第1話 誕生 そして
目が覚めると――いや、気づいた時にはと言うべきか。
青年は見知らぬ場所で横たわっていた。
(……どういうことだ? 俺は一体……)
覚えているのは荒らされていた自宅。
突き出されたナイフ。
そして――
(何があったんだっけ……?)
何度瞬きしようとぼやけたままの視界。
とりあえず起き上がろうとした彼は、自分の身体が思うように動かないことに気付いた。
(どうなってるんだ? 身体が、重い……。なんだこれ……)
起き上がろうとしても起き上がれない。
身体に力が入れられない。
(俺は今、本当に生きているのか? もしかしたらあのまま死んだんじゃ……)
自分が生きているかすら、認識できない。
この事実はすさまじい焦燥感として彼を襲い――
「――ホァァァァァァァ! ホッギャァァァァァァ! ファァァァァァァァ!?」
彼は大声で泣き出した。
泣かずにはいられなかったのだ。
どんなに泣いてもどうにもならない。
それにひたすら怒りを覚えて、彼はじったんばったんと暴れ出した。
すると、どこかにぶつけたのか、彼の手に痛みが走った。
(痛い! 痛みだ! 痛いってことは、生きてる。俺は今、生きてるのか!)
鳴き声に駆けつけた使用人と彼の母親が、狂ったように手足をばたつかせている彼を抱きかかえてあやすとすぐに眠ってしまった彼だったが、この体験が彼の人格形成を大きく左右するのであった……。
青年は、赤子になっていた。
ーーーーー
「ローグももうすぐ5歳ね」
夕食の席で子供用の椅子に座ったローガンに、母親のミーシャが話しかけた。
ローガン・プリーシア。
彼がこの世界に生を受けてから、もう五年が経っていた。
「5歳になったら、教会で祝福をしてもらえるんでしょ?」
もう話すことも聞くこともかなりのレベルで可能になったローガンのこの問いには、彼の父親――アラン――が答える。
アラン・プリーシア。
魔法の大家であるプリーシア家の名に恥じない魔法の名手で、その職業は宮廷魔法使い。
ローガンと同じ深い茶色の髪と、焦げ茶の瞳をした二枚目だ。
その甘いマスクとは裏腹に苛烈な戦いをする彼は、『爆炎』の二つ名で知れ渡っていた。
「楽しみだなあローグ。祝福を授かったら、魔法の練習も初めようか」
「うん! 僕も早く魔法を使いたいな」
「きっとローグは才能があるよ。なんてったって父さんと母さんの子だからね!」
そう言ってアランがローガンの頭を撫でた時、食堂のゆりかごで眠っていた赤子がぐずり始めた。
「ふぇぇぇぇぇん、ふぇぇぇん」
そのかわいらしい泣き声に、ミーシャが駆け寄って抱きかかえる。
「あらあら、お腹空いちゃった? 寂しかったの? よしよしいい子ね~」
ローガンの妹、生後2か月のソフィアだ。
前世では一人っ子、というか独り暮らしだったローガンはソフィアのことを内心めちゃくちゃかわいく思っていた。
ソフィアの方を見つめて頬を和らげるローガンを見て、アランが言った。
「ローグ、お前もちょっと前にはあのゆりかごで寝てたんだよ。覚えてる?」
「うーん、覚えているようないないような……」
覚えている。
しかしローガンは曖昧に笑ってごまかした。
ーーーーー
夕食の後、ローガンは逆立ちで自室に続く階段を登っていた。
これは、彼の日課の一つである。
段差もものともせず、体幹をまっすぐにして登る。
腕も腹もぴくぴくと痙攣しているが、顔だけは幸せそうに笑っていた。
正直異様な光景だ。
そんなローガンの姿を見てアランは言う。
「ローグは本当にすごいなぁ」
「そうかな?」
「うん、本当にすごいよ。父さんそんなことできないからね」
最初ローガンが逆立ちし始めた時は怪我しないか心配してたアランだったが、転ばずに、それに楽しそうに逆立ちで歩くローガンに、今では素直に感心するようになっていた。
「うちの子は、本当に天才かもしれないな……」
アランは顎に手を当て呟いた。
何しろ、ローガンはすぐに寝返りも出来るようになり、生後3ヶ月にはもう掴まり立ちが出来るようになっていたのだ。
言葉を覚えるのも早く、頭もいい。
極め付きに、こうして逆立ちで階段を登ったりすらしているのだ。
これを天才と言わずになんと言おうか。
息子に負けてられないと思い自分も逆立ちで階段を登ろうとし、結果回復魔法のお世話になったアランが言うのだから間違いない。
いつかは必ず来る、子が親よりも強くなる日。
その訪れは自分の思っているよりも早いかもしれないと、アランは複雑な気持ちになった。
一方のローガン。
(これで明日も筋肉痛になれるかな……?)
今も彼は、逆立ちで歩きながら明日なるであろう筋肉痛に思いを馳せてワクワクしていた。
無邪気に笑っているように見えて、ただの変態である。
彼に生きているということを教えてくれた痛み。
その中でも彼が特別に追い求めた痛みは――筋肉痛だった。
本人曰く、一番"生きている"という感じがするらしいが、こればかりは彼にしかわからない感覚だろう。
(腕がキツい……! でも、それがいい!)
まだベビーベッドで寝ていた時も柵に掴まって立ち上がろうとし続け、母乳を飲む際は必ず肩によじ登ろうとしていたローガン。
筋肉痛を追い求めたおかげで、彼は普通の子よりも早く立ち上がり、今も逆立ちできているのだ。
……それがいいか悪いかはまた別の話だが。
日中も庭で走り回るかきつい筋トレをするかのどちらかであるローガンの身体は、5歳児には到底見えないほどに引き締まっていた。
「魔法、か……」
ローガンの心の中にあるのは、昔修学旅行のバスで見た有名な映画。
赤や緑などの色とりどりの光を放ち、簡単な呪文一言で相手を昏倒させる魔法。
憧れだった。
この世界で、魔法はまだほとんど見たことがない。
しかし小さい頃自分をあやすために母が見せてくれた火の魔法は、目を瞑ると今でもまぶたに蘇る。
「やっと、魔法を使える……!」
ローガンは自室で懸垂しながら、目をキラキラと輝かせた。
ブクマや感想等、是非よろしくお願いいたします。
2017/9/18
アランの容姿の描写に誤りがあったため訂正