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酒と煙草にスパイスを。  作者: 中村悠介
序章〜幼少編〜
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第2話 祝福 絶望


 走る。走る。走る。


 ローガンは屋敷の庭をひたすらに走っていた。

 

 段々胸が苦しくなってくるが、それはローガンにとって苦にはならない。

 

 速度が上がって勢いがついてくると、ローガンは意味もなくでんぐり返しをしたり側転をしたりし始めた。


 一歩踏み出すごとに痛む足は、先日のスクワットの影響だろうか。

 側転をすると走る痛みは、この前の逆立ちのおかげだろう。



(楽しい。気持ちいい!)



 加速する足。

 彼は側転をし、そのまま転げるように宙返りをした。

 

 そして寝っ転がり高く青い空を仰ぐ。

 一陣の風が彼の火照った身体を撫で、芝生の緑が彼の手足をくすぐった


 仰向けに寝転ぶ彼の頭上からサボテンのような声が降り注ぐ。


「ほっほっほっ。お坊ちゃんは本当に身体を動かすのが好きですな。この爺、肝が冷えましたぞ」

「楽しいし、気持ちいんだもん。じいもやってみる?」

「これはまたご冗談を。爺は膝を悪くしておりますからな」


 ローガンの祖父の代からプリーシア家に仕えている使用人のルーカスだ。

 彼は昔ひょんなことから祖父に助けられたことがあり、その時からずっとこの家に仕え続けているのだ。


「ささ、怪我をしますと明日の式に響きます。屋敷に戻りましょう」


 ルーカスは片手杖をつきながら、それでも力強い歩きでローガンと屋敷に戻った。



 明日はローガンの5歳の誕生日。

 教会で祝福を受ける日だ。






ーーーーー





 エルム教とは、この大陸で最もポピュラーな宗教の一つである。

 最高神エルミスを主軸に据えた多神教で、戒律もあまり厳しくないためこの国のほとんどの人が信仰していた。


 その教会で祝福を受けることは、いくつかの意味が存在する。


 一つは、その人が正式なエルム教徒になるということ。


 そしてもう一つ。

 それは『スキル』や『ギフト』と呼ばれる特殊な力の存在だ。


 大岩を持ち上げる怪力や少し先の未来を見通す力といった強力なものもあれば、少し爪が伸びやすい程度のしょぼい力など、その能力は多岐に渡り、それを発現させるには教会で祝福を受ける必要があった。


 実際は祝福を受けても能力が発現しないことの方が多い。

 しかし多くの親は、子供の幸せを願って教会に祝福をしてもらいに行くのだ。

 ちなみに、この祝福にお金はいらない。

 誰でも無料で受けることが出来る。



 さらにこれとは別に、少し高めの小布施を必要とするものもある。


 それは、魔法適正の測定。

 まだ幼いうちに火、水、風、土の四属性の中でどれに適正がありどれに適正がないかを知ることで、合理的な魔法教育を受けることが出来るのだ。

 そのため貴族や金持ちはこの祝福を受けることが多く、貴族ではないにしろ魔法使いとして成功していて多少の貯えがあるプリーシア家もその例に漏れなかった。



「ローグお前はどんな魔法が得意なんだろうな」

「でも僕はスキルが楽しみだな」

「ああ、それもそうだなぁ。まあでも父さんはスキル持ってないけど苦労はしたことないし、授かれなくても気にすることはないからね」

「そういうこと言わないでよ、ほんとにもらえない気がしてくるじゃん」

「はっはっ。確かにそうだな。うん、ローグはやっぱり頭がいいなあ。きっとすごいスキルが貰えるさ」



 今日ローガンと一緒に教会へ向かっているのは父親のアラン一人だ。

 昨日の夜急に熱を出してしまったソフィアが心配だからと、母親のミーシャは家に残ることにしたのだった。

 屋敷では4人の使用人を雇っており、中にはルーカスのようにずっとこの家に仕えてくれている人もいるのだが、しかしミーシャはやはりソフィアを置いていくことはできないと言った。




 プリーシア家の屋敷は市民街の中ではかなりの一等地の、貴族街寄りの場所に位置している。

 そして今向かっている教会があるのは貴族街の中だった。



「やあティム。今日も警備ご苦労さん」

「よおアラン。そっちはお前さんの息子か?」

「ああ、今日で5歳になるんだ」

「ってーことは教会か。よし、通っていいぞ」



 王宮に仕える宮廷魔術師のアランは、貴族街の門番とは顔見知りのようだった。



「いいスキルが貰えるといいな!」

「うん!」



 ローガンは振り返って手を振った。





ーーーーー





 白く輝く壁に赤茶色の屋根。

 門の前には最高神エルミスが翼を広げた姿の像が建っている。


 それが、貴族街におけるエルム教の教会である。



「いい子にしてるんだぞ」


 アランがローグの頭を撫でながら囁く。


「ま、お前は賢いからわかってるだろうけどな」



 二人は大きな木の扉を開け、教会に入っていった。


 大きな燭台がいくつも並び、そこから放たれた淡く揺れ動く光が神秘的な雰囲気を醸し出している。

 天井には最高神エルミスを始めとしたエルム教の神々が描かれた絵があり、並べられた木の長椅子に座る幾人かを優しく見つめていた。


 その中に知り合いでもいたのか、アランが静かに頭を下げる。

 きっと王宮にいるような位の高い人なのだろう。


 祈りをささげている人たちを通り過ぎ、奥にいる司教らしき人物の所まで歩いていく。



「司教様、よろしくお願いします」



 司教は柔らかく微笑み、二人を別室に連れ立った。

 


「では、これからローガン・プリーシアに祝福を授けます。」



 水晶のような材質でできたエルミスの像が鎮座している部屋で、儀式が始まった。

 司教は立膝のような恰好をし、立てた膝の上で両手を組んだ。


「私の真似をしてください。できますか?」


 司教はローガンに優しく問いかける。

 しかしローガンは生まれた時から物心がついているようなものなので無用な心配だった。

 

「はい。できます」


 ローガンがそう言うと、司教はことさらに微笑んむ。


「あなたならきっと良い信徒となるでしょう」


 司教はエルミスの像を見上げる。


「最高神エルミスよ。創世の神々よ。地を創り、昼を創り、生きとし生けるもの全てを作られし神々よ。海を護り、夜を護り、死した魂を護る神々よ」



 その後も滔々と祈りの文言が続く。

 

 そして――


「――今ここに、新たにあなたを信ずる徒をお認めください」



 司教がそう言い終わり、膝で組んでいた手を像に向かって掲げる。

 すると透明だった像が淡く光り出し、その光が収束して一つの玉となりローガンの胸に飛び込んできた。


 温かいような、ほっとするような、何とも言えない心地よい感覚が生まれる。


 その感覚も収まり、終わったのかとローガンが立ち上がろうとすると、像の中でもう一つの光が生まれた。



「ローガン、感謝を奉げましょう。贈り物(ギフト)です」



 ギフト。つまりスキルだ。

 後ろの方でアランが息を飲むのが聞こえた。


 その光は先ほどとは違い、収束せずにローガンの全身に降り注いだ。

 何やら言い知れぬ感覚が湧く。

 体中の細胞が喜んでいるような、そんな感覚だ。


 数秒。


 その光も収まり、すべての儀式が終了すると、司祭は立ち上がった。



「エルム教の信徒、ローガン。あなたはエルミス様に愛されていますね。あなたのギフトは、とても強力なものですよ」

「そ、それで一体! ローガンにはどんなギフトが?」


 アランは、普段の落ち着いている感じからは想像もできないくらい身を乗り出して司教に聞いた。


「落ち着きなさい信徒アラン。彼のギフトは――どんな怪我でもたちどころに癒す、治癒力です」

「治癒力……。それは、本当にありがたい……。エルミス様、本当に、本当にありがとうございます」


 アランは先ほどの司祭と同じような格好をして感謝の言葉を紡いだ。

 ローガンもその隣で一緒になって祈る。


 そういえば、とローガンは思い出す。

 この祝福で、もう一つわかることがあったはずだ。

 それは、魔法適正。

 火、水、風、土の四属性の中でどれが一番適性があるか、またないかがわかるという。



「司教様、それでローガンの魔法適正は……?」


 アランの頭の中で色々なパターンが思い浮かぶ。

 火だったらこうしよう。水だったらこうしようと、自分に子供ができる前から妄想を繰り返していたことだったのだ。


 しかし、司教様は言いづらそうに少し顔をしかめた。


 まさか。

 そんな思いがアランの頭をよぎった。


 司教はつかつかとアランのそばまで歩いてきて、小さな声で耳打ちをする。



「……非常に言いにくいことですが、ローガンは、どの属性にも適性がほとんどありません……」



 少なくとも基本四属性の中には、と付け足す司教の声も碌に認識できないほど、アランは表情を保つのに苦労した。

 何もかもがわからなくなる。

 どうローガンに伝えようだとか、これからどうしようだとか、色んなことが頭をぐるぐるめぐる。


 そんなアランを見て、ローガンは察した。

 自分の中でも、そんなような予感がないではなかった。


 自分には魔法適正がないのではないか、と。






 ―――真っ暗になる。

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