壊れる私。
なんで……こ……ウナッ……ちゃった……ンダロ
きっとあの日のせいだ。いや、あの日だけじゃない。きっと私が生まれてからずっと。今まで生きてきた日が全部原因なんだ。
1人の男が見ているテレビからニュースが流れている。
「本日、○○会社で殺人事件が起こりました。犯人と見られるのは今年入社したばかりの女性社員との模様です。現場の××さーん?」
アナウンサーの女性がリポーターを呼ぶ。リポーターの画面に切り替わる前には犯人の女の写真が出ていた。
男はその写真を見て驚いたように呟いた。
「嘘だろ……」
子供のころはまだマシだった。3人姉妹の末っ子で少しは可愛がられてきた。でも、そんな中でも不穏な空気はいつも漂っていた。それは両親の不和だ。子供ながらにきちんと記憶に残っている。夜になると家に響く喧嘩の声。すすり泣く姉の声。私には何が何だかわからない。
ある日爆発した両親の怒り。それは離婚というものに固まった。姉たちは泣くばかり。無口の父親があんなに大きな声を出すところは初めて見た。両親の大きな声が響く中で、私は5歳なりに何もわからずに姉を励ますことしかできなかった。何かが壊れる音を私は聞こえた気がしたが周りを見ても何も壊れておらず首を傾げた。
私たち3人姉妹は大きな声で叫ぶことしか脳がない母親に引き取られた。私のその年の記憶には母に怯える記憶しかなかったのに何故だか母親に引き取られていた。母親と私たちは母親の田舎に引っ越すことになりそこで生活をすることになった。その実家は借金まみれ。
最初の内はよかったが、何年か経ち小学生にもなるとそれを取り立てにくる人たちが来た。祖母祖父はそれを無視、母親は夜は働きに出ていたので姉妹3人で怯える夜。玄関を叩く音が聞こえると固まる体。反射で布団に潜り込み、帰るのを待つ眠れぬ夜。
そんな中、学校では上手く馴染めず自分なりの解決策で図書室に入り浸り始めるが先生は「外で遊びなさい」の一点張りで本を読む自由を奪われた。私が心を休めれる場所などなかった。
家に戻ると、姉たちのストレス発散としていじめられる日々。また、いつかに聞いた何かが壊れる、ヒビが入るような音がどこからか聞こえた。またしても周りにあるものはなんともない。
「私の居場所などどこにもない」
幼いながらにそう思った私は大事なものだけを持ち、父親のところに1人で行こうと決心した。だが、家が貧乏な小学生の私にはお小遣いなどもらえていない。父親がいるところはバスを使っても行けるかどうかわからいくらい離れている。その現実に気づいた瞬間に私は泣き叫んだ。真っ暗な空に向かって、泣き叫んだ。それしかできなかった。
中学生になった私は1年の1学期だけ学校に行ったが、その後は行かなかった。原因は人間関係だ。何が原因だか、私には人間関係を上手くやれる能力がないらしい。だが、学校に行かなくても勉強はできる。母親は私を学校に行かせようと殴り蹴り、暴力をふるう。それで母親の気が収まればと大人しく暴力をふるわれていた。姉たちはとっくに家を出ており、私のことなど興味なし。私に生きる価値などあるのだろうか、と3年間考えたが答えは出なかった。
そんな暗い3年間だったが高校は出ておかないと、という考えで近くの高校を受けた。勉強だけはできたので見事合格。だが、受けた高校の中でも1番問題児のクラスに入れられた。
高校生活は一言で言うと「面倒くさいけどそれすらも楽しい」の一言だったかもしれない。煩わしい人間関係も、もちろんあった。だが、そんなものがなくなるくらい楽しいことで埋め尽くされていた。勉強ももちろん頑張ってきた。担任からは進学を勧められ、私もそのつもりでいた。幼いころから本が好きで司書になりたいと思っていたのだ。その夢を叶えられる時が来たと思った。だが、その時が来るときはなかった。
「ダメに決まってるでしょ」
「なんで!?」
「うちにそんなお金あると思うの?」
「それはあんたが働かないからでしょ!!!」
平手がとんできた。母親のそのときの収入はほとんどなし。どこの男から金をもらってるのかわからないお金で生活していた。
「そんなに進学したいならバイトしてでもお金を貯めればいいじゃない」
その言葉はもっともだ。だが、こんな移動に車が必須な場所のど田舎でどうやってバイトを探せと言うのだろうか。
「奨学金借りる」
「はぁ? 奨学金って借金でしょ。あんた借金つくるつもり? あんたちゃんと新聞みてる? 今奨学金借りても返せないやつばかりじゃないの」
「ちゃんと就職するから返せる」
「はっ、じゃあ勝手にすれば?」
だが、母親の呪縛は強いもの。娘と母親の繫がりというものは怖いものだ。何かの本でも読んだものだが、息子は母親に逆らえても娘は結局は逆らえず捕らわれていくものだと。私は改めてそれを実感した。自分の家のお金のなさでの惨めさを。ピシリピシリともう聞き慣れた何かが壊れる音を聞いた。もう聞き慣れた。何の音かもわかるような気がしたが気づかないフリをした。
私よりも成績がしたの奴が進学する。お金があるから進学する。私はお金がないから就職するしかない。私の将来は幅が狭まった。自分で広げられたかもしれないが広げる勇気もない私はクズだ。子供の将来を狭めさせる親もクズだ。みんなクズだ。クズだ。クズだ。クズだ。クズだ。クズだ。クズだ。こんな世の中クズだ。
就職後に言われるのが多いのが
「なんでそんなに勉強できるのに大学に進学しなかったの?」
しなかったんじゃない、できなかったんだ
「親に逆らってでもすればよかったのに」
ごもっともな言葉だ。親に逆らえばよかったんだ。あのときにがむしゃらに反抗すればよかったんだ。惨めだ。惨めだ。惨めだ。惨めだ。社会は厳しい。私よりも勉強できないくせに学歴が上だから私よりも給料が高い。こんな社会はクソだ。クソだ。クソだ。そんなやつよりも社会で生きている私はもっとクソだ。
パリンと物が割れる音で気づくと私の手は血だらけだった。手には赤に濡れた包丁。周りは血の海。倒れている同僚、上司。そして、何故かいる母親と姉たち。みんな動かない。真っ赤だ。ああ、私か。私がやっちゃったんだ。みんな私が殺しちゃったんだ。あの何かが壊れる音は私の心が壊れていく音だったのかな。ワタシノココロハバリバリニワレテシマッタンダネ。
私は夢を一つ叶えたんだね。
ヤットジユウニナレタンダネ
どこからかパトカーのサイレンの音が聞こえる。だが、私は赤に染まったまま包丁を片手に座り込んだまま、浮かんできた笑顔と涙をとめることができなかった。