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3.防衛部隊、男のプライド

3.防衛部隊、男のプライド


 剣光が閃くごとに、王国軍の兵士が倒れていく。

 床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴りながら、劉翆玲は王国軍大型飛行船「スパーム・ホエール」の中を駆け抜けていた。当然、王国軍兵士が大挙して立ちふさがったが、通路を縦横に駆け巡る翆玲を捉える銃弾はほとんどなかったし、たとえ命中弾があってもあっさりと鉄扇で叩き落としてしまった。まれに手榴弾が投げ込まれたが、そんなものは蹴り返してやれば相手が勝手に総崩れになるので、逆に手間が省けるというものだ。

 それよりも翆玲が閉口したのは、「スパーム・ホエール」の入り組んだ構造と、存外な広さだった。

 「スパーム・ホエール」は、飛行船と言っても巨大なガス嚢の下にちんまりとゴンドラがくっついているようなシロモノではない。四基の大型エンジンを付けた主翼がガス嚢を両側から挟み込み、その下に巨大なスペースを確保しているのだ。

 正直なところ、翆玲は目的地を見失いつつあった。

 早い話が、迷ったのである。

「ああもう、面倒くさいったら!」

 床、壁、天井と、不規則な軌道を描きながら、翆玲は通路にひしめく20人からの防衛部隊の先頭に飛び込んだ。一人をライフルごと両断し、もう一人を蹴り飛ばして天井にめり込ませる。ナイフを抜いて襲い掛かる三人目には、その胸板に内力を込めた掌打を叩き込んだ。

 ずどん! と機内が揺れた。翆玲の掌法によってほとばしった内力は兵士の胸から背中へと突き抜け、衝撃波となって後続の兵士たちをなぎ倒した。胸を打たれた当の兵士は、全身の穴という穴から鮮血を噴き出して、その場で立ったまま即死している。

 ずるり、と兵士が崩れ落ちるその陰から、翆玲の眼光が鋭く後続部隊を刺した。

「どうした? 止めるんじゃないのかい?」

 返り血をぬぐう女侠の凄みのある笑み。後続を率いていた隊長が恐慌に陥ったとしても責められまい。これは、止められない。止めようがない。

「さ、下がれ! 後退しろ! も、モンゴメリ伯をお呼びするんだ!」 

 隊長のその一言で、後続はワッと総崩れになった。目の前に迫る化け物から少しでも離れようと、ライフルを放り出して我先に奥へと逃げ出す。口火を切った隊長も当然逃げ出そうとしたが、踵を返したところで後ろから肩を掴まれた。

 ぞっとするような声。

「敵にケツを晒して、助けにすがるのが英雄好漢のすることかい?」

「う、うわああああ!!」

 苦し紛れにナイフを抜いたが、即座に叩き落される。逆に、翆玲の指が隊長の胸を二か所、軽く突いた。

「あ……!?」

 その瞬間、隊長は自らの異変に気付いた。体が動かない。指先ひとつに至るまで、まるで自分のものでなくなったかのようだった。

「無駄だよ。点穴てんけつしてあんたの経絡を塞いでやった。今、自由がきくのは口だけさ」

 人体には数十の経穴けいけつ(ツボ)があり、それは全身を巡る経絡の要所となっている。それを突いて経絡を巡る気血を操作するのが「点穴てんけつ」だ。翆玲は隊長の胸の経穴を点穴し、その動きを封じたのである。

 翆玲は、隊長の胸ぐらをつかみ上げて、できる限りの猫なで声で尋ねた。

「中央情報室ってのがあるね? そこまでの道をちょいと教えてくれないか」

 すぐには命を取られない。そう思い至った隊長は、わずかなプライドを奮い起こして言った。

「……誰が、貴様などにそんなことを……」

 ずだん!

 翆玲の足が、隊長の左足の小指を靴ごと、文字通り踏みつぶした。鉄製の床に、くっきりと足形が残る勢いだ。突然の激痛に悲鳴を上げる隊長に、翆玲はもう一度、猫なで声で訪ねた。

「……あと何本我慢できる?」

 たまったものではなかった。

 恥も外聞もかなぐり捨て、隊長は中央情報室への道順どころか、人員の配置までべらべらとまくし立てた。もはや任務などどうでもいい。とにかくこの災難の塊が少しでも早くどこかに行ってくれればそれでよかったのだ。

「大体わかった。ありがとうよ」

 翆玲は、聞くだけのことを聞いてしまうと、無造作に隊長の胸を二ヶ所押した。それだけで、すっと彼の体が軽くなる。点穴が解かれたのだ。

「じゃ」

 そう言い残して、翆玲はくるりと踵を返した。隊長は生き残ったことに胸をなでおろしたが、歩み去ろうとする無防備な翆玲の後姿を見て、いきなり怒りがこみ上げてきた。彼の胸にほんの少しこびりついていたプライドが、自分の有利を悟って頭をもたげたのだ。

「待て!」

 小指を潰された左足を引きずりながら距離を詰めた隊長は、翆玲の後頭部に拳銃の銃口をゴリッと押し当てた。立ち止まる翆玲。

「……バカにしやがって」

 銃口をぐりぐりと押し当てながら、隊長はわめき散らした。

「どうした、どうしたよ。おい、ほら、命乞いをしてみろ! 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、『命だけは助けてください』と言ってみろよ!」

 相手の生殺与奪を握った。そう確信した彼の哄笑だったが、それは翆玲の長い、長いため息に切り落とされた。

「……ああもう、面倒くさいねえ」

「……あ!?」

「撃つならとっとと撃ちゃいいじゃないか。みっともないったらありゃしないよ」

「……この……!」 

 これだけで、隊長の頭に一気に血が上った。なぜ、翆玲が余裕を崩さないのかなど考えもしない。余裕を見せるなら、自分の怖さを思い知らせてやるまでだ。彼は迷わず、銃口を密着させたまま、トリガーを引き絞った。

 ダン!

 銃声が轟く。

 拳銃は長く硝煙を引きながら、ごとりと床に落ちた。それを握っている、右腕と一緒に。

「あいいいいいぃぃぃ!?」

 隊長は絶叫した。翆玲の頭が爆ぜ割れるかと思いきや、自分の右腕の肘から先が無くなっているのだ。自分の動悸に合わせて鮮血を噴き出す傷口を見ても、何が起こったのか理解できなかった。

 翆玲が、トリガーを引いてから弾丸が発射されるまでのわずかな時間を利用して、振り向きざまに隊長の腕を切り落としたのだ。

 トリガーに力を込めた瞬間、その者の動きは極めて限定される。銃身を動かすわけにはいかないし、発射の反動にも備えねばならない。ほとんどその場に固定されるようなものなのだ。翆玲のような練達の武侠にとって、それは充分過ぎる隙だった。銃口が押し当てられたことで、振動から相手の挙動を知ることができるとあれば、なおさらである。

 悲鳴を上げて転がる隊長を、蔑み切った目で見下ろした翆玲は、もはやそれ以上一瞥もくれずに背を向けた。もはや、

「殺すだけの価値も無い……」

ということだ。

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、隊長はその場でもがき続けていた。

 苦痛と怨嗟の声は、もう翆玲には届かなかった。










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