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第69話 再会

 うちの主人公に生傷がない日が来ると信じて!

 デュエルスタンバイ!


ガギンッ!!


鈍い金属音と共にフランのすぐ脇に剣が振り下ろされる。


受け流しきれなかったために身体が傾き、よろける体に鞭打って倒れる事だけは回避すると顔を上げて男の顔を睨み付ける。


「ぜぇ……ぜぇ……ぐっ」


「どうした、最初の勢いはどこに消えた?」


唯一の救いは、目の前の大男が仲間を制していることだろうか。


フランを見くびっているのか、自分1人で十分だと思っているのか男は仲間には手を出させず1人でフランと戦っている。巨躯から放たれる一撃はどれも即死級の威力がある上、今のフランでは受け流すことすらままならない。おまけにフランの攻撃は大きなその剣で軽々と防がれてしまうと言うのだから、これほど結末の見えた戦いもないのではないかと思ってしまう。


それが分かっているのか男の仲間たちもあえて手を出すような無粋な真似はせず、焚火の傍で2人の戦いを観戦している。


自分でも分かっている。


今の自分ではこの男に勝つことはもとより、時間稼ぎすらままならない。男が本気を出していないから未だに立っていられると言っても過言ではない。しかし、フランはそんなものにもすがらなければならないほどの体たらくだった。


「立っているのもやっとなんじゃないか? 苦しまずに殺してやるから無駄な抵抗は止めておけ」


「残念なが、ら、ここで死ぬわけにはいかない……」


そう呟きながらフランは再び剣を振るう。


だが、その剣を振るう腕に力はなく、男はそれを容易く弾き飛ばしてしまう。衝撃が腕を伝って傷口に達すると、傷口が開いて血が流れ出す。一太刀も喰らっていないにも関わらず、いつの間にかフランは四肢から血を流し、地面に落ちた血が土に染み込んでフランの周辺に黒ずんだ一帯を作り出す。


「……何か、常人とは違う気配を感じたが気のせいだったようだな。お遊びはここまでだ、死ね」


彼からすれば数分の出来事だっただろう。


しかし、フランからすれば数時間にも感じられた。それほどまでに体が悲鳴を上げていたということなのだ。呼吸するだけでも痛みがこみ上げ、その度に視界が霞む。その霞む視界に男の剣を振り上げる姿が映る。


あれを受ければ、楽になれるかもしれない。


そんな事を考える自分もいる。


(……けれど)


フランはタイミングを見計らう。


よろけながらもわずかに足を前に出し、今まさに自分に向けて振り下ろされようとする剣の刃と自分の距離を測る。圧倒的に不利な状況でこちらから攻勢をかけても容易く防がれてしまうのはもとより承知の上だ。相手が油断し、こちらが抵抗できないと思って隙の大きい攻撃を感情的に撃ちこんでくるのを待つしかなかった。


そしてそれが、今だ。


男の屈強な二の腕に力が入り、振り上げられた剣の切っ先が美しい弧を描きながらフランの脳天目掛けて振り下ろされる。


その瞬間、フランは両手を頭の上まで一気に持ち上げる。右手は剣を持ち、左手はその剣の峰に添えて、振り下ろされる剣を待ち受けた。剣を受けるのが目的ではない。狙うのはその剣を持つ、男の腕だ。


「ぬうっ!?」


男の唸り声が一瞬聞こえ、その直後肉が裂かれ、骨が絶たれる音が夜陰に響き渡る。


フランの頭に彼女のものではない血が降りかかってくる。脇に男の大きな剣が落ちる鈍い音がして、両腕を斬られた男が膝をついて必死に痛みに耐えている。


「ぜぇ……はぁ、っ、やっぱ、もう無理かな……」


目の前の男が膝をつくと同時に周りにいた仲間たちがサッと殺気を放ち、何も言わずにフランの周りを囲んでいた。小男が男の腕の切り口に自らの服を巻いて必死に止血を試みている間にフランは3人の男に今まさに襲い掛かられようとしていた。


さすがに3人を相手するだけの体力は残っていない。


正直男を倒した後の事を考えていなかったフランはふらつきながらもそんな自分に苦笑してしまう。


剣を持つ手に力が入らず、剣がするりと手をすり抜けて地面に落ちる。それを合図にしたかのように3人の男が一斉に飛び掛かってきた。


「死ねえええええっ!!!!」


男たちの怒りに満ちた叫びが鼓膜を震わした















「…………え?」


次の瞬間起きた出来事にフランは一瞬理解が追いつかなかった。


今まさに振り下ろされようとしていた3つの刃が突然砕かれ、そのコンマ5秒も経たないうちに男たちは見えない「何か」に四肢を切り裂かれていた。切り裂かれた四肢が宙を舞い、四肢を失った胴体が地面に叩きつけられる。


「うぎゃああああああ、お、俺の、俺の腕が、足がああああっ!?」


「な、なんだっ!?」


唯一無事だった小男が仰天して振り返ろうとしたが、振り返るよりも早く首筋に一筋の赤い線が走り、ぐらりと揺れると頭と胴が生き別れになる。


もちろん、小男の視界に自らの胴が映り、地面に頭が落ちる頃にはその意識も消え去っていただろう。


フランは何も分からず、自らの周りに出来た肉塊の浮かぶ血の海に茫然としながら立ち尽くしていた。


ただ分かるのは生き長らえたということだけだ。振り返ってダンとルーノが草むらから顔面蒼白になりながらこちらを見ているのを確認したフランは緊張の糸が切れて意識を手放してしまう。


そして体が傾き、地面に崩れ落ちようとした時、後ろから誰かに支えられるのをおぼろげに感じた。















「無事かい、母さん、父さん」


ブラックアウトした視界の中、うっすらと声が響いている。


「あ、ああ、じゃがその子は大丈夫なのか? ただでさえ酷い怪我をしておったのに、儂らを庇ってこんなひどい事に……」


「……、酷い怪我だが、まだ間に合う。すぐに家に戻ろう」


「こ、この人たちは?」


「所詮山賊、あとで町の警察に伝えておこう」















「……知らない天井」


この台詞を何度言ったか、自分自身でも分からない気がする。


顔を動かして周りを見渡すと、自分がベッドに寝かされているということを理解する。いつの間にか包帯を取り換えてもらっていたのか、比較的血の滲んでいない包帯を巻かれている。そして何より、窓から眩しい光が差し込んでいてその眩しさに目を細める。


「ここは……」


「おお、気が付いたか!」


その時、部屋の扉を開けてダンが入ってくると、フランの姿を見て笑みを零した。


「まったく、昨晩は散々な目にあったのう。嬢ちゃんのおかげで命拾いしたわい。おーい、ルーノ、フランが気が付いたぞー」


開けたままの扉に向かってダンが声を張り上げると、少し離れた場所からルーノの返事が聞こえてきて、しばらくしてルーノも姿を現した。どうやら水仕事をしていたようで、濡れた手をエプロンで拭きながらルーノはベッドの脇まで駆け寄ってくると布団を捲って体の状態を確かめた。


それをしてもらってフランもようやく自分の体がミイラのように包帯だらけだと気づかされた。屋敷を飛び出した時よりも包帯に巻かれた部分が増えており、傷が広がってしまったことが否応なしに分かってしまう。


「無事でよかったわ。せっかく助かったのにあなたが死んでしまっては意味がないのだから」


「え、ええ、お二人もご無事でよかったです」


ルーノは立ち上がると何か食べるものを取ってくると言い残して部屋を後にする。


ダンもひとまず部屋を後にしようとしたのでフランはそれを引き留めて1つ気になっている事を訊ねようとする。


「あ、あの」


「うん? なんだい?」


「昨晩、あたしが倒れた時、受け止めてくれたのはダンさんですか?」


「いや、儂ではなく息子じゃな。今は畑仕事をしているから、あとで紹介しなくてはな」


「はい、命の恩人ですから是非お礼をさせてもらいたいんです」


「ははは、儂らにとっては嬢ちゃんが命の恩人じゃ。礼を言うのはこちらもじゃ」


それだけ言うとダンも部屋を後にする。


ベッドの上でもがきながら体を窓に寄せると、そこから外を見渡してみる。小高い丘の上にあるのか、眼下に畑が広がっている。窓の脇には農作業用の牛が繋がれていて、すぐにその横にダンも姿を現した。


ダンは牛の世話もほどほどに畑に顔を向けると、大きな声で畑に向かって叫んだ。


すると畑でスッと人影が立ち上がり、何度かキョロキョロと辺りを見渡した後畑を出て家の方に歩いてきた。麦わら帽子を被り、タオルを肩にかけた姿はどこからどう見ても農家の息子と言った姿だ。その姿が徐々に大きくなっていくにつれて、フランは強烈な既視感に襲われた。


(いや、既視感、なんてレベルじゃ、ない?)


目を凝らし、窓に頬をぶつけながら近づいてくる姿を観察していると、ふとその青年が麦わら帽子を取った。


「っ!!」


その姿を見た時、フランは体が固まるような感覚を感じた。


白い髪が太陽の光を反射させて輝いているように感じさせる。そして顔の上半分をスッポリ覆うような大きな布の帯が目を隠している。にも関わらず、まるでそこに何があるのか分かっているかのように柵の開いているところを通ってダンの傍までやってくると、何事かを話している。


その姿はかつて「兄」と慕った人物のそれとうり二つ、いや同じだった。


「デュオ、兄さん」


口から無意識のうちに零れた名前は、かつてフラン自身がその目を焼いた青年のものだった。


しばらくその姿から目を離せずにいると、向こうが何かしらの視線を感じたのか顔をこちらに向けた。そして窓まで近づいてくると窓を開け、フランの顔を上から覗き込んでくる。


「あ…………」


いきなりの事に、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。


こんな形で再開できるなんて思ってもいなかったのだから、その顔を見上げるフランは口を半開きにした状態で固まってしまう。


「こんにちは、いや、久しぶり、の方がいいかい?」


「あ、ああ……」


言葉が出ず、ただ窓からデュオの顔に手を伸ばす。


その手が頬に触れ、人の温もりを感じた途端、フランは胸の奥底からこみ上げてくるものを抑えきれず、それは涙となって頬を流れ落ちた。


「泣いているのかい? 相変わらず泣き虫だな、エネアは。……いや、フランと呼んだ方がいいか」


ダンから名前を聞いていたのだろう。


訂正するデュオだったがフランは首を振り、涙を拭って何とか笑みを浮かべる。この笑みが彼に見えているかどうかは分からない。けれど、何故かそうしなければならないような気がしたのだ。


「ううん、どっちでもいいよ。どっちも、あたしだから」


「そうか……、積もる話もあるだろうが、無事で良かった」


デュオはそう言うと自分の頬を撫でるフランの手を握る。


「お互い、無事で本当に良かった」


デュオのその言葉には、彼と、そしてフランにしか理解できない重みがあった。















所は変わって王都に移る。


ゼーカによる襲撃後、事件を聞いてすっ飛んできた近衛の兵たちに連れられて王城の一室、普段クラウスが執務する部屋に戻されると、24時間体制で警備が立つようになった。そのため屋敷の事をほとんどメリスたちに任せる結果となってしまったクラウスは窓の外から見えるヘラの町の方角を眺めながら、これからどうしたものかと思案していた。


軟禁とまではいかないが、警護というものにも限度がある。外に出る時は必ず近衛兵が警護し、食事は厳重なチェックが行われているのかクラウスの前に並ぶ頃には冷めてしまっている事もあった。ありがたいのかありがたくないのか、困ったところである。


何よりクラウス自身が自分を狙っての襲撃でないことを知っている。何度説明したところで理解してもらうことなど出来ないであろうから最初から大人しく何も言っていないのだが、クラウスとしては自分よりも屋敷の警護、さらに突っ込んで言えばフランを守ってもらいたいというのが本心だ。


(だが、何故このタイミングなのだ。一国の大臣の屋敷にいるフランを正面から堂々と襲うようなことをすれば警察ではなく近衛の兵、軍が動いてしまう可能性すらあったはずだ。そうなれば再度襲うのはより困難になる……)


これが一般人の家だったら話は別だったかもしれない。


元軍人や腕っ節が自慢の料理人はいないだろうからフランも殺されていた可能性が高い。しかしファルケン家はこの国の人間ならば知らぬ者はもぐりと言われても仕方のないくらいの知名度がある。そこをあのような形で襲うというのは情報が欠落していたか、単なる行き当たりばったりな犯行ということになる。


後者は、あの状況からしてまずあり得ない。


屋敷を結界で封じた手際の良さだけ見ても、ある程度計画的なものだろう。


(2度目がないことは最初から織り込み済み……か?)


あるいは、本当に重要な情報が抜け落ちていたのかもしれない。


ともあれ推論で物事を考えてもなかなか結論など出るものではない。


「ジッとしているわけにもいくまいな……」


予定よりも早く王都に戻ってきたのだから、出来る事をする必要がある。


「宝物庫の書物……、さて、どうしたものか」


話に聞いた王族以外の閲覧が禁止されている書物の存在を知ってしまった以上、調べないわけにはいかない。


クラウスは部屋の扉を開けて外に出ると、一度わざとらしい伸びをして扉の左右に立つ近衛兵に視線を向ける。


「少々調べたい事があるから宝物庫へ行く」


「分かりました、ご同道いたします」


(だろうなぁ)


城の中ならあるいはとも思ったが、やはりどこへ行くにも2人以上の警護がつくことになった。


クラウスの執務室から宝物庫は随分離れているため、階段を下りて、渡り廊下を渡って、再び階段を上がってさらに地下への螺旋階段を下りるという面倒な道のりになる。当然顔見知りとすれ違う事も多い。


「おお、クラウス殿ではないですか。屋敷の一件聞きましたぞ、ご無事で何よりです」


声をかけてきたのは3人いる大臣の1人だ。


「赤男爵ともあろうお人の寝所を襲おうとは、恐ろしい馬鹿もおりますなぁ」


そう言いながら高笑いをする。


「マニス殿、私が死ねばあなたがナンバー2、喜ばしいことなのでは?」


笑顔で皮肉を言ってやると、マニスが顔面を蒼白にして慌てて首を振る。


「じ、冗談が過ぎますぞ!」


「はは、冗談だ」


悪い男ではないことはクラウスも長年付き合っていて知っている。


ただ、少々人を見下したような、小馬鹿にしたような態度のおかげで周りの評判が悪いのだ。その点についてはクラウス自身何度も治すよう言っているのだが、染みついた貴族の優越感というものはなかなか抜けないようだ。


ついでに言えば、マニスには適度な運動もするよう言っている。何しろこの男、服を着ていても分かるほどの中年太りで、首のラインは顔の大きさと同じくらい太くてどこからが首なのか分かりづらい。当然、「税金で贅沢をする大臣」と陰口を叩かれている。


「ところでクラウス殿、どちらへ?」


「ああ、宝物庫に用があってな」


「宝物庫ですか、お探し物で?」


「そうだ。そろそろいいか? 急ぎなのだ」


「それは失礼。では、これで」


マニスは一礼するとクラウスとは逆の方向へ歩き出していく。


それを見届ける事もせずクラウスは先を急ぐ。















「これはクラウス大臣、何か御用ですか?」


「うむ、すまんが開けてくれ」


「しばしお待ちください」


長い螺旋階段を下りて突き当りにある扉を叩くと、小窓が開いて中にいた衛兵がクラウスの姿を見て姿勢を正す。


中で開錠する金属音が響いて扉が開くと、クラウスと近衛兵2人を招き入れて再び鍵を閉める。


あたりまえだが、宝物庫は厳重な警備がされている。王家に伝わる由緒正しい品や、友好国から贈られた品、国政に関わる重大な機密が記された書物など、様々な物が保管されているため、大臣であろうと手続きを踏まないと入庫を許されない。


クラウスはテーブルの上に置かれた紙に自分が来た日付、時間、目的などを簡単に記して先ほどの衛兵に渡す。衛兵がそれを見て問題ないと判断すれば中に入る事が出来るのだ。


「……目的の欄が空欄ですが?」


「国家に関わる非常に重要な案件なのだ。宝物庫を守る貴殿であろうと話すわけにはいかん、これでは駄目かな?」


「い、いえ、失礼しました」


職権を振りかざしているようであまり良い気はしないのだが、形振り構っている場合でもないので少々語気を強めて衛兵を鋭い目で見ると衛兵はすぐに頭を下げて宝物庫の扉の前にいる仲間たちの方に視線を送る。


宝物庫の扉は一見するとただの木製の両開き扉にしか見えない。しかし中には鉄製の柱が入っており、それ自体もかなり頑強に造られている。開閉方法も少々特殊で、2人いる衛兵が扉の左右にある手の平大の魔法陣に自らの魔力を流し込み、その間に先ほど紙を受け取った衛兵が扉の中央で呪文を唱える。


これらが恙なく行われて初めて扉は開く。開錠の呪文は1日毎に変更される上、その呪文を知るのは彼以外には王しかいない。


重々しい音を響かせながら扉が開くと、それに連動して宝物庫内に明かりが灯る。


「どうぞ」


「うむ、ご苦労。……ああ、少し集中したいので、君たちもここで待っていてくれ」


案の定自分と一緒に宝物庫に入ろうとした近衛兵2人を制してそう言うと、困ったような表情を2人が浮かべる。


なのでクラウスは一度小さくため息をついて言葉を続ける。


「ここはこの城で陛下の私室の次に厳重な警備下にある。それに入り口に君たちがいれば誰であろうと突破は出来んと私は思うが?」


それでも「仕事ですから」と言ってついてこようとしたらどうしようかとも考えていたが、幸いその言葉で2人は渋々ながら納得し、「ここでお待ちしております」と言って下がっていった。


「ふう、守られるのも大変だな……」


ようやく1人になれたクラウスは大きく息を吐き、宝物庫を見渡す。


クラウスが用のあるのは閲覧禁止の書物だ。そもそもそれがどこにあるのかも分からないためとりあえず書物が保管されている棚の所へ向かう。何度も調べた棚であるが念のためもう一度だけ関連しそうな本を手に取って内容を確認するが、今の時点でクラウスが持っている以上の情報が新たに手に入ることはなかった。


(やはり、閲覧禁止の書物を探すしかないな)


視線をグルッと一周させるがここ以外に書物が置かれていそうな棚は存在しない。


そもそもここは宝物庫なのだから保管されている書物も決して多くない。


(まあ、こういう所だから何か隠し通路のようなものがあってもおかしくはない……)


重要なものは戸棚の中に大切に、だ。


何か手がかりになりそうなものはないかと棚や周囲の壁を調べていると、足元の床に何かを擦ったような跡がある事に気が付いた。その跡は壁の下に消えていっており、その付近だけ周りより床が汚れている。


床に伏せて床と壁の付け根に目を凝らすと、わずかな隙間があるのが分かった。試しに小さな火球を作り出してその隙間に近づけると、その隙間から吹いてくる風に火が煽られる。


「ここか……、それで入り方は……」


適当に石造りの壁をぺたぺたと触ってみるが開く気配はない。


「ふむ……」


両手を壁につけ、魔力を流し込んでいく。


そして壁の裏にある空間で着火するとくぐもった音と共に隙間なく造られた壁が揺らぎ、隠し扉の端の石が衝撃で砕けて隙間が出来る。あとはそこに手を突っ込み徐々に穴を広げていく。


中から風が吹いているためどこか外に繋がっているかとも思ったが、穴の中は明かりもない真っ暗闇で、クラウスは自ら灯り代わりの炎を手に浮かべながら慎重に中に入っていく。


(簡単すぎる、か?)


自分が通った穴を振り返って見つめながらクラウスは妙に出来過ぎていると感じる。


王族しか入る事を許されない区画がこんなに簡単に見つかり、おまけに入れるものなのか。


(しかし、これを逃す手もあるまい)


穴の奥はさらに細い階段が続いていた。


クラウスは崩した穴を手早く元に戻して先を進む事にする。


壁に手をつき、一段一段ゆっくりと降りていくと、しばらくして突き当りが木の板で閉ざされた場所に出る。閉ざされたと言うよりは塞いだと言った方が適切だろうか。木の板で土嚢のようなものが崩れるのを防いでいるようで、先ほどの隠し扉に比べると随分とお粗末な塞ぎ方をされている。


(これは、こちら側から塞いだのか)


板を退かすと土嚢が支えを失って床に落ちてくる。


そしてその先には再び木製の壁が姿を現した。ほんのわずかに隙間があり、そこからその先を覗いてみると幾つかの本棚がある一室だった。温かみのある灯りに照らされた部屋の中に人気はなく、クラウスは恐る恐る木の板を退けようとして手をかけ、それが壁ではなく大きな本棚であることに気が付いた。


穴を塞ぐような形で置かれた本棚は思いのほか軽く、クラウス1人の力でも簡単に退かすことが出来た。そうして出来た穴を潜って部屋に入ると、視界に厳重に閉ざされた鉄製の扉があるのに目が行く。


「なるほど、これは正規のルートではなかったのか」


自分が通ってきた穴を見つめ、それが何者かがここに来るために作ったものであることを理解する。


(だとすると、いかんな、国家機密どころの話ではないレベルの書物を外部の人間に読まれている可能性が……いや、確実に読まれているな……)


こうして隠し通路があり、穴を塞いだ形跡もあるということはつまりそう言う事だろう。


誰だか知らないがクラウスは内心ほんの少しだけ感謝しつつ目の前の本棚に目を移す。本とは思えないほど装飾のされた本や、逆に随分年月が経っているのかボロボロに色あせているものまで様々だ。


とりあえず手近な1冊を手に取り広げてみると、それは王族の家系図だった。家系図というのは非常に厄介なもので、王位継承順位の問題や、王位継承資格がそもそもあるのか、少なくともクラウスの記憶にはないが、国によっては王が侍女に手を出して生まれた子が王位継承をしなければならない場合もある。


ある意味、家系図というのはその国の王族にとって最終兵器にして究極兵器なのかもしれない。それくらいの重要度のあるものだ。それを知るのが目的ではないのでそれが家系図だと分かるとクラウスは本を閉じ、次の本へと意識を移行させる。















「……ぬ」


随分時間が経ってしまっている事に気が付いたのは20冊目を確認し終えた頃だった。


あまり長い時間ここにいると宝物庫の入り口にいる衛兵たちが不審に思って様子を見に来てしまう可能性がある。ここにいる事がばれるとさすがに今後に響くため、次の1冊にしようと思い表紙に魔法陣の描かれた本を手に取り最初のページを開いた瞬間、クラウスの手が止まる。


「これは……」


そこには「ゲンドリル・ヴェラチュール計画」と書かれており、その文字は太い線で塗りつぶされかけていた。


すぐさまその本の内容を確認しようとした時、背後で物音がした。


「大臣、ここで何をしてらっしゃるのですか!!」


やはり時間をかけすぎたようだ。


穴から顔を出した衛兵が強張った表情をこちらに向けている。


「ここがどういう場所であるかは分かってるでしょう! だ、大臣と言えどただでは済まされませんよ!」


後からドカドカと宝物庫を守っていた衛兵たちが姿を現し、クラウスを取り囲む。


「……やれやれ、面倒な事になったな」


「し、失礼ながら規則は規則ですので拘束させていただきます。処分は国王陛下直々になりますので、お、お覚悟も……」


「分かった、分かった。だからその物騒な獲物をしまいなさい。逃げも隠れもせんよ」


手に持った本を素早くローブの中に隠し、クラウスは衛兵に囲まれながら宝物庫を後にした。

 やあ(´・ω・`)ノ

 復活しておきながら半月更新しなかったハモニカが通りますよ~。

 

 はい。今回は比較的軽傷で終わりましたかね? うちの主人公。

 山賊さんがやたらと上から目線っていうか、強者っぽい台詞吐いてますが、所詮山賊。バッサバッサと切り捨てちゃいましょうね~。


 手首ズバーには元ネタというか、参考にした居合の型があります。

 ぶっちゃけ前後の動き全然違うんで一部をパクっただけというのが正確ですが。


 さて、件の兄弟姉妹にとって長男にあたるデュオが登場しました。

 眼帯っていうか、顔の上半分完全に隠してるんでもはや眼帯なんてレベルじゃないんだよなぁ……。

 

 兄弟姉妹が続々と増えてきていますが、これから終盤にかけて他にも必要なキャラクターを増やしていきます。まあ、言うほどたくさんじゃないですけどね。

 

 そして何やらお父さんが厄介な事に巻き込まれたご様子。

 仕方ないですね、あの娘にしてあの親ありという行動力の持ち主というか、なんというか。

 閲覧禁止の書庫に入り込んで、フィ○チ先生に見つかっちゃったポ○ターですな。

 透明マント、ないもんね。


 それではまた次回(・ω・)ノシ

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