4.宝貝、「無限竹簡」
4.宝貝、「無限竹簡」
中央情報室にはざっと10人ほどの人員が詰めていたが、それを残らず外に放り出すのに大した苦労はしなかった。わざわざ皆殺しにするまでも無い。適当に何人か蹴り飛ばすなり、点穴するなりして脅しつけると、皆、倒れた仲間を抱えて逃げ出していったのだ。
「王国にはろくな男がいないねえ」
手ごたえの無さにいささか呆れながら、翆玲は中央情報室の扉をロックし、さらに拾ったライフルで閂をかけた。扉は分厚く頑丈だ。とりあえず数分は稼げるだろう。
「さて、本番と行きますか」
前述したとおり、翆玲に課せられた任務は、この「スパーム・ホエール」から重要な情報を奪うことだ。そのために、莫大な情報が集まるだろうこの中央情報室へとやってきた。
しかし、正直なところ、彼女にはどの情報が有用なのかさっぱりわからなかった。「マル秘」とでも書かれた機密書類の封筒が神棚に供えられているならまだしも、見も知らぬこの場にやってきたばかりで「さあ何か探せ」と言われても困ってしまう。さっきから壁際の機械が電信を記録した紙を吐き出しているが、翆玲には「何だか穴のいっぱい空いた紙」以上の意味をくみ取れなかった。
「……やっぱりこいつに頼るしかないか」
もとより、戦闘要員としての期待しかされていないのは承知の上だ。
翆玲は、腰に下げた皮袋の封を解き、中身を引っ張り出した。
出てきたのは、細長い竹の板を糸でつないだ巻物、いわゆる竹簡だ。しかし、ただの竹簡であるはずがない。これは、神仙が作り上げた宝貝なのだ。この中央情報室でこの宝貝を開くことこそが、翆玲に与えられた任務の要であった。
翆玲はどことなく不安げにしげしげとそれを眺めていたが、やがて意を決して竹簡をまとめている帯を解いた。
次の瞬間こそ見ものだった。
開いて伸ばしてもせいぜい40センチ程度にしかならぬだろう竹簡が、帯を解いた途端、数十メートルにまで伸びて空中に広がったのだ。まるで、長すぎる体をもてあます竜のように、とぐろを巻き、折り重なり合いながら、部屋中に広がっていく。
異変はそれだけではなかった。竹簡の陰から、「今までここに隠れていました」とでも言うように、筆を持った童子がわらわらと姿を現したのだ。その数100人以上。人間の手のひら大しかない、二頭身の童子たちは、我先にと、竹簡に筆を走らせていく。
これこそ宝貝「無限竹簡」であった。童子たちは、この中央情報室に存在する、ありとあらゆる情報を書き留めていく。決定的な軍事機密から、今夜の献立、ネジ一本の規格に至るまで。そこに一切の優先順位はなく、取捨選択も無い。とにかくそこにあるもの全てを、手あたり次第、すさまじい速さで竹簡に書き込んでいくのだ。
限定された空間内での情報収集に、これほど威力を発揮するものはあるまい。それは重々分かっているのだが、翆玲には素直に褒める気にはなれなかった。
100人で同時に書いていくのだから、重複はあたりまえ。誤字も脱字もお構いなし。さらには童子同士がなわばりを争って喧嘩まで始めるのだ。これが、宝貝を作った仙人があえて加えた「人間らしさ」だというのだから、翆玲は呆れるしかない。
「ま、いいけどさ……」
どうせ、あとで解読するのは軍官僚や学者どもの役目だ。自分の知ったことではない。
翆玲には、まだ重要な役目が残っている。この「無限竹簡」とともに、生きてここを脱出せねばならないのだ。
これまで戦ってきた兵士たちの力を考えると、脱出は容易のように思える。しかし翆玲は、これだけで済むとは考えていなかった。ここに来るまでに耳にしていたのだ。恐るべき強敵の名前を。
「……おいでなすった」
中央情報室の外、扉の向こうの通路から、震動が近づいてくるのが分かった。いや、足音というべきか。重く巨大な何かが、ここに近づいているのだ。
童子たちが仕事を終えて姿を隠すと、「無限竹簡」はするすると巻き取られて翆玲の手に収まった。腰の皮袋に乱暴に押し込む。きちんと封をしている余裕はなかった。重い振動を伴う足音が、扉の外で止まったのだ。
べぎゃっ!!
閂にしていたライフルごと、分厚い扉が内側に吹き飛んだ。危うく直撃しそうになるところを、翆玲は蹴りひとつで足元に叩き落す。
「狭いな。だからもう少し広くしてくれと頼んだものを……」
太い声とともに、巨大な鋼鉄の腕が現れた。それまで扉がついていた四角い枠を、まるで紙でも破るかのように押し広げていく。
どずん、と一歩踏み込んできたのは、身の丈3mを超えようかという鋼鉄の甲冑だった。いや、ただの板金鎧ではない。その背に搭載された大型の原動機が唸りを上げれば、体の各所で開閉する圧力弁から白い蒸気が吹き上がる。
トライカミリア王国が、ただ武侠を殺すためだけに開発した機械式甲冑。その名を機械重騎兵。
翆玲が唯一脅威と認める鋼鉄の騎士が、人間二人分はあろうかという巨大な戦鎚を握り、また一歩踏み出した。