5.武侠 VS 機械重騎兵
5.武侠 VS 機械重騎兵
稜帝国とトライカミリア王国の戦争は、奇妙な拮抗を見せていた。発達した銃器と大型兵器により、多くの戦場では王国軍が常に圧倒してみせた。だが、肝心な戦略上の要所をめぐる戦いにおいては、まったく事情が変わったのだ。
武侠。そして宝貝。
この二つが投入された戦場は、トライカミリア王国にとって悪夢に変わった。銃弾を弾き、榴弾の爆発を潜り抜け、ただ一人で戦列をかき乱す武侠の技。そして、時には敵も味方もお構いなしに、大軍を殲滅してのける宝貝の脅威。王国軍は、急ぎその対策を講じねばならなかった。
その一つが、この対武侠専用自動甲冑、機械重騎兵である。
当初こそ「歩く棺桶」と呼ばれ、時に嘲笑の対象にさえなっていたが、改良を重ねた現在、時に練達の武侠さえも屠る戦果を挙げるに至った。
その恐るべき脅威が、今、翆玲の目の前に迫っていた。
巨大な甲冑の両肩にかかる、純白の上衣には青色の正三角形が描かれている。トライカミリア王国の国教、イフセス教の象徴だ。これを掲げることができるのは、聖堂騎士団か、特別に教会に認められた勇者のみである。
翆玲は左手で右の拳を包み、胸の前に掲げてみせた。稜帝国において敬意を表す挨拶、抱拳だ。
「モンゴメリ伯爵とお見受けする」
「……ほう、吾輩をご存知とはな」
機械重騎兵の巨体の真ん中に据わっていた兜が、蒸気を噴き出して上にスライドした。下から現れたのは、豊かな銀色の髭をたくわえた、初老の偉丈夫である。顔の大半をまだらに染める火傷の跡は、灼熱の蒸気が噴き出す第一世代の機械重騎兵に長く乗ってきた証だった。それは同時に、翆玲のような武侠を相手にして、これまで生き延びてきた猛者だということでもある。
グラハム・Y・K・モンゴメリ伯爵は、火傷だらけの顔をぐいと歪ませて笑った。
「貴女のようなお若い女性に知られているというのは、ふふ、悪い気はせんものだ」
「かの『隻腕龍』、天竜道人を一撃のもとに破った御仁だ。武林で知らない者はいないよ」
軽い口調で言う翆玲の頬に、冷や汗が伝った。天竜道人と言えば、内力によって体を鉄のごとく強靭にする「硬気功」の名手であった。その技は入神の域にまで達しており、拳は戦車を砕き、頭突きひとつで厚い防壁を粉砕してのけるほど。
その天竜道人が機械重騎兵に倒されたという知らせに、武林は激震したものだ。
「天竜道人か。吾輩もよく覚えておる。この機械重騎兵に乗って幾多の武人を倒してきたが、ほれ、吾輩の戦鎚にこうも見事な傷をつけたのは、かの御仁が初めてであったわ」
見れば、巨大な戦鎚の頭に、くっきりと拳の跡が刻み込まれている。間違いない。天竜道人の拳の跡だ。つまり、天竜道人の内力と真っ向からぶつかって、それを撃破した何よりの印である。翆玲は、武林に伝わった知らせが間違いであってほしいという甘い考えを捨てた。
すらり、と腰の宝剣を抜く。
「あたしは崋山派、劉翆玲。英雄と名高いモンゴメリ伯爵に、一手ご指南願いたい」
「単身、この『スパーム・ホエール』に乗り込むほどの猛者。このグラハム・Y・K・モンゴメリ、全力をもってお相手しよう」
甲冑の兜が、再び下に降りた。
一瞬の静寂。
ばうっ!
モンゴメリ伯爵が、一気に距離を詰めた。鈍重そうな外見からは想像もつかない、一瞬の加速である。背中の噴出口から蒸気を噴き出し、巨体に爆発的な推進力を与えたのだ。
巨大な戦鎚が、横殴りに翆玲に襲い掛かる。老練、としか言いようのない一撃だった。伏せるには低く、飛び退るには近すぎる。懐に潜り込むには、戦鎚を持つ巨腕に吹き飛ばされる覚悟が必要だった。
空いているのは上方のみ。
翆玲は、軽功を巡らせて床を蹴った。振りの大きな戦鎚をやり過ごし、振り切った隙を突いて上空から一閃を見舞う目論見。現に、足元を通り過ぎて行った戦鎚は、その重さゆえに、伯爵の上体を大きく崩している。
かわした。勝った。そう思った。
内力を込めた宝剣を伯爵の兜に突き込もうとしたその時、翆玲の背に悪寒が走った。この程度の相手に、あの天竜道人が遅れをとる理由がない。
かわしたのではない。誘い込まれたのだ。
「ぬうん!!」
その一声と同時に原動機が咆哮を上げ、機械重騎兵の全身が軋んだ。甲冑に内包された暴力的な力が、戦鎚によって崩れたはずの体勢を強引に引き戻す。わずかな手首の返しで、戦鎚の頭が90度回転した。天竜道人が刻み込んだ拳の跡が、まるで睨みつける眼光のように、翆玲を捉える。
機械重騎兵の全動力を注ぎ込み、モンゴメリ伯爵は本命の一撃を繰り出した。相手を飛ばせておいてから、空中で渾身の打撃を見舞う技。このとき、戦鎚の速さは音速をも越え、食らった相手は血肉の雨と化して周囲に降り注ぐ以外になすすべを持たない。
これぞ天竜道人を屠った、必殺の「大鉄橋にかかる虹」!
迫る鉄槌を前に、翆玲の脳裏に電光のように思考が交錯する。
迎え撃つか、軽功で軌道を変えるか、速すぎる、強すぎる、間に合わない、ならば……!
空気の壁を破る轟音とともに、中央情報室の中空に、赤い花が散った。