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第65話 誰が為に


ここまで65話書いてきて思った事。


「主人公、ズタボロやなぁ」


でした。


あと、今回はちょっと後書きが長いかもです。読み飛ばしちゃっても問題なしですが。


では、どうぞ。



「ははは、どうしたんだ姉さん、感動の再会だ、もっと喜んだらどうだ?」


頭の中を整理する時間すら惜しみ、フランは壁にぽっかりと開いた穴から屋敷の外に飛び出していた。


後ろでテトが何かを叫んでいるのが聞こえてきた直後、そんな事が頭から吹き飛ぶほどの衝撃を背後から受ける。まるで空気が巨大な壁となってフランを突き飛ばしたかのような衝撃にバランスを崩し、フランは地面に叩き付けられる。


「何を……っ!?」


月明かりしかないはずの中庭、自分の背後に月明かりではない別の光がある事に気が付き振り向くと、屋敷を丸々包み込むように淡い白色の輝きが視界一杯に飛び込んできた。


ベールのようになびいているが、決して風に流されている訳ではない。そっとその表面に触れようとすると、バチッと言う音と共に手を弾き飛ばされる。


「邪魔が入ると面倒なんでね」


結界だ、それも飛び切り強力なもの、無理に中に入ろうとしようものなら体がバラバラになってしまうような代物だ。


未だに門の上で器用に片足立ちしているゼーカを名乗る青年は不敵な笑みを湛えながら手に持つノコギリのような剣を大きく振るう。ギザギザとした刃が空間を削り、青白い火花を散らすとその火花が鋭い刃のような形になってフラン目掛けて飛来する。


咄嗟に横に飛び退いてそれを避けると、直前まで自分が立っていた場所一帯に雨霰のように青白い刃が突き刺さっていく。地面に深々と刺さり、土を抉り取っていく。


(これは……)


地面を軽々と抉るその刃は形こそ違えどアフェシアスが作り出す魔力刃とうり二つだ。


「ほら、もっと楽しめよ、姉さん!」


「くっ!?」


体の左右を青白い刃が勢いよく通過していき、それを避けるために足を止めたその一瞬を狙って第三撃がフランの胴目掛けて放たれる。


アフェシアスの魔力刃でそれを斬り伏せるとゼーカの眉がピクリと上がり、攻撃の手を休めた。そしておもむろに肩を震わせながらくぐもった笑い声を漏らし始める。


「く、くくく、実に楽しいよ、姉さん。実にりがいがある!」


ゼーカはそう言いながら自分の得物を舌で舐める。


ゼーカが何を目的にここにいるのかは分からない、当然その理由もだ。ただ、唯一分かるのはこのままでは自分自身が死にかねない上に、屋敷の中にいるレティアたちにも危害が及ぶ可能性があるということだ。


それだけは彼の目を見ればはっきりと分かる。その目はまるで猛禽類のそれを思わせるただならぬ気配を纏っている。


(皆、無事でしょうか)


結界を張られただけならばともかく、中で別働する何者かが襲撃している可能性も捨てきれない。


メリスやグラントが遅れを取るとは思いたくないが、自分のせいでこういう事態になっていることは嫌というほど理解できる。出来れば今すぐにでもアフェシアスの最大出力で結界をぶち抜き、安否を確認したいところだ。


だが、それをゼーカは許さない。


門の上から屋敷全体を見据え、フランの挙動全てを把握しているゼーカを出し抜くのは容易ではない。


その時、背後からくぐもった爆発音のようなものが聞こえた。


その音に反応したようにゼーカが「へぇ」と半ば感心しながら笑みを零した。


「中の連中、外に出たがってるみたいだな。……よし、姉さん賭けをしないか?」


「賭け、ですって……?」


「ああ、あの結界は俺が最も信頼している人が作ったものだ。そん所そこらの攻撃じゃ壊れはしない。とはいえ、何度も攻撃を加えられればさすがに壊れる。だからもし、俺を姉さんの大切な人達が外に出てくるまでに倒せたら、俺は大人しく退くことしよう。ただし、間に合わなかったら十中八九俺に攻撃をしかけてくるだろう。そうなれば、姉さんの大切な人達も俺の標的とな――――――」


半ばまで真面目にゼーカの話を聞いた自分を殴りたい。


最後まで言い終わらせずにフランはゼーカ目掛けて斬りかかっていた。


「おおっと、話は最後まで聞くもんだぜ、姉さん!」


「問答無用!」


当たり前の話だ。


ゼーカは賭けなどと言ったが、メリスたちが外に出てくればこの状況を見てゼーカに攻撃しないわけがない。そうなれば賭けがあろうとなかろうとゼーカの剣の切っ先は皆に向かう。ゼーカは話をして時間を稼ごうとしただけの話だ。メリスたちが出てくれば、フランをもっと苦しめる事が出来るだろうという考えから。


そうと分かればのんびり話を聞いている場合ではない。


倒すことは出来なくとも、少しはゼーカを疲弊させておかなければならない。


悔しいがフランにはゼーカを単独で倒すだけの自信も力量もないという自覚があった。しかし諦めるなど論外であり、倒すことが出来ないのであれば少しでも体力を削らなければならない。そうすれば、メリスたちの負担が少しは軽減されるはずだ。自分が倒される事も当然あってはならないことだ。


ゼーカはフランが話を聞く耳を持たない事を察すると若干面白くなさそうなため息を漏らすもすぐに頭を切り替えてノコギリ状の剣でフランの攻撃を受け止める。地面に対して平行に構えた剣の峰に手を添え、剣を捻るとノコギリのギザギザにアフェシアスの魔力刃が引っかかり、そのままいともたやすく砕かれる。


いわゆる、ソードブレイカ―と呼ばれる種類の剣だ。


(武器殺し…、厄介ですね)


刃を粉砕される度に作りなおしていたのでは時間もかかるし隙も出来る。


「うらっ!!」


考え事をしている最中もゼーカは関係なしに突っ込んでくる。


アフェシアスの銃口をゼーカに合わせ、引き金を引くもゼーカは弾道が見えているかのように軽々と可否して良き、フランは自分がゼーカの射程に入った事を理解すると同時に魔力刃を再構築する。


直後、首目掛けて斬り上げられたゼーカの剣をギリギリのところで受け止める。


(重いっ)


まるで巨大な鉄槌でも相手にしているかのような重みを腕に感じ、体が後退する。


それだけではない。受け止めた魔力刃すら、ゼーカは身体を捻って剣の溝に引っかけると片手で折る。


霧散する直前に魔力刃の破片が顔目掛けて振りかかり、フランは反射的に目を閉じる。鋭い痛みを頬や額に感じ、うっすら開けた目にゼーカの足が見えるや否やその足元目掛けてアフェシアスを撃つ。地面が砕けて土くれがゼーカを襲い、一旦距離を取る。


頬に生暖かい感触を感じて手で拭うと、決して少なくない量の出血が始まっていた。眼帯を固定している紐が切れて普段感じない風を顔の左半分に感じてとっさに手で押さえようとする。


「くく、その顔(・・・)も久々に見た気がするな」


「……趣味が悪いですね」


地面に落ちた眼帯を拾い上げて切れた紐を手で持つと、頭の後ろに回して固く結び直す。


そして大きく息を吸い込むと銃を素早く持ち上げてゼーカに向けようとした。


「なっ!?」


「遅っ」


だが、その時にはすでに目の前にゼーカの顔があった。


剣を持っていない左手でアフェシアスの銃身を掴むと躊躇いなく捻る。本来人間の体が曲がる様に出来ていない方向に腕が捻じられ、フランの右腕が悲鳴を上げる。指と腕の骨がミシリと軋み、とっさに銃から手を離す。


(なんて速さ……)


あと少し判断が遅れれば、指と腕の骨が折れていただろう。


限界まで捻じられ、悲鳴を上げた右腕を押さえながらフランはゼーカを睨み付ける。


ゼーカはアフェシアスを左手で器用に回しながら悠然と佇んでいる。


「ふ~ん……、なんだこのオモチャ。遠距離からチマチマ撃って、爆発的な魔力がないと魔力刃も作れない……、出来損ないだな」


しばらくして興味が薄らいできたのかゼーカはそう呟きながらアフェシアスをフランの方へ投げ捨てる。


そして自らの得物である剣を持ち上げると愛おしそうにその刃を撫でる。


「殺す感覚も感じず、そんな意味のない武器なんてつまらないだけ」


「あたしは誰かを殺すためにこれを持っている訳じゃありません」


アフェシアスを拾い上げながらフランは強い語気でそう言う。


向こうから会話をする気なのであれば、時間稼ぎを目的とするフランとしては願ってもないことだ。そう思ってあえてこちらから仕掛けるような真似はせず、ゼーカの言動、動きに細心の注意を払う。


「へぇ、殺すためじゃない、と言うか。武器の存在意義は敵を殺すことだ。それを後生大事に持っている姉さんは潜在的にどこかで敵を欲してるんじゃないのか? 大切な人を、敵を殺して守る事により、より信頼を、より大切にしてもらいたい、そんな風に考えているんじゃ?」


「そんなはずありません」


「本当にそうか? 守りたい、というのはどういう意識だと思う? 守りたいと感じるためにはその対象が何らかの脅威にさらされている必要がある。つまり脅威が必要不可欠なわけだ。守るためには対象と脅威がいる、それすなわち敵を欲しているという事じゃないのか?」


「揚げ足取りにすぎませんよ、ゼーカ」


聞く耳を持つ必要はなさそうだ。


そのような事を言って精神的に攻撃して来ないとは限らない事くらい分かっていた。フランはゼーカの言葉を一蹴する。


(話している必要もなさそうですね)


どちらにしても、この話をしていて心地よいはずがない。これならば、まだ戦っていた方がマシな様に感じられてしまう。そう思ってアフェシアスの銃口をゼーカに向けると、それを見てゼーカが小さくため息をついた。


「可哀想なのは姉さんじゃない。あんたが守ろうとしている人だ。姉さんが守りたいと思えば必然的に脅威がその人に向かう。これがどういう意味か分かるな?」


「…………」


「分からないか? なら言ってやろう。姉さんがここにいる限り、守るべき人に危険が迫るってことだ、姉さんのせいでな・・・・・・・・


「っ! 黙れえええっ!!」


フランは叫びながら引き金を引く。


「くく、イイ顔だ」


だが、ゼーカはそれを剣で弾き飛ばす。


地面に剣を突き刺すと地面を掘り返す様に土を抉る。土の中で生まれた魔力刃が土の中を進みながらフランに迫ってくる。地面から生えた爪の様な魔力刃を跳んで回避しようとすると、その回避を読んでいたのかゼーカが跳んで宙にあるフランの顔面に回し蹴りを叩き込んでくる。


「うらっ!」


「あぐっ!?」


腕でそれを防ごうとすると、くぐもった骨の折れる音が響き、腕が関節のない所で曲がったのがフランにも分かった。


そのまま地面に叩き付けられ、背中を強打すると息が詰まりそうになる。アフェシアスを手から落としそうになるがここで無防備になるわけにはいかない。歯を食いしばって折れた腕に力を入れると、激痛が走る。


「腕が折れたか」


そう言いながら近づいてくるゼーカをギリギリまで引き寄せてから思い切りその腹に蹴りをお見舞いしてやると、なんとか立ち上がってゼーカから離れようとする。


「逃がすかよ!」


背後からゼーカの声が響き、体勢を立て直す暇もなくフランは痛む腕を抱えて体を反転させる。


右腕が折れているため左手に銃を持ちかえ、迫るゼーカ目掛けて引き金を引くと銃が大きく跳ね上がる。慣れない左手で撃ったため、狙いは正確ではなかったがそれでもこの距離で外すことはなかった。弾丸は本来狙った胴を大きく外れて喉笛に直撃し、ゼーカは反動で体を大きく反らしながらもんどりうった。


「はあ……はあ……、っ、しまったっ」


乱れた息を落ち着かせようとした直後、自分の撃った弾丸が当たった場所に気が付いてハッとなり、庭に大の字に倒れ込んだゼーカに駆け寄る。


喉に当たった弾丸が喉仏を潰し、喉から止めどなく血が溢れ出し庭に小さな血だまりを作り始める。貫通こそしていないが、十分な致命傷だ。意味があるかどうか分からないが本能的に服の端を破って血を止めようとする。


しかし……。


「なっ!?」


いきなり手首を掴まれ、片手で投げ飛ばされる。


地面を転がりようやく止まると、何が起こったのか分からず顔を上げる。


「ペッ。まったく、容赦ねえなぁ。一瞬意識が飛んだじゃねえか」


「ば、馬鹿な……」


そこには喉に手をやりながらも笑みを浮かべたゼーカがいた。


倒れている間に喉に溜まった血を口から吐き出して口元を拭うと、フランの鼻先に剣を突き立てる。


「馬鹿な? おかしなことを言うな。俺も、姉さんも自分がどういう存在だと思ってやがるんだ」


(だとしても、早すぎる……)


ゼーカがフランと同じ類の体を持ってるとすれば、超人的な治癒能力があるのではないかと頭の片隅で考えていた。


トリアの時の様に致命傷であってもある程度時間があれば治ってしまうのは同じ、だがゼーカのそれにかかる時間は予想よりも相当早い。技量でも勝てない、捨て身で攻撃しても回復能力で勝てない、もはや八方ふさがりに近いかもしれない。


フランは歯ぎしりしながら月明かりに照らされるゼーカを睨み付けるしかなかった。















「ちょっと、まだ開かないの!?」


レティアの切羽詰まった声が室内に響き渡る。


事が起こってすぐにレティアとクラウスのもとにメリスたちが姿を現した。その直後に窓の外が真っ赤に染まり、外に出る事が出来なくなってしまった。


「これは少々時間がかかります、お嬢様」


玄関の扉のすぐ外に張られた結界を破るためにメリスとトリア、デックスが悪戦苦闘する中、それを見ている事しか出来ないレティアは赤く染まって外が見えない窓に視線を向ける。


騒ぎが起こってすぐに傷だらけのテトから何があったのかは聞いている。トリアと同じような白い髪の青年がフランの部屋を攻撃し、フランが外に飛び出した途端結界が屋敷全体を覆う様に張られた。


「ああもう、力づくでどうにかならないの?!」


「落ち着きなさい、レティア」


焦りを隠せないレティアに椅子に座ったままのクラウスが諌めるように声をかける。


「父様、どうして落ち着いていられるの?!」


冷静なクラウスの様子にレティアが怒鳴り返す。


「今屋敷を覆っているのは多重結界、外が見えないのはそれだけ分厚いものだということだ。とてもじゃないが1人で出来るようなものではないから、テトの言っていた青年以外にも襲撃者がいると考えて良いだろう。外の様子も分からない以上、冷静にならねば我々はもちろん、外のフランも危険が及ぶ。状況からしておそらくフランは戦っているのだろう」


その言葉にレティアの顔がさらに強張る。


「なら、なおの事ジッとなんてしていられないじゃない……っ!」


歯ぎしりしながら自分にもできる事を探そうと辺りを見渡すが、何も思いつくことが出来ない。


(焦燥に駆られているのはここにいる皆だ、レティア)


言葉、態度には出さないがクラウスも同じように焦っていた。


フランをピンポイントで狙った白髪の青年、共謀しているであろう他の人物、この強固な結界、どう考えても私怨や通り魔的なものではない。フランに関わる何者かが襲ってきたと考えてまず間違いない。


襲撃者の背後にはもっと大きな影があると考えるのが妥当だろう。


そしてフランに関わる者となると、件の計画の関係者の可能性がある。白髪という計画の被験者の特徴と一致する青年の存在がその可能性をさらに高めている。


(となると、フランを誘拐しようとでも考えているのか?)


それならば、このような大がかりな事をする必要はないはずだ。


フランは屋敷の外に頻繁に出ているし、そこを襲う方がよっぽど効率的だ。


(誘拐が目的じゃないとすると、一体何が……)


分からない。


この襲撃の背景にあるものがさっぱり見えてこない。


「テト、あなたが見たという青年の特徴を教えてくれませんか?」


ふと、メリスと共に結界を壊そうとしていたトリアが汗だくの状態で戻ってくると床に座っているテトに声をかけているのにクラウスは気が付いた。


テトはフランが襲われた時その部屋におり、瓦礫で怪我をしたためクレアに手当てをしてもらっている。本人は必要ないと言っているが、大事になると大変だと言って聞かないクレアに言い負けて大人しくしているが、彼女もまた居ても立っても居られない心境だろう。


「うぬ? 先ほども言ったが白髪でギザギザした剣を持っていた事くらいしか見ておらなんだよ」


「ええ、ですからその時彼はどんな表情をしていたか、覚えていませんか?」


「表情……? さあ、暗くてよく見えなんだが、笑っていたように思えたのう。それがどうかしたのかの?」


その言葉にトリアは「やっぱり」という表情をした。


クラウスは立ち上がるとトリアに近寄り、声をかける。


「襲撃者に心当たりがあるのか?」


「……はい、確証はありませんが。僕やフランの弟にあたる奴かもしれません……」


「となると、やはり例の計画の被験者か」


そう言うとトリアが複雑な表情をする。


兄弟が見つかった反面、それが襲撃者であるという嬉しさと辛さ、悲しさなどが入り混じっているのだろう。


「そんな話してないで、この結界壊す手立てを考えてよ、父様!」


扉の方でトリアと交代で結界破壊の作業に参加しているレティアが叫んでくる。


まったく、いつもいつも通る澄んだ声をしてくれるものだ、我が娘は。


小さくため息をつきながらゆっくりと扉に向かうと、レティアを押しのけてデックスの隣に立つ。彼女もまた汗だくで、表情は険しい。


「状況は」


「多重結界の3分の1程度は。ですがまだ……」


「よろしい、少し下がっていたまえ」


この短時間でこの結界の3分の1を削れたのならば十分すぎる結果だ。


クラウスはメリスとデックスも下げると両手を結界に当てる。手の触れた部分から結界が淡く光を発する。


これほどの結界をあのわずかな時間で作り出すのには相当な技術と魔力が必要だ。フランやトリア同様常人離れした魔力の保有量の誰かがこれを維持しているのだ。これを壊すためには瞬発的にその魔力の供給量を上回るだけの魔力を撃ちこみ、結界を維持する魔力の帯を絶たねばならない。


それは常人には不可能に近いものだ。


「だが、私も伊達に赤男爵レッドバロンなどとは呼ばれていないのでな。舐めてもらっては困る」


そう、少なくともクラウス自身は、その枠内には収まっていないという自負があった。















何かが軋み、割れるような音が響いた。


その音に眉を吊り上げたゼーカに対して、フランは嬉しさ半分焦燥半分で背後の結界に覆われた屋敷に振り返った。壁にひびが入る様に結界に蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていく様子を確認したフランはゼーカが飛び出してくるであろう家族に対して攻撃を加えるであろうという確信を持った。


(そうはさせない!)


亀裂の中心は玄関、フランは玄関とゼーカの間に立ちふさがる。


「予定よりも早いな。よっぽど強力な奴が中にいたのか……、後退準備」


最後の一言はここにいるフランに対して言った様子ではない。


「逃がしませんよ」


どこかにいる仲間に知らせたといったところだろう。


どちらにせよ、大人しく逃がすわけにはいかない。


「姉さんの意見は聞いていない。だが、すぐに追われても面倒なのでな……」


ゆっくりとゼーカは剣を振り上げる。


すると剣の周りに光球が生まれ、それらは剣の周りを回りながら徐々に大きくなっていく。ニヤリと一度笑みを浮かべるとゼーカは剣の切っ先をフランではなくその背後にある亀裂の入った結界に向け、光球を撃ち出す。


光球が結界に当たると破裂し、その衝撃が波紋となって結界を伝わっていく。結界が軋み、すぐ内側にある屋敷も軋み始める。


「何を……」


「結界を内側から破壊するとそのエネルギーは当然外に向かって放出される。なら逆はどうなると思う?」


「なっ!?」


フランが驚愕することなど気にも留めず、次から次へと光球を発射し続ける。


フランもそれを迎撃するために弾を込め、飛来する光球に狙いを定めて間髪入れずに引き金を引く。必死に撃ち落とそうと指の感覚がなくなるくらい激しく引き金を引くが、それでも数が多すぎる。次々と結界に衝突して亀裂が大きくなっていく。


「どうした、なす術もなく棒立ちするつもりなのか、姉さん?」


挑発するように、侮蔑するように、あざ笑うゼーカの言葉が胸に刺さる。


分かっている。


この状況でゼーカの攻撃を止ませるためには何をするのが最も効果的か。


(お嬢様に、また怒られそうですね)


躊躇った時間はほんのわずかだ。


レティアが悲しむ顔をするだろうと思うとわずかに足が重くなった。


だが、それも捨て去る。


今自分に出来る事をする。そして出来る事は……。


(ゼーカの狙いをあたしにッ)


それだけだった。


「それでこそだ、姉さん」


自分目掛けて走り出したフランにゼーカは先ほどまでのあざ笑うような笑みではなく、わずかにトーンの落ちた声でそう告げた。


剣を引き、その切っ先がフランに向けられる。


(剣を自由にさせるな!)


自分に言い聞かせる。


胴を突いてくるゼーカの一撃を身体を捻って受け流す。脇腹を刃が抉り血が溢れ出す音が聞こえてくる。


だがフランは止まらない。


そのままゼーカの目と鼻の先まで突っ込むと脇腹を抉った剣を持つゼーカの腕を脇で挟む。腕が折れている以上、こうするしかない。剣を封じると右手に持つアフェシアスをゼーカの眉間に押し当て、引き金を引く。しかしあと少しのところで銃身を掴まれ狙いを逸らされる。


こめかみを掠めるだけに終わり、魔力刃を作り出して追撃しようとすると、ゼーカが剣を手放した。お互い引っ張り合うような形で釣り合っていた力のバランスが崩れ、一瞬フランがよろめく。そのわずかな一瞬をついて自由になったゼーカの腕がフランの首に伸びる。


「がっ!?」


「捨身、無謀、今の姉さんにピッタリの言葉だな」


そのまま持ち上げられる。


呼吸できず、陸に上がった魚の様に口をパクパクさせるが意味など無く、首に伸びる腕をアフェシアスの魔力刃で斬り落とそうともするが意識が保てず魔力を供給できない。苦しみのあまり涙があふれ出し、徐々に抵抗する力が抜けてくる。


「だが、おかげで中の連中は自力脱出してきそうだ。メイド冥利につきるなぁ、姉さん」


ゼーカの声も朦朧とする意識の中で頭に入ってこない。


「……さて、お遊びはこれでお終いだ。俺はとっとと帰る事にするが、追われるのは大嫌いでね」


おもむろに地面に手をかざすと地面に落ちていた剣がフワリと浮き上がり、ゼーカの手の中に納まる。


そしてその切っ先をフランの腹に押し当てると、一気に貫く。


「あ――――――」


「死なねえだろうが、精々苦しんでおけよ」


体の中が滅茶苦茶になっていく感覚がある。


血の気が体内から急激に零れ落ちていき、ようやく自分が腹を裂かれ、背中まで貫通している事を理解する。


もはや抵抗する力も残っていない。暴れていた足はダラリと下がり、アフェシアスを落として乾いた音を立てる。


(お嬢、さま……)


「……うん?」


剣を引き抜こうとしたゼーカが顔をしかめる。


剣を抜こうにも、抜けない。


(せめて、ゼーカの存在を……)


「まさか、まだ意識があるのか……ッ?」


背後で結界が砕け落ちる音が響く。


同時に聞き馴染んだレティアの声が聞こえてくる。


「フランッ!?」


「メリス、逃がすな!」


「トリア、行くわよ!」


「了解!」


屋敷の者全員がゼーカを視認した。


これでゼーカは地の果てまで追い回される事になるだろう。そう思うと少しだけしてやったりな気分になり、ほとんど消え失せた意識の中でわずかに口元が緩む。


「くっ、前言撤回だ、姉さん、あんたは馬鹿な策士・・・・・だ……」


どういたしまして、と心の中で皮肉に返事をする。


「だが、悪いがトドメは刺しておく」


首を絞める手にいっそう力が入る。


首の骨を折りにかかっているのだ。


(ああ、さすがに今回ばかりは……)


死ぬかな。















「まて、ゼーカ」


今まさにメリスたちが飛び掛かろうとした時。


今まさにゼーカがフランの首を折ろうとした時。


その場に無機質な声がどこからともなく聞こえてきた。


その声にゼーカはピタリと動きを止め、不愉快そうに僅かに自分の背後に視線を向ける。


「いきなりなんだい、姉さん?」


その場にいた誰一人、彼女の接近に気が付かなかった。


メリスたちは新たな敵の出現にゼーカへの攻撃をギリギリで止めて体勢を立て直す。


ゼーカの背後に立っていたのは1人の女性だ。ゼーカと同じように白い髪をしている。


だが、ゼーカとの違いは一目瞭然だった。


任務ミッションにエネアの殺害は含まれていない。殺すことは認められない」


あまりにも機械的な、無機質に言葉が紡がれる。


体の至る所に人体には存在しない突起や何かの機械が取り付けられており、目も覆われている。


その口から紡がれる言葉には一切の感情は排除されており、有無を言わさぬその物言いにゼーカは渋々フランの首を絞める手の力を緩める。


フランの体が重力に引かれて地面に落ちるのと並行してゼーカが剣を引き抜き、地面に倒れ込んだフランを一瞥すると門の上に飛び乗り、勢いよく跳んでその姿を消す。


「待ちなさい! 誰だか知らないけれど、部下を酷い目に合わせてただで済むと思っているのかしら?」


メリスが怒りを隠そうともせずにその女性に向かって叫ぶ。


「接敵は許可されていない。撤退する」


腕をメリスたちの足元に向けると、腕に仕込まれた銃のような物から丸い物体が投擲される。


それらはメリスたちの足元に落ちると破裂し、辺り一面に煙を吹きだして視界を奪う。


「くっ、準備のいい事ね……」


悔しげに言葉を漏らしたメリスだったが、レティアは敵に逃げられる事よりもフランの状態が心配で仕方がなかった。


煙の中をフランが倒れた方向に走り寄ると、不意に水を踏んだのかパシャッという水の跳ねる音が足元から聞こえてきた。


理解できている。


それが水ではない事を。


煙の先に広がっているであろう光景を。


けれど、認めたくなかった。肯定したくなかった。もはやそこには絶望しかないように思えていたから。


「フランッ!」















お嬢様の声が聞こえる。


酷く遠くからだ。


おまけに反響しているかのように何度も何度も聞こえてくる。


血だまりに浮かんだ自分の体は酷く冷たい。生暖かい血の温もりが嫌というほど分かってしまう。


結局、ゼーカには逃げられてしまった。突如現れた2人目の侵入者もこの様子では捉える事はもとより、その後を追う事も難しいだろう。それはぼんやりとした視界に映る人影の数で分かる。


屋敷にいた全員の顔が目の前にある。


にも関わらず、それがそれぞれ誰なのか分からない。唯一テトは、耳の輪郭のおかげでなんとか分かる。


(ああ、あたしは幸せ者だ)


誰一人として、追跡を優先した者はいなかった。


全員が自分のもとに駆け寄ってきたのだ。


(守る事が出来た……、あたしをこんなにも心配してくれる人たちを)


死ぬかもしれない。死なないかもしれない。


自分の体の力をフルに活用すれば生き残れるかもしれない。


だが、そうだとしても意識を失う前に一言だけ、なんとしても言っておきたい事があった。


「あ……ゴフッ」


口を開けると血が溢れ出す。


あっという間に気管が塞がり息が出来なくなる。


(言葉にする事も、ままならない、か)


せめて、伝えたい。


ありがとう、と。


震える唇を動かして口パクでそう表現する。その瞬間、1人の顔が一際近づいてきて、何かを叫んでいる。血ではない液体が頬に零れ落ちてくる感触がある。


(ああ、泣いてくれているのか)


フランはそこまで考えて、意識を失った。


フラン「作者はあたしに恨みがあるとしか思えない」


……なんですか、藪から棒に。


フラン「そうでもなければ、ここまでぼろくそになる主人公、いないんじゃない?」


そんな事はありません。

ただ、打たれて伸びるタイプの主人公にしようと思ったら、こうなってしまっただけです。他意はありません。多分。


フラン「戦闘がある度にズタボロになって、いくらなんでもあたしだって身が持たないわよ……」


……ふふふ、あのくらいでどうにかなるような軟な設定じゃあ、ありません^^


バガンッ!


フラン「……撃ちますよ?」


……撃ってから言わんといてください。

それはともかく、確かに戦いがある度に主人公がここまでズタボロになるのも、いやはやそういう星の許に生まれたんですねぇ。

最初はこんなつもりじゃなかったんですけど……、戦う相手が相手でしたからね。


フラン「テト、ウル、学園祭、兄さん、そして今回と。あたしよく死ななかったわねぇ……」


ああ、そういえばウルとかいましたね。学園サイドのキャラクターは本筋に入るにつれて存在感が薄れていましたから、そのうちまた出そうと思っていたところです。


フラン「話を逸らさない。ともかく、当分、こういうのは無しな方向で。有給取って南国でゆっくりしたいくらいよ……もう」


テトがいればまずゆっくりできないでしょうけどね^^


フラン「とーもーかーくッ、頼むわよ?」


MU☆RIです♪


バガンッ!!


ちょっ、脳天狙うのは無し! 危ない!

それに真面目に答えてもですね、これから終盤に差し掛かるわけでして、とてもじゃないですけどぼろくそにならない方が難しいくらいで……。


フラン「あなたはどんなクライマックスを考えているんですか! もうちょっとメリハリとか、バランスとか考えて――――――」


(つ゜Д゜)アーアーキコエナイキコエナイー


フラン「(ぷちっ)」



おや、どうしま――――――とうっ!!







フラン「……逃がしたか……」







△▽△▽△▽△▽△▽△


ふう、逃げ切れましたかね?


珍しく妙な後書きになってしまいましたが、自分でも書いていて「なんでこんなボロクソになるんだろうww」と思っていますw


とはいえ、多分今回以上に酷い扱いを受ける事はない予定。終盤に入りましたから、そうそうズタボロにするわけにもいかないので。


あと、先ほど書きましたが、今後学園サイドなど、中盤以降あまり出てきていないキャラクターも再登場させる予定です。まあ、ガッツリ関わってくるかどうかは分かりませんが、話には出したいと思っています。


なぜここまでガッツリ書きますかと言うと、またまた当分更新が止まりかねないからです。執筆したいところなんですが、諸事情で3月上旬例のインターネットから離れる事態になりそうなので。


オフラインでワードにでも書き溜める予定ではありますが、更新が不定期(今でも不定期ですが)になるんじゃないかなぁ、と思っています。


まあ、次回作の設定作りにでも勤しみますw


では、また次回。


誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。


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