第58話 それは、大切なヒト
結構間が開きましたね。
リアルが忙しいのでちょっと不規則に。
ではでは、どうぞ。
「君のその髪の毛にしても、目の色にしても、俺は別に何とも思っちゃいない。他人がどう言おうがそれが俺のスタンスってやつだ」
病室には似つかわしくない恰好をしたジョブは近くにあったパイプ椅子を引っ張ってくるとレティアの逆のベッド脇に椅子を置いてそこに腰を下ろす。
ジョブは教師の時に着ているような服ではなく、まるで兵士が着ているような服を身に纏っていた。上半身は白いTシャツという恰好であるが、ズボンは黒色に緑を基調とした迷彩色になっている。病院内ということもあって何一つ武器を携行してはいないようだが、ベルトには複数のナイフが収まっていたであろう皮の鞘が取り付けられている。
「だから心配するようなことは微塵もない」
ジョブはウィンクをするとニカッと笑みを浮かべた。
「先生、その恰好……」
さすがにそんな姿にレティアは呆れているようだ。
病院の中をTシャツ一枚で筋肉を惜しげもなく披露している兵隊のような男が歩いていたら、それはそれは注目の的だろう。
「仕方ないだろう。上はとてもじゃないが表を着て歩ける状況じゃないんだからな」
「あ……」
何気なく交わされたその言葉でフランはジョブが自分を病院まで運んできてくれた事を思い出した。
「昨晩は、すいませんでした……。助けていただきありがとうございます」
「運が良かった、と言うしかないな。俺たちも君を探していたわけじゃないからな。君を襲ったあの凶悪な殺人犯を追っていたんだ」
ジョブはあの場にいた経緯をかいつまんで説明してくれた。
ジョブはサナトスを追っていたシュラフタの町の警官、それにヘラの町の警察と共にサナトスの行方を捜索していた。なんとしてもサナトスがヘラの町に入る前に捕捉し、対応したかったらしく、かなりの人員が駆り出されていたそうだ。
駆り出されていたと言ってもそのほとんどがシュラフタの人間で、ヘラの町からジョブと少数の警官しか派遣されていない。これに関してはジョブ自身も苛立っており、未だに町の中枢はサナトスという人間がどういう存在なのか理解していないと愚痴を漏らす。
とはいえ、それも仕方のないことでもある。このヘラの町はとにかく治安が良く、街中で警官を見かけるとしたら仕事をしているのではなく、友人の所に会いに行っているとか、そういうレベルなのだ。一応警察署はあるが仕事らしい仕事といえば迷子の相談くらいなものだ。
「平和ボケって奴かね。何度言っても『たかが殺人鬼』、だ。他所の連中に任せておけば何とかなると思ってる。自分たちの仕事でもあるはずなんだがね……」
「あ、あの、どうしてそんな事をあたしたちに?」
どんどん一般人が聞くべき事じゃない気がしてきたレティアがさすがに我慢できずにそう訊ねると、ようやくジョブは話すのを止めた。
「それは、フラン、君がこの件ですでに最重要護衛対象になっているからだ」
「あ、あたしが?」
ジョブは小さく頷くと、立ち上がって窓の外を見下ろす。
「ここは24時間体制で俺たちが守っている。だが奴はどこから来るかも分からない神出鬼没な殺人鬼だ。出来る限りの情報を渡しておきたい」
「その殺人鬼がまたフランを狙うってことですか!?」
ジョブはすぐには答えを返さない。
彼にも確証はないのだろう。何しろ、記事では今までサナトスに狙われて生き残った者はいないのだから。フランはこの事件で初めての生存者という事になるのだ。
「その可能性は高いだろう。あいつにどれくらいの理性があるかは分からんが、狙った獲物を逃がして悔しがらない奴じゃないだろう」
「でも、今のフランは……」
ベッドから起き上がる事はおろか、足の指一本満足に動かせる状況ではない。
今襲われたらまともな応戦すらできず簡単に殺されてしまう。フランもそれくらいの事は理解できる。
フランは自分の体の怪我の程度と自分の今までの治癒能力の経験からどれくらいで満足に動ける状態になるか考える。背中の怪我はそれほど長くはかからないだろう。問題は右腕の付け根の方で、治るのにはかなりの時間が必要となりそうだ。治りかけの状態で動かせば今度こそ千切れてしまいかねない。
しっかり固定しておけば問題はないだろうが、戦えない状態では意味がない。
「分かっている。だから俺たちがここを守っているんだ。レティア、君の父親にも連絡を入れたが、すぐに手を打つと言ってくれたから、町の警備に関してもかなり問題は解消されるだろう。あとは捕まえるだけだ、奴を。だから奴について見た事、聞いた事、感じた事、なんでもいいから話してくれるか?」
「ちょ、先生、まだフランは絶対安静なんです。そういう事は……」
「分かっている。今日は一度帰るから、明日来た時に教えてくれ。今日はゆっくり休んでくれ」
それだけ言うとジョブはベッドの前を通って病室を後にする。
扉を閉める音でテトがうめき声を上げるが、起きる気配はまだない。
ジョブを見送ったフランは昨夜の事を克明に思い出していた。サナトスの姿、顔、髪の色から笑い声まで、その動きから戦い方も全て頭の中で整理していく。
ただ、考えていると頭が痛くなってきてしまう。たまに頭を襲う痛みではなく、純粋に怪我が原因の痛みだ。無理に考えず今は身体を休める事が先決だろう。
「お嬢様、今日は屋敷で休んでくださいね?」
「え、でもフラン……」
「あたしのためにお嬢様やテトが体調を崩してはいけません。あたしなら大丈夫ですから、ジョブさんの仲間が守ってくれてるんですから」
フランは痛みを堪えてわずかに笑みを浮かべてみせた。
「トリア兄さん?」
「ん、エネアかな、その声は」
こちらを振り向かず、青年が返事をする。
誰もいない部屋に2人だけ、エナスやデュオの姿はなく、手の平にクルミを3つ乗せてカチャカチャ音を立てている青年はソファの背もたれ越しに振り返るとニッコリと笑みを浮かべた。
「どうしたんだい、こんな時間に」
「兄さんこそ、こんな時間にここで何をしているの? お母さんに怒られるよ?」
「ん~、そうなったらエネアも道ずれにしちゃおうかな」
「え~」
トリアが悪戯っぽく笑いながらそう言うとエネアが困ったような表情をする。
エネアはソファを回り込むとトリアの隣にチョコンと座る。枕を抱いたままトリアの肩にもたれ掛ると、トリアはクルミを弄る手を止めた。
「エネア……?」
「ん、……ちょっと怖い夢見たの。お母さんどこにいるか分からないし、エナスお姉ちゃんもデュオ兄さんも今はいないから、ここなら明るくて安心できるかなって」
「そうか……」
トリアは小さくそう呟くと左手でエネアの肩を抱いてやる。
自分が羽織っていたタオルをエネアにかけてやるとエネアがそのタオルで体を包もうと足をソファの上に引っ込める。
「悪い夢は人に話すと安心できる。言ってごらん」
トリアは天井を見上げながらエネアにそう促す。
だが、エネアはなかなか口を開こうとしない。話すべきか悩んでいるというよりは、思い出すこと自体を躊躇ってるようだ。
しばらく沈黙が続き、エネアは一度大きく息を吐くと夢の中身を話し始めた。
「皆が、死んじゃうの」
「……怖い夢だね」
「皆、皆、だよ。大きな建物が燃えてて、その前にあたしだけ立ってるの。中から悲鳴が聞こえてくるの、女の人、男の人、『助けて、助けて』って言ってるのにあたしは動けないの。ただそこで全部を見ているだけ」
エネアが嗚咽を漏らす。
言葉を紡いでいると我慢していた気持ちが緩んで涙が零れていく。エネアはタオルから手だけを出してトリアの袖を強く掴む。
「安心して、それは夢なんだ。一眠りすれば、忘れられるさ」
「無理だ、よぅ。皆の顔、頭に焼き付いてるんだ。苦しんでるのに、あたしは何も出来ないんだ……」
「大丈夫、僕も、兄さんも、姉さんも皆元気なんだから。そうだろう?」
「う、うん……」
トリアがニコリと笑ってみせると、泣いていたエネアがなんとか涙を拭って小さく頷く。
「エネアは心配性だね。僕たちはずっと一緒だよ?」
「うん、兄さん」
視界が暗転する。
外が騒がしい。
エネアが目を覚ますと、そこはいつの間にか自分に宛がわれた窓1つない独房のような部屋に戻っていた。眠っている間にトリアがここまで運んでくれたのかもしれない。
簡素なベッドから身を起こして扉を開けようとすると、外から鍵がかかっていて開かない。上の方にある小さな窓から何とか外を見ようとすると、通路を慌ただしく白衣の男たちが走り回っている。手には剣や棍棒のようなものを持っている。
「なにが……」
訳が分からずそう呟くエネアに反応したかのように通路のスピーカーから女性の声が流れてくる。
『検体が暴走、第2区画にて神経ガスでの鎮圧を図るも失敗、検体は第3区画へ逃走中。他の検体の部屋は全てロック。検体は既に4人殺害している、捕獲は断念、無力化せよ。繰り返す……』
「検体……、暴走……?」
エネアは茫然と通路の様子を見つめている。
しばらくして何かが爆発するような音が響き渡って部屋全体が大きく揺れる。体勢を崩してエネアは床に叩き付けられてしまう。
「つぅ……」
しかしすぐに立ち上がって外の様子を必死で見つめ続ける。
すると、白衣の男たちが逃げるようにして走り去っていくのが見え、エネアはその男たちの体を見て愕然とする。
1人は腕がなく、1人は右足がなかった。白い白衣がおびただしい血で染まり、表情は恐怖と苦痛に歪んでいる。何かから逃げるように走り去っていく男たちの最後尾にいた男が、丁度エネアの部屋の前で転倒する。男の悲鳴を聞いて一瞬他の男たちが足を止めかけるが、助けようとはせずそのまま通路の奥へと消えていってしまう。
ズチャ。
水っぽい何かを踏みつけたような音が、嫌に大きく聞こえた。
その音は徐々に大きくなり、エネアの部屋の前まで来るとようやくその音が止まる。転倒している男の姿はエネアには見えないが、酷く怯えていて助けを求める声がか細く聞こえてくる。
「た、頼む。助けてくれ、助けぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!」
それが途中で耳を塞ぎたくなるような悲鳴に変わる。
エネアも扉に背中をつけて縮こまり、耳を押さえるが悲鳴は指の隙間をすり抜けて耳の中に飛び込んでくる。
悲鳴が小さくなり、やがて消えると沈黙が空間を支配する。
何も聞こえず、自分の心臓の鼓動だけが早鐘のように鳴り響いている。
「あは、あはははは」
その沈黙の中、そんな場所で聞こえてくるとは思えない無邪気な笑い声がドア越しに聞こえてきた。
(あ、あれ、この声……)
エネアはその声に聞き覚えがあった。
だから安堵してしまった。
ゆっくり立ち上がってドアの窓から外を覗き、そこにいるであろう人物の名前を呟こうとする。
「トリア兄さっ……!?」
優しい笑みを浮かべ、人に安心を振りまく雰囲気を纏った彼の姿はそこになく、血に染まった通路、血に全身を染めたトリアがそこにはいた。
腕についた血を美味しそうに舐め、右手には男だったものを引きずっている。
「う、うそ……」
窓からエネアが見つめている事に気が付いたトリアが腕を舐めるのを止めて扉の前に歩いてくると、勢いよくドアを殴った。
頑丈にできている扉はビクともしないが、エネアは扉から驚いて離れるとベッドの上まで逃げる。扉を何度も打ち付ける音がする度に身体を震わせ、エネアは布団を頭から被るとこの悪夢が早く終わる事を祈った。
(そうだ、これも夢だ。兄さんが、兄さんがあんなになるわけがない!)
早く目を覚ませ、いつもの兄さんのいるあの部屋に行くんだ、と目を強く瞑りそう心の中で叫ぶが意識が途切れることはなく、扉を打ち付ける恐ろしい音は止むことがない。
(嫌だ、嫌だよ。こんな、こんなの嫌だよ!)
そこでようやく意識が途切れる。
「っ!!」
白い天井がお出迎えをしてくれる。
全身に嫌な汗をかいたようでシーツはぐっしょりと濡れてしまっている。それほどまでにうなされていたということだ。頭痛が頭を内側からガンガンと頭蓋を殴りつけてくるのを手で摩りながら、体を下ろすと周りを見渡す。
「夢、か……」
窓からはわずかに月明かりが差し込んでいる。
病室にある壁掛けの時計に目をやると深夜の1時を少し過ぎた頃だ。秒針の動くほんのわずかな音以外、何も聞こえず、フランは一度大きく息を吐く。
(でも、あの人は……)
トリアと自らが呼んだ青年。
思い出す記憶の前後関係が頭の中でグチャグチャになってしまっている。
しかし、1つだけ気が付いた事がある。豹変してしまったトリアの瞳、正気を失い狂気に染まって澱んでしまった目は一度見たら到底忘れられるものではない。背筋が凍り、全身が相対することを拒絶しようとする。
そう、あのサナトスのように。
(そんな、嘘で、しょ……?)
間違いない。
疑惑でも可能性でもない、確信を持ってしまった。
サナトスは、かつてトリアと呼ばれた青年であると。
それを裏付けるかのようにさらに夢の中のトリアと記憶の中のサナトスとの特徴が整合していく。もはや否定のしようもなくなってしまう。
(それじゃあ、あの人は、あたしの……)
兄と慕った大切な「家族」なのだ。血は繋がっていなくとも、大切な存在であることに違いはない。
だが、今の彼は正気ではない。おまけに生死を問わず警察に追われている。その包囲網がすでにこの町の周辺にまで縮小されている以上、見つかるのは時間の問題だ。それ以上に問題なのは、正気でない彼が大人しくお縄になるとは到底思えない事だ。フランを相手にしたようにきっと捕まえようとするジョブたちを殺しにかかるだろう。そうなればトリアはもちろん、ジョブたちの方にも死傷者が出てしまう。
「助けなきゃ……」
それは誰でもない、トリアの事を指している。
一刻も早く怪我を治し、ジョブたちに可能な限り話さなければならない。過去を全て話すわけにはいかないが、サナトスという狂った殺人鬼が自分の大切な人である事を伝える必要がある。
共に捜索することを許してもらえれば、後は面と向かってトリアと相対し、彼の正気を取り戻すことが出来る。
しかし、正気に戻す方法がまったく頭に浮かばない。
その手の専門の知識もなければ、経験もない。
夢の記憶が正しければトリアは実験によってあのような状態になってしまった。となると何か特定の薬品が必要になるのかもしれない。それなのに何をすればいいのか、何が必要なのか、まったく分からない。
フランは手で顔を覆い、どうすればよいのか考える。
「考えろ、みすみすあの人を、兄さんを殺させるわけにはいかない……」
何度もフランはそう呟きながら、月明かりの中目まぐるしく思考を回転させていた。
これほど不思議な気分に自分がなろうとは、本人が一番驚いている。
何故。
どうして。
あの時、自分はあの女にトドメを刺す事を躊躇ったのか。
今までのように、容赦なく、一切の迷いなくあの喉を切り裂き、鮮血を飲み干す事も出来たはずだ。厄介な追手が迫っていたとはいえ、自分ならば獲物を持って逃亡することも容易かった。
不思議でならない。
自分にそんな事を考える思考がまだ生きていた事に。
殺すだけでいい。
食べるだけでいい。
それだけでいいはずだし、そうやって過ごしてきた。
屠った命は数知れず、彼にとってそれはただの食物連鎖でしかなかった。追う者追われる者、強き者が弱き者を喰らい、自らの命を繋いでいく。
たったそれだけに生きてきたはずなのに、今の自分はどうだ。獲物を目と鼻の先で見逃したのだ。そんな自分が信じられない。
月明かりに照らされた手の平を見つめる。
血と泥と土に汚れたその手は今も餌を欲しているかのようにわずかに震えている。
ふと、首筋に違和感を感じる。
手で触れると、何かが潰れる音がして血が溢れ出す。あの女によって骨まで届いた首の傷はまだ完全には治りきっていない。治すのには今しばらく時間が必要だ。
その間は大人しくしていなければならない。今動けばあの追手に追いつかれる。まだやられるわけにはいかない。あの獲物を仕留めるまでは、死ぬわけにはいかない。
高揚とも取れる感情に襲われる。
自分と真正面から向き合ってくれる相手など、久しくいなかった。皆己の纏う狂気に顔を歪め、助けを求めて逃げ惑う。それが無性に恋しく、また苛立たしかった。
だから殺した。叫ぶ事すら出来ぬようにしてやり、動かなくなった肉塊は彼の滋養となる。
しかし、今回は違う。
逃がした苛立ちもなければ、落胆もない。
ただ、再びあの女を見つけ出し、殺し合う事が楽しみでならない。
恐怖など当然ない。
鎌を手に取り、刃の部分にある鉄製のストッパーを外すと折り畳み、柄の部分も折り畳んで小さくするとそれを手に持ったまま彼は眠りにつく事にする。
頭を使うのはいつぶりか。
だがそんなわずかな思考も、すぐに虚無の中に吸い込まれていく。
あっという間に秋を通り過ぎ、冬の到来が目前まで迫っているような気がします。寒くて黒の皮手袋、黒のジャケット、マスク、黒の帽子、黒のズボン……、真っ黒な姿に白一点、サングラスか何かかけたらもはや怪しい人にしか思われないだろうなぁ、っていう服装になっています。
どーもどーも、ハモニカです。
来年の学業の件でいろいろ忙しくててんやわんやしてます。人生決まりかねないですからね、さすがにまじめに考えてますww
そんなわけで、
お兄さん登場ううううううっ!(゜∀゜)
って、どうすんだこれ!? 収まりつくのだろうか!?
ま、まあ、頑張りまする…。
で、ではまた次回。
誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。




