第一章 日本国立対魔学園(7)
講堂は事務所がある建物に隣接しており、その外見は先進世界の学校の体育館に似ていた。そして、他の建物にはない美術的なデザインがなされている。講堂の前には何人か人がおり、その中には夜明らと同じ軍服を着ている人がいた。夜明らと同様、この学園に入学する生徒である。
講堂に入る為には受付を済ませないといけないようで、彼らは入学証明書と思われるものを受付に見せていた。そして入学者であるという確認が取れると、その入学者は茶封筒を渡され講堂に入っていく。これが横から見ていて分かった受付の流れだった。講堂前の人たちはこの流れをスムーズに行い、どんどんと講堂に吸い込まれていく。
夜明らも講堂に入るべく受付に到達すると、夜明と涼火を事務所から講堂まで案内してくれた人が、受付に何か書類を渡した。それは夜明と涼火の入学証明書のようで、書類には顔写真が貼られている。
すると、受付の人は夜明と涼火に茶封筒を渡し、講堂内に進むよう手で促した。渡された茶封筒にはそれぞれの名前が書かれてある。また、案内してくれた人とはここでお別れとなる。事務所と講堂は隣接していたためあまり必要のない案内だったが、夜明は案内人に礼をして講堂に入った。
夜明と涼火が講堂に入ると、ロビーのような場所には立て看板が置かれていた。そこには、入学生はホールに入って席に座ることが指示されていた。その立て看板は日本語で書かれている。
外見は体育館のようでも、やはりここは講堂で客席のようなものがあるらしい。その看板を見終えると、夜明と涼火は階段を急ぎ足で登った。周知の通り時間がないのだ。
階段を登り、夜明がホールに繋がっているであろう扉を開く。視界に飛び込んできたのは、夜明が想像通りホールだった。
舞台が奥のほうにあり、映画館のようにそこから段々と位置が高くなるように客席がある。およそ七百人が収容できるようでかなり大きなものだった。座席はその半分ほどが埋まっている。入学する生徒に加えて、保護者などのその関係者たちが座っているのだ。
夜明と涼火も空いていた座席に急いで座った。ホール内はすでに静まり返っており、舞台上ではマイクの前に誰かがスタンバイしている。そして、夜明と涼火が座ると同時にマイクの前にスタンバイしていた人が喋り始めた。夜明らが座るのを見計らっていたようである。
「えー、こんにちは。私はここの学園長であるフィードル•ハウメルだ。……」
こうして式は始まった。先進世界での式は来賓紹介などのどうでもいいものを聞かねばならなく、夜明は嫌いだった。だが、今回はそんな面倒くさいことはなく、いきなり学園長の話が始まっていた。ただその学園長が、今の季節の景色などのどうでもいいことを喋っている。
夜明が面倒に思って目を瞑ろうとしたとき、夜明の右肩が軽く叩かれた。夜明の右に座っているのは涼火である。
「……なんだ?」
できるだけ声をひそめて夜明は話しかける。
「今から寝るわ。重要な話とかは小早川君が聞いといて頂戴。終わったら起こして」
涼火はそうとだけ言うと、背もたれに身を預け眠りについた。そんな涼火からの願い出を受けた夜明は、心の中でため息をつく。夜明は、自らも寝ようとしていた脳みそを叩き起こした。正直、夜明もこの時間を使っての睡眠を考えていた。だが、夜明はそれを諦めることにし、その対価として涼火の寝顔を少し眺めることにした。
涼火が完全に寝入ったことを確認すると、夜明はステージに目を向ける。丁度その時、学園長の話は本題に入り始めていた。学園長は白髪長髪でずっしりと声が低い。軍服を着ており、胸には中将を示す階級章が見てとれた。
夜明はつい最近まで、軍とは縁のない生活を送っていた。その為、階級や階級章に関しても疎く、それ以前に軍の構成さえ分かっていなかった。
先進世界では第三次世界大戦が終結し、日本が戦勝国となってから今年で三十五年が経つ。それでも、世界各地では紛争が絶えず行われていた。敗戦国によるゲリラ戦が終戦から三十五年経った今日でも激しさを増しており、その鎮圧に国防軍が動員されている。その為、ニュースなどで軍のことを耳にすることは、夜明の生活の中でよくあることだった。
ただ、夜明はミリタリーマニアというわけではないので、軍についてそれ以上のことを知っているわけがなかった。勿論、階級章のことについてもである。夜明が学園長の階級を把握することができたのは、夜明が後進世界に赴くに差し当たって、軍についての予習をしていたからだった。
「この学園は知っての通り、国防軍管轄の施設だ。従ってここに入学した者は国防軍の軍服を着ることになる。その為、一つ誓ってもらわなければならないことがあると、皆さんは容易に想像がつくはずだ。それはこの世界に蔓延るヴァンパイアを殲滅することに命を捧げ、国防軍に忠誠を誓うことだ。
それは一体なぜか?それは、私たちが今ここにいられるのが、先人たちの命を惜しまない行動と、先進世界からの技術支援があったからだ。………」
夜明は学園長の話を聞いていて、学園長が国防軍をかなり高く評価しているようだと感じた。
ここにいる入学者は、自分の世界をヴァンパイアから解放することを目的に学園に入ったはずである。そうであるにもかかわらず、彼らは国防軍の都合のいい駒になっているような気がした。
「ここを卒業した者は、ほとんどが両界編制軍に所属することになるだろう。皆さんは両界編制軍に所属すると何をしないといけないか。それは、両界編制軍がヴァンパイア専用の軍隊であることからわかる通り、ヴァンパイアを殲滅することとなる。
だが、それはこの世界に限ったことではない。ヴァンパイアの一部は先進世界に転移し、そこで猛威を振るう。それを処理することも両界編制軍の仕事だ。この世界の不始末は、我々が片付けるのが筋だからだ。………」
ここにいる入学者が今後していかなければならないことが、学園長の口から淡々と話されていく。周りの生徒はそれを必死に聞いていた。
ただ、学園生が先進世界に転移したヴァンパイアの処理も自分たちがしなければならないという理屈を納得できるか、夜明は不思議に思った。
全ての元凶である大量のヴァンパイアを後進世界に追いやったのは、何を隠そう先進世界の人間である。そのいわば仇となる先進世界の人間を、ヴァンパイアから守ることに抵抗はないのか。夜明はそれを疑問に思ったわけである。
ただ、その事実を知らなければどうということはない。つまり、後進世界は都合の悪いことを若い世代に隠している可能性があった。
だが、そんな事実を知っていようとそうでなかろうと、夜明や涼火以外の学園への入学者は、自分の世界をヴァンパイアから守ることを最大の目的としている。その為、大勢の少年少女が、命を惜しむことなく対ヴァンパイアのスキルを得ることのできるこの学園に来ている。
しかしそんな大勢の考えとは逆行して、夜明と涼火は後進世界がどうなろうと関係ないと思っていた。二人からしてみれば、後進世界はつい最近知った存在。そんな世界を大切に思えという方が無理な話なのだ。
夜明と涼火は復讐する為に後進世界に来ている。そして、復讐に必要な技術を得る為に学園に来た。この目的の為であれば、夜明は全てを捨てることができる。勿論、死ぬことさえも惜しまない。
結論として、夜明や涼火と他の入学者は今後の目的が違っていた。根本的な行動理由が全く違っているのだ。一つ同じ目的があるとするならば、それはヴァンパイアを殺すことだけである。この考え方の差がいずれ問題へと発展するかもしれない。夜明はそんなことを思った。
「この頃街の中で、王政は先進世界に蹂躙されているという言葉をよく聞く。だが、それはどのような場面を見て言われていることなのだろうか。先進世界は多大な技術提供も惜しまず行ってくれてる。それに貿易もフェアにしてくれている。
この世界の窮地を救ってくれた先進世界に、そんな言い草は良くないのではないだろうか。この学園も先進世界のお陰で運営されている。それを忘れずに学園生活を過ごして欲しい。………」
学園長の話が進んでいくに連れて、夜明はその話を聞くのが嫌になっていた。彼らは先進世界を過大評価し過ぎているのだ。
先進世界はこの世界の資源を目的としているわけで、それ以外についてはついでとしか思っていないはずである。資源が出なくなれば、この世界はすぐに捨てられてしまうだろう。
それにもかかわらず、どうして宗教じみてまで先進世界を評価するのか。夜明の心には、先進世界の人間として罪悪感がこみ上げていた。
「最後に皆さんに紹介しておくと、今年は先進世界からも学園生として二人が来ている。仲良くしてやってくれ」
学園長は夜明らの簡単な紹介を最後に話を終えた。始まってから時間にして約五分。学園長は舞台から下がっていった。
このあとに何があるのかと夜明は少し期待して待っていたが、今年の首席合格者の話が少しあっただけで、式典はものの十分で終わった。夜明からすれば嬉しいことだが、これもこれでどうかと感じる。
すると、今度はホール内のスピーカーから女の人の声が流れ始めた。
「これにて式典は終了です。個人に配った茶封筒内の用紙に書かれているクラスへそれぞれ向かってください」
内容の薄すぎる式典はその放送をもって終了した。遅刻してもさほど問題がなかったと夜明は感じざるを得ない。
周りの生徒が一斉に動き出す。その際に、通路を進む人は夜明を見るなり珍しいものを見たように表情を変えた。顔の成り立ちが全く違う為、夜明が例の先進世界の人間だとすぐに分かったのだろう。
夜明はそれを適当に無視し、ぐっすりと寝ていた涼火の肩を揺さぶって起こした。十分で深い眠りにつける涼火に夜明は感心する。起こされた涼火は、十分しか寝られなかったことにイライラしているようだった。
だが、そんなことは夜明には関係のないことである。夜明は言われた通りに涼火の代わりに話を聞き、終わってから涼火を起こした。咎められることは何一つなかった。
「茶封筒の中の紙に書かれているクラスに向かうんだって」
夜明は涼火にそう言うと、自分の茶封筒を開けて紙を取り出した。
1-C
それが夜明のクラスだった。そして、自分のものを確認するなり夜明はすぐに涼火の方を見た。
涼火は眠たそうに目を擦り、茶封筒を破り開けて中から紙を取り出す。原形をとどめない茶封筒は夜明が回収した。そして、涼火は目をこすりながら紙をのぞき込んだ。
「んー………いちのしー?」
涼火は眠たそうに口にする。そして興味を無くしたのか、その紙を夜明に渡した。夜明がその紙を確認すると、確かに1-Cと書かれていた。
「おお、僕と同じだ」
夜明は事実だけを述べる。クラスが別になると涼火の暴走を抑えられる人材がいなくなるため、夜明としては同じクラスで良かったと思った。涼火はというと、夜明のその言葉を聞くなり一度目を見開いて笑みを浮かべた。そして、機嫌良く立ち上がり通路を歩き始める。眠たそうな雰囲気はどこにいったのか、涼火の足取りは軽快であった。
夜明はそれを見て、涼火が喜んでいる理由をなんとなく察した。その瞬間に夜明の背筋は凍ったが、あくまでも予想だと思い込んで夜明は現実逃避した。
涼火の機嫌がいいならそれに越したことはない。夜明はそう考えて、涼火の後についていった。