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酒と煙草にスパイスを。  作者: 中村悠介
第1章 学園編
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第2話 入学式 前

前回のあらすじ

ルームメイトとご対面。








 美しい金髪と華奢な体躯をしたルームメイト。


 そのルームメイトは、ローガンの声が聞こえたのかパッとローガンの方に振り向く。


 若草色の、透き通るような目が合った。

 お互い驚いたように目を丸くしている。


 それでようやく、ローガンは確信した。


 ありえない確率かもしれない。


 でも。

 

 ローガンが意を決して口を開く。


 二人の時間が、ようやく動き出した。





「エリス……?」

「……ローグ?」



 ルームメイトは、幼馴染のエリスだった。





ーーーーー





「それにしても、まさかお前と同じ部屋になるなんてなァ、ローグ」

「確かにね。すごい確率だよ」



 既に荷ほどきが済んでいるエリスに手伝ってもらいつつ、ローガンは自身の荷物を開けていた。


 エリスは、ローガンの幼馴染だ。

 彼はハーフエルフであり、そして父親は亀車の中でも話題になった金星級冒険者のウルクだ。


 エルフの血を色濃く引いた彼は、男という性別にも関わらず、かなり華奢な体形をしていた。



「よっし。こんなもんか」

「うん。ありがとねエリス、助かったよ」

「おう! じゃあ今日の晩飯はローグのおごりな!」

「うーん、まあいいよ」



 それにしても、一見少女のように見えるエリスがこんな粗暴な言葉を使っているのは少し面白いな、とローガンは改めて思った。

 エリスのこの口調は、父親のウルクのそれがうつったものだろう。

 ウルクも粗暴というかガサツというか、冒険者らしい人だった。

 それでいて冒険者としての腕は一流で、戦いに関しては繊細になるのだから、人間わからないものである。

 

 もう大分いい時間になってきた。



「じゃあ、そろそろ食堂行く?」

「あァ、もうそんな時間か」



 この学園では、学期中の食事は基本的に配給制になっている。

 安く、バランスよく、腹にたまる食事ではあるものの、それはあまり味が伴っていないメニューもあり、それに飽きた生徒のために食堂も用意されているのだ。

 貴族の子らがよく利用する高級な食事処と、庶民が利用する大衆食堂と。


 エリスとローガンの今日の食事は、後者の大衆食堂だった。



「やっぱ結構混んでるなァ」

「今日はまだ給食がないからね……」



 時間もちょうどいい時間だったせいか、少し見渡したくらいでは空きが見つからないほどに混んでいた。

 大衆食堂というだけあってあまり行儀がよくない姿もちらほらと見受けられ、たくさんの話し声が重なって喧々囂々とまではいかないものの、かなり雑然とした空気が支配している。


 自然と、ローガンもエリスに聞こえるように声を張った。



「それにしても、本当に人が多いね」

「ま、入学式前日だしこんなもんだろ。お! あそこ空いたぽいぞ!」



 エリスが見つけた席に座り、注文をしに行く。

 ローガンもエリスも、鹿肉のステーキを頼んだ。

 ちなみに、結局エリスはローガンが奢ろうとすると委縮してしまい、自分でお金を払っていた。



「やっぱちょっと割高だよなァ。旨いけどよ。俺だったら矢が一本ありゃあ仕留められるぜ」

「まあ色々と味付けもしてあるしね。ほら、この香草とか。エリス、覚えてる?」

「ん? ああ、あの訓練の時のだろ? 覚えてるさ。ありゃあ旨かったなァ」

「あれからしたら僕たち、随分仲良くなったよね」

「き、急にどうしたんだよ照れ臭いなァ。それに、どうせこれから同じ部屋じゃねェか」

「まあ、そうだけどね」



 あの一晩の訓練は7歳の時だっただろうか。

 つい昨日のことのようにも思えるが、もう5年も前になる。

 エリスとももう、5年の付き合いなのだ。

 考えてみれば、人生の半分ほどを共に過ごしていることになる。

 感慨深いような、それでもやっぱり当たり前のような、なんとも言えない気持ちになった。



「なんていうかさ、これからもよろしくね、エリス」

「お、おう。まァなんだ、その、よろしくな、ローグ」



 エルフ譲りの尖った耳をほんのり色づかせるエリスに笑いながらも、ローガンは最後の一口を食べ終えた。





ーーーーー





「エリス。おはよう、エリス」



 ローガンは二段ベッドの下で寝ているエリスの頬をぺちぺちと叩いた。

 


「……ぅーん」

「うーんじゃなくてさ、起きてよ。ほら」

「うー……」

「ねえエリス。遅れちゃうよ」

「……」

「朝ごはんも食べに行かないとでしょ?」

「あーむぅ……」

「起きないなあ……」



 何度か声をかけても、エリスは眠そうにうなるばかり。

 ローガンは苦笑を一つ、仕方ないか、と呟いた。


 眠ったままのエリスの、ハーフエルフ特有の少し尖った耳に口元を寄せる。

 そして、唇をすぼませて鋭く息を吹いた。



「ひゃぁ!?」



 甲高い悲鳴。

 身体をビクリと震わせたエリスはそのまま勢いよく上体を起こし、ベッドの上の段に頭を打ち付けた。


 ローガンは腹を抱えて笑い転げる。



「あひゃひゃひゃひゃひゃ! ひっ、ひーっひっひっひ……。エ、エリス、おは、おはよ」

「いっつー……。なんだよ……」

「エリス、だ、大丈夫……?」

「ローグ、なんかした?」



 額を両手で抑えながら、涙目でローグを睨み付けるエリス。

 その姿にまた笑いがこみ上げてきて、ローガンは再度吹きだした。



「ごめんごめん。全然起きないからちょっと悪戯をさ」

「んだよ! なんてことしやがる!」

「そんなに怒らないでって。むしろ感謝してよ。なかなか起きないエリスを起こしてあげたんだよ?」

「いやでも」

「ほら支度! 支度支度!」



 まだ釈然としないような顔をして額を押さえるエリスをしり目に、ローガンも自身のローブに袖を通した。






ーーーーー





 給食の時の席は、基本的に自由となっている。

 そのうちクラスで固まったりもするだろうが、まだ顔合わせすらしていない今は元々の知り合いやルームメイトと食事をする人がほとんどだった。

 当然、ローガンとエリスは一緒に座っていて、さらにいつもよく遊んでいた路地裏のメンツも一緒だった。



「でさァ! 俺とローガンが同じ部屋なんだよ! すごくねェか?」

「それ本当にすごいよね。二人とも仲良過ぎだって」

「な! それで、みんなはルームメイトどんな人だった?」

「俺のルームメイトは、ほら。あっちで食事してるやつ。あ、今飲み物こぼした」

「なんか頭よさそうな顔してるね」

「ああ、なんでも親父は魔物の研究をしているらしいぜ。あいつも将来、なんかの研究をしたいんだと。面白そうな奴だぜ。ちょっとそそっかしいけどな」

「僕のルームメイトはね……」



 と、お互いのルームメイトを紹介したりする。

 何人かは自分のルームメイトも一緒に連れてきていたりして、割とすぐに打ち解けられていた。

 やはり元々の知り合いとルームメイトになったのはローガンとエリスだけのようで、一行には珍しがられた。


 一通り話したところで、ローガンが端の方で黙々とご飯を食べているコリンに話を振る。



「コリンは? どんな人がルームメイトなの?」

「え!? あ、ルームメイト? うーんとね、あの人」



 そう言ってコリンが伸ばした指の先にいたのは、なんとも奇抜な服を着た人だった。

 学園指定のローブは、男子が濃紺、女子が深緋の色だと定められている。

 しかしそのコリンのルームメイトだという少年は、目に染みるような黄色を着ていた。

 そして肩には、貴族であるということを示す徽章がついている。

 なんというか、周囲からかなり浮いているという印象が強い人だった。


 それがよりにもよってコリンと当たってしまうなんて、と一同は思った。



「変わった人だな……」

「うん。昨日もなんか色々変なことばかりしててさ。それに自分のことを全然話してくれないんだ」

「コリン、大丈夫か? なんかされたら言えよ?」

「でも、なんか悪い人ではなさそうなんだよね……」



 もう一度、その奇抜な少年に目を向ける。

 その少年は、今度は急に立ち上がって上を仰ぎ見ると、またすぐに座って何事もないように食事を始めたところだった。



「あの徽章、貴族だよな。それにローブの色を変えても許されるってことは、きっと結構な位だろ?」

「うん。そうだと思うんだけど、本当に全然自分のことを話してくれなくてさ。まあでも、僕の話はさえぎったりしないでちゃんと聞いてくれたりしたんだけどね」

「それは良かったね。貴族は貴族でも、高圧的だったりする人だったらどうしようもないからね」



 ちなみに、平民にはそういう権利はないが、貴族側にはルームメイトが平民か貴族か選ぶことができる。

 つまり平民と一緒の部屋になるということは自分で希望したということで、ある程度は平民に理解がある貴族だということになる。

 元々この学園の意義の一つに、平民と貴族の間の壁を取っ払うということがある。

 このルームメイトの仕組みも、そのためということも大きかった。



「でもやっぱり、貴族の人と同じ部屋だと肩の力も抜けないな……」

「まあ、なんかあったらいつでも頼ってよ。絶対力になるからさ」

「うん。ローグ、ありがとね」



 そうこうして食事を終えた一行は、講堂で執り行われる入学式に向けて身支度をした。





ーーーーー





(うわ、さっきの奇抜貴族、同じクラスなのか……)


 事前に言い渡されていたクラスの場所に座るローガン。

 同じ列には、鮮やかな黄色のローブを着たあの少年が座っていた。


 講堂の中には、こういった式特有のなんとも言えない張りつめた空気が充満している。

 その静謐を破るように、壇上に上がった教師が声を上げた。



「これより、フィリアソフィア王国王立魔法学園入学式を始めさせていただきます」



 恐らく魔法で声を拡張しているのだろう。

 その声は講堂に余すところなく響き渡る。



「在校生代表、エレナ・ラ・メルヴィルさん。お願いします」

「はい」



 返事を一つ、一人の少女が壇上へと上がった。

 プラチナブロンドの髪が眩しい彼女は新入生に向かって一礼すると、よく通る声で話し始めた。



「新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます。ここフィリアソフィア王国王立魔法学園では、これからの皆さんの人生を大きく左右するような、様々なことを学ぶことができます。それは単純な勉学や魔法だけではありません。貴族の方は、この国を治めるものとして。平民の方は、この国に住まうものとして。今後この国を支えていくために、互いに理解を深めていくこと。それが、この学校で学べる大きなことです。もちろん、互いに敬意は必要です。しかしそれ以上に、壁を取り払い、歩み寄ることが大切なのです。そのためには……」



(こんな長い話を、よく噛まないで何も見ずに言えるな)


 エレナ・ラ・メルヴィル。

 メルヴィルといえば、伯爵家の家名だろう。

 話の長さに辟易する以上に、ローガンは感心していた。

 この人数の前でこれだけ堂々と話せるというのは、やはり貴族故なのだろうか。


(とはいえ、長いけどね……)


 ローガンはボーっとしそうになる意識を、手の甲の皮膚を軽く剥がすことでつなぎとめた。



「……以上を持ちまして、私からのご挨拶とさせていただきます」


「エレナ・ラ・メルヴィルさん。ありがとうございました。続いて、新入生代表、アリシア・ラ・フローレンスさん。お願いします」



 在校生代用の言葉が終わったかと思えば、今度呼ばれたのは新入生代表。


(フローレンスなんて、また大物だな)


 フローレンス家は、この国で最も位が高い公爵家の家名だ。

 それにフローレンスの名は、父のアランからよく聞くものでもある。

 この国には、赤、青、緑、茶の、魔法四属性を表す色を冠する4人の宮廷魔導士がいる。

 父のアランは『爆炎』の二つ名が表すように、赤の宮廷魔導士。

 そして青の宮廷魔導士は、フローレンス家の人間なのだ。


 そういえば、昔アランから聞いたことがある。

 フローレンス家の長女は、神童であると。


(あの人が、その神童か)


 ローガンは壇上に目を向ける。

 そしてその目は、すぐに奪われることになった。


 彼女は、凛とした空気を身に纏っていた。

 カラスの濡れ尾羽のような黒髪は光を吸い込むようで、彼女の眩いほどに白い肌とのコントラストをなしている。

 まだあどけなさが残るようなその小さな顔にちょこんと乗った鼻や血色のいい唇、黒く潤んだ瞳はまるで神が完璧に計算したがごとく配置で、超一流のビスクドールすら彼女の前では霞んでしまうだろうというほどの美貌を放っていた。

 まさに、美を体現するような。



「はっ……」



 ローガンは、呼吸を忘れるほどに魅入ってしまっていた。

 先ほど言葉を述べていたメルヴィル家のエレナも、かなり整った顔をしていた。

 しかし、アリシア・ラ・フローレンスの美貌は度を越している。


 周りを見渡しても、皆食い入るように壇上を見つめていた。


 ローガンは先ほどとはまた別の意味でボーっとしそうになる意識を、後ろ手に人差し指を折ることで覚醒させた。


 アリシアは、一礼をした後、口を開く。



「本日は、私たち新入生のためにこのような式を催していただき、誠にありがとうございます」



 その声は、張りつめたこの空間に氷のように透き通っていった。

 自然と聞く者の意識をその者に向けるような、そんな不思議な力を持った声。

 カリスマ、というやつなのだろうか。



「この歴史と伝統のあるフィリアソフィア王国王立魔法学園に入学できたことを、とても嬉しく思います。貴族と平民。それまでは関わりが薄かった二つに、身分の差に関係なく交流を持たせ、同じ学び舎で学び、一つの屋根の下で寝食を共にする。共に勉学を修め、時に教え合い、時に競い合う。そこには、この学園の、ひいてはこの王国の在り方があるのだと思います。寄り添いあい、助け合い、一つの国として今まで以上に発展していくため、私はこの学園で……」



 その凛とした声に、ローガンは、新入生は、聞き惚れていた。

 

 それなりに長い時間だったと思う。

 しかしその時間があっという間に感じるほどに、彼女には魅力があった。



「以上を持ちまして、私アリシア・ラ・フローレンスからのご挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」





 式は進む。






2017/10/15 23:00 誤字修正

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