険があるし周りのものを燃やしてしまったら大変だ。
じっくりと丁寧に使い方を教えつつ、安全について色々教えなければいけない。
まあローガンは賢いから不用意に魔法を使ったりはしないだろうが。
火魔法は一番荒々しい魔法なのだ。
水属性だったら、きっとこれから夏に向かうこの季節にぴったりだ。
どこかの川に遊びに行くのもいいかもしれない。
水とたくさん慣れ親しんで、早く魔法が使えるようになるといいな。
水魔法は一番美しい魔法なのだ。
風属性だったら、色んな使い方があるだろう。
まずはどれも少しずつ教えて、本人が一番気に入ったものをやらせよう。
頭がいいローガンなら案外使いこなすのも早いかもしれない。
風魔法は一番面白い魔法なのだ。
土属性だったら、ローガンには似合っているな。
あの魔法はあれだけ身体を動かすことが好きなローガンにはぴったりだろう。
剣なんて習わせるのもいいかもしれない。
土魔法は一番力強い魔法なのだ。
もしこの時こんな質問をされたら、こう答えればわかりやすいだろうだとか。
もしあそこで躓いたら、こう教えてあげれば突破できるんじゃないかだとか。
幸い自分は全属性に適性がある。
ローガンがどの属性を引いても、満足に教えられるはずだ。
色々考えた。
色々妄想した。
全部、全部ローガンのためだと思っていた。
でも――
「――父親失格だ」
結局の所、自己満足でしかなかったのだろう。
ローガンに魔法を教えたいという自分の願望。
ローガンのためではなく、自分のため。
ふと、脳裏にある光景が思い出される。
ローガンが自室にこもる前に放った一言。
「一人にしてください」
そういう彼の目には、強い拒絶があった。
どうすれば良かったのだろうか。
わからない。
でも、自分が間違えたことだけはわかっていた。
ローガンはスキルを授かったのだ。
昔自分が渇望してやまなかった、スキルを。
魔法云々じゃない。
まずはそれを褒めなければいけなかった。
いや、それも違う。
しなければいけないとか、こうすればよかったとか、そんな正解なんてないはずだ。
安易な問題とは違うんだ。
自分の息子の、心の話なのだ。
じゃあ、じゃあ一体どうすれば。
悩んでも悩んでも答えなんて一切出ない。
「ローガン……」
その男の苦悩に満ちた慟哭を聞くものが、一人。
ーーーーー
「くそっ! くそっ!」
外に出たローガンは、庭の木に拳を叩きつけていた。
その根元には、剥がれ落ちた木の皮がいくつも転がっている。
その頬には涙があった。
「なんでだよ! なんで!」
叩きつける度に皮膚は裂け、骨が砕ける。
しかしそれは、再び拳を握り固める頃には完全に治っていた。
なるほど、強力なスキルかもしれない。
でも――
「――魔法も使えないんじゃ、こんなの要らない!」
傷が癒える度に、ローガンは自分が魔法を使えないという現実を叩きつけられるようだった。
それでも何かせずにはいられず、木に拳を叩きつけるのである。
自分が生きているということを教えてくれた痛み。
それは今も、ローガンが生きているということを否応なしに教えていた。
一つ。
昔の話をしよう。
ローガンがこの世界に生まれる前の話。
ローガンは――いや、青年は。
青年は孤独だった。
まだ物心もつかない頃に両親を亡くした彼は田舎で武道の道場を営む祖父母の家に引き取られ、そこで三人で暮らしていた。
少し頑固で、道場では厳しかったが彼のことをとても大切にしてくれた祖父。
いつも優しく、家事が上手で彼をかわいがっていた祖母。
青年にとって、祖父母が両親代わりだった。
中学に上がる頃に祖母が亡くなって祖父と二人暮らしになり、そして東京の高校に進学することが決まった青年は、祖父を置いて東京に出た。
ようやく独り暮らしにも慣れ始めた頃、彼は殺され――生まれ変わった。
だから彼は、親の期待というものには縁がなかったのだ。
親がいなかった彼には、縁がなかったものだったのだ。
重い、なんて思わない。
自分が愛されているのだと実感させてくれるようなその期待は、ただただ心地よかった。
なのに。
「なんで……!」
親に期待してもらえるのも初めてならば、その期待を裏切るのも初めてだった。
魔法を教えたいという願い。
いい適正があってほしいという期待。
それを、裏切ってしまった。
魔法が使えない。
なんて親不孝者なんだろうか。
そうして青年が――ローガンがまた拳を叩きつけようとしたその時。
かすれたようで、それでいて力強い声が彼の名前を呼んだ。
「ローガン様。おぼっちゃん。お止めなさいな」
そこにいたのはルーカスだった。
この屋敷に仕え続けてきた使用人だった。
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次話は本日23時頃投稿予定です!
2017/9/7 誤字修正