お祭り系女子
「いっただきまーす!」
食後のアイスを食べようとしたまさにその時。
テーブルの上に置いたスマホから聞き慣れた音がした。SNSのメッセージだ。
「マユかな」
そう呟いて、右手にアイスを持ったままスマホを操作する。
メッセージの相手は……えっ!
私は急いでアイスを冷凍庫に戻し、それからゆっくりとメッセージの内容を読む。
七月三十一日に橋川の花火大会があるんだけど、行かない?
えっ?! これって……デートのお誘い?!
いやいや、まさか、ね。落ち着け。
「『もちろん。いいよ。後は誰を誘う? マユとかケンジ君?』っと、送信」
そう呟いて送信ボタンを押す。
メッセージの差出人である桐生聡は、高校のクラスメイトであり友人だ。
そして彼は、私の片思いの相手でもある。
そんな桐生からの突然のお誘いに、自然と頬がゆるんでいく。
返事は五分も経たない内に届いた。
俺と嵐山の二人。嫌だったらはっきり断ってくれてかまわない。
一瞬、その言葉の意味がよく分からなかった。
ようやく状況を把握すると、すぐに返事をする。
絶対に行く! 死んでも行く!
桐生からの返事はすぐに来る。
既に私の心は舞い上がり過ぎて大気圏に突入していた。
心の中で宇宙旅行をしつつメッセージを読む。
死んだら墓参りに行ってやるよ。まあ、冗談はともかく。今週末、楽しみだな。
「あーもう! こういうところも桐生らしい!」
私はそう言うとスマホを抱きしめる。
十五年間、生きてきた中で最大のチャンス! ついに私も?!
はっ?! これ夢じゃないよね?
そう思って思いきり頬をつねる。痛い。大丈夫、これは現実!
隣でゲームをしていた弟が私を白い目で見ていることに気付き、スマホをテーブルに置く。
そしてこう言う。
「春太、お姉ちゃんの分のアイス、食べていいよ」
「えっ?! いいの? なんで? 小夏姉ちゃん具合いでも悪いの?!」
「ううん。もう胸がいっぱいなのー」
私は歌いながらリビングを後にした。
自室に戻ると、壁かけのカレンダーにハートマークをつけようとペンを持つ。
「あれ?」
カレンダーを見て首を傾げる。
桐生と花火大会へ行くはずの七月三十一日には、既にマークがついていたのだ。
しかも、はなまるマーク。
少しだけ考えて、ようやく思い出す。
「そうか! 橋川の花火大会って!」
私はそう言ってその場に膝から崩れ落ちる。
そうだよ、そうだ! あの大イベントをすっかり忘れてた……。
「あーあ。他にも花火大会があるのに、なんでよりにもよって橋川なのよ」
そう呟いた途端、桐生の顔が浮かぶ。
ダメだ! 今年は恋愛優先! 花火大会は毎年あるけど、桐生のお誘いは一度きりだ!
花火大会当日。
家のすぐ近くまで桐生が迎えに来てくれた。
「おー。嵐山。じゃあ会場に向うか」
「迎えに来てくれるなんて優しいねー!」
私はそう言うと、桐生を見る。
Tシャツにジーンズといういつも通りの格好の彼だけど、端正な顔立ちで、おまけにすらりとした長身だから何を着ても様になるな。
「なーんだ。浴衣じゃないんだ」
私の言葉に彼は笑いながら言う。
「それは普通、男の台詞だろ」
「そうかもしれないけどさー」
「そういう嵐山も浴衣じゃないよな。見たかったなあ」
桐生はそう言ってから顔を赤くする。私もつられて顔が火照ってきた。
「浴衣持ってないからねー」
桐生に顔を見られないように、私は少し前に出る。
「へー。なんか意外。女の子はみんな浴衣を着たがるものだと思ってた」
「ええっ?! そうなの?! 動きやすい格好の方がお祭りを楽しめるのに!」
私はそう言って驚いた。
「お祭り好きなんだなー」
「うん。大好き!」
私は桐生の方を振り返りながらそう答えた。
そんなやりとりをしていたら、あっという間にお祭りの会場に着いた。
賑わう人々、祭囃子、辺りを照らす提灯、そして道の両脇には所狭しと並ぶ屋台。思わず駆け出しそうになる。
「ねぇねぇ! あれ見て! 煮イカの屋台だって!」
私はそう言って桐生の手を引っ張って煮イカの屋台まで行く。
そこでハッと我に返る。
無意識のうちに桐生の手を握っていた。
慌てて私は手を離す。
「ご、ごめん! なんか、つい」
「いや、別に」
私と桐生はそう言って黙りこむ。
すると彼は突然、私の手を掴んでからこう言う。
「はぐれないように手をつないでいてほしいってことだな! まーったくしょうがないな!」
「うん」
私はそう答えるだけで精一杯だった。
桐生の手、大きくてあったかいな。
「うわあ。焼きそばいい匂ーい!」
私はそう言いながら焼きそばの屋台に吸い寄せられるように近づいていく。
「じゃあ食べる?」
『うん!』と答えようとしてやめた。
もっとこう女子らしいものを食べないと! ええっと、たとえば……スイーツ系とか!
そう思った時。
体の異変を感じて、私は慌ててこう言う。
「あ、えっと、私、その、化粧直してくる!」
「えっ?! ああ、うん」
「そこで待っててー!」
私はそれだけ言うと走り出した。
お祭りの会場のすぐ近くにある公園までくると……。
ぐーきゅるるるるるるるる。
お腹の音が鳴った。
「ふー。ギリギリセーフ」
私はそう言って安堵のため息をつく。
お腹の音、聞かれたくなかったんだよね。
『化粧を直す』って嘘は使い勝手がいいなあ。
そんなことを思いつつ、一応、鏡で自分の顔を確認しておく。これで本当に化粧が崩れていたら嫌だしね。
私の顔は一つ一つのパーツが大きい。鼻は小ぶりだと思うのだけど目と口がデカい。『アイドルみたい』なんて周囲はフォローしてくれるけど、コンプレックスの塊だよ。
でも、一つだけ恵まれているとしたら体型だろうか。深夜にお腹が減ってお菓子やカップラーメンを食べても太らないのは利点だな。
「おっと、そろそろ戻らないと」
私はそう呟いて桐生の元に戻る。
「落ち着かない奴だなあ」
戻って来た私に桐生が呆れたような笑みを見せた。
「ごめん、ごめん」
「いや、いいよ。それより何か食べよう。俺、腹減った」
桐生の言葉に、私は辺りを見回す。
たこ焼き、から揚げ、イカ焼き、クレープ、フライドポテト、牛串、ベビーカステラ。
いろいろな屋台が手招きをしているように見える。
「どうしようかなあ。何がいい?! あ! ここのたこ焼きすごく大きいよ」
私はそう言って、近くにあったたこ焼きの屋台を指さす。
「おー。本当だな。でかいなあ」
「ああっ! だけどこっちの焼きそばも捨てがたいよねー! おわっ! 台湾風なの!? めっずらしー!」
そう言って私は辺りを見回し、遠くの屋台を指さす。
「ねぇねぇ! 鳥皮の屋台もあるっ! 鳥皮大好きなの! うわあ、あっちには、おでんの屋台もあるうう! 夏におでんってのもいいよねぇ!」
私はそう言って頭を抱えた。
「どうした?」
「屋台が多すぎて選びきれないっ!」
「……ちょっと落ち着け」
桐生はそう言うと「そこで待ってろよ」とだけ言い残し、屋台の方へ駆け出す。
そして、しばらくして戻って来た。
その手には……。
「焼きトウモロコシ様じゃないですかああああああ!」
私の言葉に桐生は笑う。
「そんなに好きなのか」
「うん! 夏と言えば。まずはこれよねっ! さすが桐生!」
私は焼きトウモロコシを受け取る。
「いただきまーす」と言ってがぶりと一口。トウモロコシの甘みと醤油が合うっ! この香ばしさがたまらない!
夢中で食べていたら、桐生が口を開く。
「ヨーヨー釣りとかあるなー。懐かし……って、嵐山、お前もう食べ終わったのか?!」
こちらを見た桐生が細い目をまん丸くする。
私は右手に持った焼きトウモロコシに視線を落とす。綺麗に完食。一粒も残っていない。
いつもの癖で食べてしまったけど、もっとスローペースで食べるべきだった!
「あ、うん。美味しくて、つい」
「うん。確かに美味いな」
桐生はそう言って自分の焼きトウモロコシにかぶりつく。
ああ、かっこいいなあ。かぶりつかれている焼きトウモロコシになりたーい。
そんなことを考えていたら、ベーコンの良い香りが漂ってきた。
「ねぇねぇ。桐生。ベーコン串、食べよう!」
「まだ焼きトウモロコシが残ってるから、これ食い終わったらな」
「大丈夫! トウモロコシとベーコンって合うから!」
「えっ? そういう問題?」
私は「そういう問題!」とだけ言い残して、屋台に駆け寄る。
素早く厚切りベーコン串を二本買って、一本を桐生に渡す。
今度はゆっくりと食べた。
だけど、それがなかなか難しい。だって美味しいからどんどん食が進む! ベーコンって焼いただけでこんなに美味しいんだあ!
「幸せですっ!」
私は思わず声に出してしまった。
まるでその言葉を合図にするかのように、私の胃が本格的に食料を求めて暴れ始める。
桐生が口を開く。
「今度は金魚すくいでもするか?」
「金魚は美味しくない」
「えっ?」
桐生はそう言うと目と口をぽかんと開けた。
な、なにを口走っているんだ私は!
「あ! ううん。なんでもないっ! ちょっと化粧直してくる!」
「さっき直して来ただろ」
「食べるとほら、リップクリームが落ちるから直してくるのっ! 待ってて十分で終わらせ……済ますから!」
私はそう言い終えるが早いか走り出した。
木陰で財布の中身を確認する。
いつもの癖で多めに持ってきて良かった。
「それにしても、ここの屋台はレベルが高いな……」
私はそう言って財布をカバンにしまう。
この花火大会の会場は、河原沿いで行われている。
そのため、屋台も広範囲に散らばっていて種類も多い、尚且つ、屋台の食べ物がとても美味しいと評判だと聞いた。
そして、実際に食べてみると評判通りの美味しさだ。
私がここの情報をつかんだのは、今年の春。
フードファイターとしては、もっと前から知っておくべき情報だった!
「よし! 行くか!」
そう言って一歩、足を踏み出すと、私と同じ年くらいのカップルが近くにいるのが見えた。
「焼きそば多いからもう食べられなーい」という彼女に彼氏が「アイは少食だなあ」と笑っていた。
本来であれば、女の子は少食なものなのだろう。
私だって学校では少食を装っているし。
本当は私は大食いな上に早食いなのだ。
今日の花火大会だって、死ぬほど食べるためにお金も貯めた。ものすごく楽しみだった。
だけど、それを知ったら桐生はドン引きするだろうな……。
実際、小学校四年生の時までは給食を男子よりも多く食べてたんだよね。
それで当時、好きだった男の子に『うっわー……嵐山って女じゃねーな』って言われて引かれたなあ。
それから少食のふりをするようになったけど、家ではものっっすごく食べる。休日はもっぱら食べ歩き。
高校一年生の趣味がそれってどうなのよと思わなくもないけど、でも食べることが大好きなんだよ!
お母さん、大食いでも太らない体質に産んでくれてありがとう! だから誰にも大食いだってバレてないよ! 多分きっと。
私は桐生のいる場所とは正反対の方角を進んだ。
「この辺がいいかな」
そう呟いて、足を止める。
眼前にはずらりと並ぶ屋台。食欲を刺激する香りがこちらまで漂ってくる。ジュウウ、と鉄板の上で食材を焼く音も聞こえてきた。
視角、嗅覚、聴覚が『美味しいぞー』と語りかけてくる。
「よしっ。片っ端から食べていこう」
そう決意をして、屋台の前で足を止め、こう言う。
「おじさん、たこ焼き七……五パックください!」
「あいよっ!」
たこ焼きの入った袋をぶら下げ、今度は焼きそばの屋台に向かう。
「大盛り焼きそば三人前ください」
焼きそばを買うと、その隣のイカ焼きの屋台に移動。
両手に持ちきれなくなったところで、ようやく一息つくことにした。
「ふう。ここなら桐生に見られないな」
ちょうど屋台がある通りから外れた場所に、ご丁寧にテーブルと椅子があった。
私はテーブルの上に大量に購入した食料を置く。
「いっただきまーす!」
そう言って手を合わせると、まずはたこ焼き。外はカリッと中はとろーりでタコが大きい。ダシもよく効いてる!
あっという間に五パックを完食し、次は焼きそばに手をつける。太麺にちょっと濃い目のソースが合ううう! キャベツもしゃっきしゃき!
「じゃあ、次はイカ焼きだな」
私がイカ焼きの入ったパックを開けたその時。
「嵐山! こんなところにいたのかよ!」
「き、桐生! なんで?!」
「化粧直すって言って、なかなか戻らないから心配になっ――」
そう言いながらこちらに近づいてきた桐生が固まった。
彼の視線の先には、テーブルに積み上げられた空のパック。
うわあああああ! 見られたあ!
「嵐山……お前、これ」
桐生はそう言いかけて、やめる。
私は頭をフル回転させた。何か言い訳、何か言い訳しないと!
やばい何も思い浮かばない!
「だって……だって……! ごめん!」
私はそう叫んで走り出した。
絶対にドン引きしたよね。
失恋決定だ……。
「終わった」
そう呟いて、祭り会場から出ようとすると、こんなアナウンスが耳に入ってくる。
「ただいまより第一回『イワシ玉バーガーの大食い競争』を行います。この『イワシ玉バーガー』は町おこしのために町内飲食店組合のご協力の下、この度開発しました美味しいB級グルメです! 誰でも参加できますので我こそはという方は是非、ステージ横のテントまで起こしください!」
大食い競争か。
どうせここでの思い出は『桐生にフラれた場所』として悪い印象しか残らないから来年はもう来ないだろう。
それなら、ひと暴れしようか。どうせフラれたんだし、この際、桐生に見られてもかまわない。
よし、参加しよう!
「時間制限は三十分。イワシ玉バーガーを食べた数が一番多い方が優勝です!」
司会の男性がやけにハイテンションで場を仕切る。
そして「スタート!」という掛け声がかかった。
私は目の前に山のように積まれたイワシ玉バーガーを一つ手に取る。
おいしい。まだ温かい揚げたてのイワシ玉と、もちもちふわふわのパンが合う! 醤油ベースの味付けにマヨネーズがたまらない。千切りキャベツとの相性もバッチリだ。
これならいける!
私はそう確信して、食べ進めた。
開始十分が経過して、他の参加者が辛そうにしている中、私は黙々とイワシ玉バーガーを食べ続ける。
美味しいと食も進む。
大きく口を開けて、いつものペースで食べられるってのは気持ちいいもんだな。
私が食べている横で参加者はどんどんギブアップしていく。
ふふ……甘いわ! 甘すぎるっ!
まだまだ残り時間はたっぷりあるのに。
リタイアしていく連中は、とんだ少食さんね!
私の敵ではない。
このままだと楽々で優勝できそう。
そう考えて新しいイワシ玉バーガーを口に入れる。
その時。
「おお! ぶっちぎりなのは三番と十番! しかも十番は女の子だあ!」
司会の声に私は三番に目をやる。
ガリガリの体型の男性だが、イワシ玉バーガーをどんどん口に入れている。
三番は私の視線に気付き、余裕の笑みを浮かべた。
ちくしょう。バカにしてるわね!
だけど、あの食べ方は只者じゃないな……。それに、どこかで見たような顔だ。誰だっけ?
「あの三番の男の人、テレビに出てた人だよね。ほら、大食いチャンピオンの人」
ギャラリーの方からそんな声が聞こえてきた。
やっぱりそうか。確かにプロの風格だ。
プロと競えるなんて滅多にない。
よーし、燃えてきたああ!
「両者、いい勝負ですっ! 残りは十分! どちらが優勝するのか?!」
司会の言葉に敵の方を見る。
黙々と食べ続けているけれど、水を飲む回数が増えていた。
しかも、心なしかさっきよりも食べるペースが落ちているようにも見える。
正直、私も苦しいけれど。まだ入る、大丈夫。
私がイワシ玉バーガーにかぶりつくと、視界の隅で三番が食べかけのバーガーを口に押し込むのが見えた。
「両者、ゆずらないっ! これはいい勝負です!」
司会が興奮したように言った。
プロと互角に戦える私って、実は才能があるのかも!
そんなことを考えて舞い上がったら、まだまだ食べられる気がしてきた。
するとギャラリーの方からこんな声が聞こえてくる。
「十番って女の子じゃん」
「女の子が大食いかあ……」
まったく見知らぬ人の声が、まるで桐生の心を代弁しているように思えた。
そうだよね……。大食いの女の子なんておかしいよね。
しかもプロといい勝負ってどれだけ食べるのよ、私。
そもそも大食い大会に出場しに来たんじゃない。
デートをしに来たのに……。
食欲を優先せずに女の子らしくしていたら、今ごろは桐生と一緒にいられたのだろう。
なんてバカなんだ!
ふと桐生の笑顔が浮かぶ。
その途端、急に満腹を感じた。
右手に持ったイワシ玉バーガーを口に持っていこうとする。
だけど、食べられない。
無理やりこれを口に入れたら、桐生がどんどん遠くへ行ってしまうような気がした。
もうフラれたようなものだけど……。
私がこんなに大食いじゃなければ、今ごろは良い雰囲気になっていたのかなあ。
だけど、隠れて食べているところ、見られちゃったからもう戻れないよね。
もういやだ。なにもかもいやだ。
食べたくない。
帰りたい。
桐生と一緒じゃなくちゃ意味がない。
「おおっと?! 十番が止まったあああ! もう辛いか?! ギブアップか?!」
司会の言葉にギブアップしようかと考えた。
優勝して何になるって言うのよ。
こんなことで一位になっても桐生に好きになってはもらえない。
「ギブ」
そこまで言いかけた時。
「嵐山あああ! がんばれええ!」
遠くの方から声が聞こえた。
桐生だ!
応援してくれてる!
え? いいの?
私は、このまま突っ走っていいのね?
「分かったあ!」
そう叫んで、勢い良くイワシ玉バーガーを口に入れる。
お腹が苦しいな。
でも失恋の苦しみに比べればなんでもない!
ちらっと三番を見ると、辛そうにしながら水を飲んでいた。
そして勢いが復活した私に目を見開き、慌てて手に持ったイワシ玉バーガーを口に押し込んだ。
させるかあ!
私は負けじと咀嚼のペースを速め、次のバーガーを掴み、口に入れる。
「おおっと! 十番が持ち返したああ!」
司会者が驚いたような声を上げる。
私は食べる手を動かし続けた。
お腹が苦しいとか味が分からないとか、そんなことはどうでもいい。
桐生の声援を無駄にするわけにはいかないの。
彼の声援には『優勝』の二文字で応えなきゃ!
恋する乙女は無敵なんだからねっ!
そして。
「優勝商品は米一俵です! おめでとうございますっ!」
司会の声に周囲から歓声と拍手が沸き上がる。
私が両手を頭上高くあげてそれに応えると、よりいっそうの歓声が上がった。
「あの子すげー!」「優勝するなんて大したもんだな」
あちこちから、そんな声が聞こえてくる。
やったああ! プロに勝ったよ!
そして米を見て言う。
「うわあ。これで一ヶ月はお米に困らないな」
すると桐生が人ごみをかき分けてこちらにやって来るのが見えた。
「おめでとう! すごかった!」
桐生が興奮気味に言う。
「さっきは声援ありがとね」
「役に立って良かったよ。でも、最初に見た時は、びっくりした」
桐生の言葉に私はこう尋ねてみる。
「大食いの上に早食いの女の子って、引かないの?」
すると、桐生は耳まで真っ赤になり、ちょっと目をそらしたが、すぐにこちらをまっすぐ見返しながら……意を決したように言う。
「大食いだろーが早食いだろーが、俺の嵐山への気持ちは変わらない」
私も真っ赤になりながら口を開く。
「喜んだらお腹減っちゃった。甘い物でも食べよっか」
<おわり>