第14話 見栄っ張り足引っ張り
「よっ! ローガン」
「よっ! エリス」
今日も今日とて家の前で待ち構えていたエリスに片手を上げて応じ、ローガンは歩み寄る。
そしてエリスとハイタッチをすると、次に拳をぶつけ合い、お互いにデコピンをした。
これはこの前エリスが教えてくれた二人だけの挨拶のようなものだ。
つっかえることもなく上手く成功した挨拶にエリスはニヤリと笑い、ローガンは思いのほか強かったエリスのデコピンにだらしなく頬を緩ませた。
「ローガン、嬉しそうだな」
「そ、そう? いや、なんていうか、こういう友達らしいことをするのってやっぱり楽しいなって……」
「そうだなァ! 俺とお前は親友だ!」
快感に緩んだ表情を指摘してきたエリスを上手く誤魔化せたことに、ローガンはほっと胸をなでおろす。
「じゃ、行くぞローガン」
「うん、行こっか」
ローガンはエリスと進みだす。
もう行き知った道だ。
二人は、横並びになって歩いていく。
ーーーーー
空き地に着くと、ダッグスはまだ来ていないようだった。
ローガンはこの2、3日で仲良くなっていた何人かと話していると、見慣れない顔があるのに気づく。
おそらくは今まで家の都合だったりで来れなかったのだろうが――見慣れないというのはそういう意味ではない。
その少年の耳は、横ではなく上についていた。
肌も人間のそれとは違い、毛皮のようにふさふさとしている。
さらに、腰のあたりからは、これまたふさふさとした尻尾が伸びている。
少し垂れた耳や出っ張った鼻は犬のそれと似ていた。
どう見ても人とは違う存在。
(獣人、なのかな……)
話には聞いたことがあった。
この国でも有名な冒険譚にも登場するその種族には、ローガンも憧れを抱いたことがある。
人間の知力と動物の膂力。
それらを併せ持つ種族。
獣人。
気にはなり、しかしあまりジロジロ見るのもどうかと思い煮え切らない態度をとっているローガンを見て、エリスが言った。
「そういえばローガン、コリンと会うのは初めてだっけ?」
「う、うん」
ローガンは頷いた。
コリン、というらしいその少年は、自分の名前が呼ばれたことに気付きビクリとこちらを見る。
しかし人見知りなのか、すぐに目をそらしてしまった。
ローガンはそんなコリンの方に向き直り、右手を差し出した。
「コリン、僕はローガンです。よろしくね」
コリンはちらり、とローガンの顔を伺い、おずおずとその手を握る。
「よ、よろしく……」
一度深呼吸をするように息を吸い、そしてか細い声でそうひねり出したコリンに目を合わせ、ローガンはにっこりと笑った。
彼の目は、とても澄んだ黒色をしていた。
ーーーーー
少し遅れてやって来たダッグスに連れられ、ローガン達は王都のはずれの方へ来ていた。
なんでも新入りへの度胸試しをするらしい。
エリスが少し苦い顔をしている所を見るに、それなりに怖いことなんだろうが……。
ダッグス達は迷いなく歩みを進めていく。
最初はそこかしこから聞こえていた声も段々と少なくなり、ある程度清潔に保たれていた道が黒く荒んだようになっていく。
そして道の端で横たわったりしている宿無しの姿も増え、ローガンはどこかから覗かれているような感覚を感じ、背筋がスッと冷えた。
「着いたぜ。ここだ」
心なしか声を潜めてダッグスが言う。
そうして彼が指し示した先にあるのは、この王都のまさに影というような場所。
(スラムだ……)
豪華な王城を中心にした貴族街は煌びやかで、一片の影もない光り輝く場所だ。
しかし光がある分、そこには暗い影が差す。
地方から口減らしだったり出稼ぎだったりで王都にやって来た者は、今の王都では職を見つけることが難しい。
魔法学園により識字率が上がった王都では、文字など読めて当たり前。計算さえある程度はできなければまともな職には就けないのだ。
必然的に、給料も安い日雇いの仕事をするしかなくなってしまう。
そうして自分の居場所を見つけられなかったものは、こうしてスラム街で横たわることになるのだった。
ある者は乞食のように生き、その日を乗り切る泡銭をすする。
ある者は犯罪に手を染め、生き延びるために他者を蹴落とす。
人で賑わう王都も、いくつか裏路地に入ればこんな様だ。
治安維持の騎士団が見回らないような場所に、彼らは巣食う。
ダッグスはそんないかにもスラム然とした路地を指さした。
「ローガン、度胸試しだ! この路地のどこまで行けるか。ちなみに俺は、あの3つ目の路地まで行けたけどな!」
ダッグスがバカみたいに明るい声で言う。
おそらく、散々親にスラム街には行くなと言われでもしているのだろう。
だからこそそれを破ろうとする。
破ったことを武勇だと思う。
子供の理屈。
子供特有の危うい理屈だ。
ローガンは、流石にこれは看過できない、と声を荒げる。
「ダッグス、流石にこれはやめておいた方がいいよ。スラムは本当に危険なんだよ?」
「おいおいなんだよ、怖気づいたのか? 危険だから楽しいんじゃねえか」
「いや、そうじゃなくてさ、やめておいた方がいいって。本当に」
「けっ、ふぬけた野郎だぜ。ま、ローグは図体の割に弱いからな」
ダッグスはそう言うと、よし、と手を打った。
「ならよ、俺がまず行ってきてやるよ」
その顔はどこか得意げで、まるで自分だけが危険なことをできると再確認でもしたかのようだった。
自分が特別に凄いのだと自慢したいかのようだった。
そんなダッグスを見て、エリスは少し呆れたように言う。
「やっぱ止めた方がいいんじゃねェか? 確かに今まではなんともなかったかもしれねェけどよォ、今回もそうとは限らねェぜ?」
その忠告すら、ダッグスは鼻で笑い飛ばす。
「おいおいおいおい、エリスさえも怖がるなんてなあ? こりゃあ度胸があるのは俺だけだな」
はぁ、とローガンはため息を吐く。
怖がる怖がらないの話ではない。
スラムというか、そこに棲む人間が危険だということはある意味常識なのだ。
内臓を抜かれて売り飛ばされることもあれば、どこかの奴隷商にでも連れていかれることもある。
そんなのはありふれた話で、森に入ったら出遭うかもしれない魔物なんかよりは、人間の方がよっぽど身近な危険なのである。
しかし、そうやって黙り込んでしまったローガン達を見て、ダッグスはまた一つニヤリと笑った。
「仕っ方ねえから俺が行ってきてやるよ。お前らはそこで見てるんだな」
ダッグスはそう言うと、肩に担いでた木の棒を握りしめ、何の気負いもない風にすたすたと歩き出してしまった。
ローガンとエリスは顔を見合わせ、またため息を吐く。
あのバカを連れ戻さなければいけない。
「コリン達はそこで待っててね。あ、もしなにかあったら冒険者ギルドに知らせてよ」
「そォだな! 俺の父さんもいるし、そうしてくれや」
軽い言伝をして、ローガンとエリスもダッグスに続いて裏路地へと足を踏み入れる。
振り返ると、いくらか人通りのある通りが見えた。
(なにかあったらあそこまで走れば大丈夫だろう)
――そんな考えこそ、子供特有の危うい理屈なのだということを、平和ボケしたローガンは知らない。
先に歩いていたダッグスが一瞬で脇に引きずり込まれたのを見て反射的に駆け寄ったローガンとエリスは首の後ろを殴られ意識を失った。
目を覚ましたのは、後ろ手に手枷をはめられて馬車の振動に揺られている時だった。
テンポ遅くてすいません。